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「ウルカァ……!!」
夜の帳が降り切った、晩秋の真夜中。ドタドタと階段を下りる音と、泣きべそをかいたような声が、地下の扉の前で広がった。
机の前で植物図鑑を眺めていたウルカだったが、ゆっくりと立ち上がってドアを開けた。蝶番の軋む音と、弱々しそうな表情をした天使の顔が重なる。
「どうした、チャイ」
目の前で涙をためているのは、ユリネの双子の姉・チャイだ。蛍光色の強い紫色のツインテールに、光り輝く金色の瞳。彼女は白い翼をしおしおとさせながら、ウルカに向かって「ううっ……」と泣きついた。
「私……、もうすぐユリネと交代なのに……。うっ、うっ、最後の最後で変なお客さんが来ちゃって……。もう嫌だよぉ……」
彼女はいわゆるアルコールに依存しており、感情の浮き沈みが激しい。さして大ごとでもないのに、こうやって泣きじゃくることも多い。
「急にナイフを突き付けてきて、『代行業者を出せ!!』って言うんだよぉ……。ユリネってばまだ寝てるし……。怖いよぉ……、ううっ……」
天使なのだから、魔法の一つや二つでも使えば良い。常人ならばそう思うかもしれないが、一流の魔法使いならばそもそも堕天などしていない。この双子が堕天したのは、言うまでもなく雑魚だからだ。百回戦闘に出せば、確実に百回負ける。
「落ち着け。そいつは依頼人なのか?」
「みたいだけど……、お金払わないし……」
「人数は? 一人か?」
「ちっちゃい子が一人だけ……。でも怖いよぉ……」
子ども相手に泣きじゃくる天使。妹のユリネと対照的だ。
「分かった。とりあえず、俺が上階に行って様子を見る。おまえはティオとヴァニラを起こしてきてくれ」
涙を盛大に拭うチャイにそう言い残すと、ウルカは階段を上って一階へと向かった。変な客ならば、その場で殺してしまえば良い。裏の仕事を請け負っていると、こういう乱暴な客も多い。しかし、今回は子どものようだが……。




