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「君は……」
「私? 私はヴェガ。この監獄の中をウロウロしてるの」
彼女は穏やかな調子で楽しそうに話す。ティオは警戒して周囲を確認したが、他の隊員が寄って来る様子はない。
「せっかくのお客さんだし、一対一で遊ぼうと思ってさ」
彼の考えを察したのか、ヴェガはそう言って腰に手を当てた。彼女の前では、この監獄もただの玩具でしかない。
「見た目の割には、随分と悪趣味だね。君には転向をお勧めするよ」
ティオが優しく首を傾けると、彼女は「くくく……」と不気味な笑い声を上げた。
「分からない? これはアーネラにしかできない遊びなんだよ? 大量の亜人を捨て駒のように扱うなんて、普通の人間じゃできない。これは、私たちの特権なの」
人権や国の経済など、どうでも良い。ただ純粋に、亜人が己に屈する姿を満喫したい。彼女の思考は、実に純粋で、そして残酷だった。
「あなただって、人間なんだから分かるでしょ? 階層の頂点に立つってことは、ゲームの勝者に与えられた特典なんだから」
沈んだ監獄の中で響き渡る、ヴェガの楽しそうな笑い声。彼女にとって、亜人は娯楽のツールでしかない。
「……不快だなぁ」
……響く子どもの笑い声の中、ティオがぼそっとつぶやいた。赤い瞳を上げて、軽蔑したような視線を送る。
「君たちと同じにしないでよ」
ヴェガはその言葉に首をかしげた。何を言っているのか不思議で仕方がないと言いたげに、ピンクの編み込みを左右に揺らす。
「どういうこと? 人間は人間でしょ? それ以上でもそれ以下でもない」
「今この世界でのさばってるのは、君たちのようなレミ族だろ? 下品で下劣な人間集団」
「んー? それはそうだよ。だって、この世界にはレミ族しかいないもん」
ヴェガには理解できない。この世には、最早レミ人しか存在していないのだ。千年ほど前にいた少数民族は、全てレミ族によって討ち滅ぼされた……。
「……それが不快だって言ってるんだよ!!」
――怒号とともに、揺れ動く銀髪。珍しいことに、ティオが怒りを露わにしている。
「えー? 意味分かんなーい」
ヴェガはあからさまに顔をしかめたが、すぐに「あはっ」と笑みを浮かべた。
「でも、怒ってるってことは、遊んでくれるってことだよね?」
そう言うと、彼女は右手を天に掲げた。黒々とした魔法陣が現れ、夜空を美しく覆っていく。
「それじゃあ、ゲームを始めよう!!」
透き通ったその声とともに、無数の星屑が空を支配した。本来ならばうっとりするはずの星空だが、これは戦闘開始の合図だ。
「ルールは簡単! 私を楽しませてくれたら、あなたの勝ち。でも、もし楽しくなかったら……」
彼女はぐしゃっと右手を握りしめ、低い声でつぶやいた。
「……殺す」




