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「おっと」
……しかし、それは簡単に受け止められてしまう。反対に力で押し切られ、ウルカはその場で尻もちをついた。
「兄さんとやらに会いたいか?」
吸血鬼はウルカに馬乗りになり、首元の髪をそっと掬った。ウルカの首筋が露わになる。
「あっ……!! 止めろ!!」
――直後、突き刺さる鋭い牙。体中の力が抜けていく感覚に、ウルカは「う……」とうめいた。
「なら、連れて行ってやるよ」
吸血鬼はウルカの血を美味しそうに吸い取ると、抵抗できなくなった彼の体を軽々と持ち上げた。そのままバサバサッと宙に浮かび、闇夜へと消えてこうとした――。
「ウルカーー!! どこだーー!?」
――奥から聞こえてきたのは、ウルカの父親の声だった。夜の森に消えた息子のことを、探しにきたらしい。
「ちっ」
吸血鬼は軽く舌打ちをすると、ウルカを地面に下ろして飛び去った。群青色の髪が、夜空へと同化していく。
「ウルカ!! 大丈夫か!?」
即座に駆け寄ってきた父親は、薄っすらと目を開けたウルカにほっと安堵した。そのまま、彼のことを抱き寄せる。
「良かった……!」
安心した顔をしている彼を見て、ウルカの心はぐちゃぐちゃになった。
「父さん……。吸血鬼のせいなんだよ……」
ウルカの白い瞳から、涙が次々と零れ落ちていく。
「兄さんがいなくなったのも、父さんが悲しい思いをしなくちゃいけないのも、全部吸血鬼のせいなんだよ……!」
……父親は、黙って首を横に振った。「分かっているが、どうしようもない」、そんな雰囲気を孕んでいた。
「何で……!?」
何故、痛みを我慢しなくてはならないのか。何故、父親は吸血鬼を見逃すのか。幼いウルカには、その理由が全く分からなかった。ただ、吸血鬼に対する激しい憎悪だけが、彼の心の中に募った。




