20
「もう!! 何で簡単に逃がしたの!?」
ティオが颯爽と立ち去ってしまった後、ヴェガは未練がましくケルスをにらんだ。獲物を逃がしたモンスターのような目つきだ。
「落ち着きなさい。あの青年、どこかおかしくありませんでしたか?」
ケルスはヴェガを地面に離し、自身の魔力をすっと静めた。イヤリングは元の金色に戻り、彼の髪の毛も金髪に戻る。
「え? ……まぁ確かに、変な魔力を持ってたね」
ヴェガは一瞬きょとんとしたが、すぐに指を折りつつ喋り始めた。
「火、水、草、雷、氷、闇、それに無……。この世界にあるのって、この七属性だけだよね? だけどあいつの使ってた魔法、今まで見たこともないやつばっかりだった」
「ええ、私もそう思います。傍から少し見ただけですので、確かなことは言えませんが……」
ケルスはそう言いながら、自分の長い髪の毛を少しいじった。細い指に絡まった髪が、空中で滑らかに動く。
「……あの青年、光属性魔法が使えるのかもしれません」
「光属性魔法」。その単語を聞いた途端、ヴェガはラベンダー色の瞳を大きく見開いた。「えっ!?」と言いながら、口をパクパクさせる。
「光属性って、千年以上前に滅んだ属性でしょ? 魔力の適合者がいなくなって、誰も使えなくなったんじゃないの?」
魔法を使用する前提として、自身の魔力とその属性が合致している必要がある。当然ながら、魔法の勉強は必須事項だが、それ以前に自分の内に眠る魔力を見極めなければならないのだ。
光属性魔法は闇属性魔法とともに、古来から伝わる由緒ある属性だったのだが、かつてに魔力の適合者がいなくなったことで、自然に消滅してしまったと言われている。そのような特殊な魔法を、あの青年が使っていたと言うのだろうか。
「そうです。光属性魔法が使える者など、いるはずがないのです」
「じゃあ、何で?」
歩き出したケルスの隣で、ヴェガは興味深げにぴょんぴょんと跳ねた。魔法を使う者として、この話は実に面白い。
「考えられることは二つ。一つ目は、何らかの理由で光属性魔法を使えるようになったこと。本来ならばあり得ませんが、突然変異が起きた可能性などは考えられます。そして二つ目は……」
ケルスは夜空を見つめ、すっと目を細めた。
「彼が古代人の生き残りであることです」
古代人。かつて死に絶えた、少数民族の総称。その代表格であるアラニ族は、光属性魔法の伝道者だった。
「え、それって変じゃない? だって、あいつだって人間だよ? 千年以上も生きてるはずないでしょ」
ヴェガは頭に疑問符を浮かべながら、ケルスの顔をじっと覗いた。人間の寿命は七十歳前後。彼の言葉を信じると、明らかにおかしいのだ。
「……ヴェガ。これはあくまで予感ですが、あの青年、かなり大きな鍵を握っているのかもしれません」
ケルスは真っ直ぐ前を見ながら、静かにそうつぶやいた。銀髪に赤い瞳。あの青年、一体何を知っているのだろうか。




