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――「ホークー レレ」。ヴェガの詠唱は、背後から這い寄ってきた謎のアイビーによって中断された。「うわっ!」と叫んだ彼女は、優しげな葉を茂らすツタに持ち上げられてしまう。
「そこまでです、ヴェガ」
奥から出てきたのは、サファイアのような髪をきれいに垂らした男性だった。緑色に光る繊細なイヤリングに、宝石のような碧眼。ヴェガと同じ軍服を着ているのを見るに、彼女と同じ身分なのだろう。
「これ以上の戦闘は禁止です。監獄を破壊する気ですか?」
彼の姿を見たヴェガは、面白くなさそうに口をへの字に曲げた。明らかに欲求不満な様子だ。
「ケルス! 邪魔しないでよ!」
「何を言っているのですか。アーネラとしての自覚を持ってください」
「やだやだやだやだ!」
駄々をこねるヴェガと、呆れたようにため息をつくケルス。ティオは状況の変化に付いていけなかったが、どうやら戦闘は強制的に終了されたらしい。
「すみませんね、騒がしくて」
「え? あぁ、うん……」
突然現れたケルスは、ティオに対して律儀に頭を下げる。まるでヴェガの保護者のような振る舞いだ。
「ケルスのバカ!! あいつ、侵入者なんだよ!?」
「どうやらそのようですが、人間同士で争っていても無利益です。第一、収容されている亜人の保護が優先なので。あのままだと、あなたのせいで監獄が血まみれになるところでしたよ?」
「うぐぐ……」
ぐうの音も出ないヴェガを見て、ケルスは改めてティオの方を向いた。
「そういうわけですので。このまま大人しく出て行ってくだされば、我々はこれ以上手出ししません」
「言われなくても、そうさせてもらうよ」
ティオは人当たりの良さそうな笑みを浮かべて、彼の言うことに従った。どの道、鬼人の救出には成功したのだ。アーネラが何を考えているのかは知らないが、逃がしてもらえるのならありがたい。ティオはぺこりとお辞儀をして、さっさとその場を後にした。




