14
「おーい」
……突如、背後の牢から声が聞こえてきた。確実に、先ほどまでいたティオのことを呼んでいる。
ちらりと振り返ると、そこには三毛猫柄の耳を持つ、猫人族の女性がいた。後ろには、灰色の鼠のような亜人の少年もいる。同じ種族ではないが、同じ牢に入っている二人。金髪と茶髪。大きな耳と、長い尻尾。何だがコンビのようだ。
「凄いねぇ、坊主。そんな魔法、アタシ初めて見たよ」
翡翠色の瞳を光らせる彼女。ただ純粋に、ティオの魔法に興味を持ったらしい。「そうじゃないだろ、ショコラ! せっかくのチャンスなんだ、オレたちも便乗させてもらおうぜ!」
呑気な相方に、鼠少年がツッコミを入れる。特有の尻尾を左右に振りながら、興奮した口調でまくし立てる。
「人間!! 頼むから、オレたちも助けてくれ!!」
「……コロネ、アンタ『プライド』ってものはないのかい? 何で人間のお世話になんなくちゃいけないのさ」
「バカ!! そんなこと言ってる場合じゃないだろ!!」
あくびをしながら盛大に寝転ぶ三毛猫と、手をブンブン振りながら彼女をたしなめる鼠。全く息が揃っていない。
「悪いけど、僕はボランティアじゃないから。タダでは出してあげないよ?」
ティオはあくまで冷淡に振る舞う。こんなところで時間を潰している場合ではないのだ。
「じゃ、じゃあ、タダじゃなければ出してくれるってことだな!?」
「まぁね。物によるけど」
その言葉を聞いた途端、コロネと呼ばれた鼠は瞳を輝かせた。どうやら、とっておきがあるらしい。
「分かった!! 特別出血大サービス!! 『セイレーンの歌声』をやる!!」
そう言うと、彼は懐から大事そうに小瓶を取り出した。それを見て、三毛猫のショコラががばっと起き上がる。
「アンタ、頭おかしくなったのかい!? あんなに苦労してセイレーンに近付いたのに、こんな人間にあげちまうなんて、正気の沙汰じゃない!!」
「そりゃそうだけどさぁ、緊急事態だろ!? こんな監獄、とっととおさらばしたいんだよ、オレは!!」
彼らが揉めるのも、無理はない。個体数の非常に少ないセイレーン。彼女の歌声は人間集団を魅了する効果があるため、亜人界隈では高値で売買されている。しかし、セイレーンはかなり神出鬼没で、そもそも見つけることが難しい。その上、小瓶に歌を閉じ込めるとなったら、なお更大変なのだ。
「ショコラ、歌声はもう一度ゲットすればいいだろ!? 頼むよ!!」
必死の形相で迫ってくる相棒に、乗り気でなかった彼女もついに折れた。
「……ったく、じゃあ今度はアンタ一人でやれよ」
渋々そう言った彼女は、ティオの方に向き直る。
「そういうわけだ、坊主。アタシたちをここから出してくれないかい?」
ティオはコロネが持っている小瓶を見つめた。セイレーンの歌声が手に入るなら、悪くはない。
「……分かった。ちょっと待ってて」
姿を消したまま、彼は錠をピッキングし始めた。勝手に動く鍵と、不気味な音。傍から見れば、実におかしな場面だった。




