8
ウルカの兄は、ジェノサイドが起こる一年前に姿を消した。家族思いの彼が、勝手に行方をくらますなど、おかしな話だと思っていた。
「父さん……」
日に日に元気のなくなっていく父親の姿を見て、ウルカは心が苦しくなった。何日待っても、帰ってこない兄。その事実に対する父親の痛みは、手に取るように分かった。
「大丈夫だ、ウルカ」
心配そうな目線を送る彼を見て、父親はあくまで気丈に振る舞った。
「シャコは、必ず帰ってくる」
死ぬ間際まで、父親は兄の帰りを待っていた。その悲痛な胸の内を、ウルカは今でも忘れることができない。
何故、兄は失踪したのか。実は、ウルカは大体の当たりを付けていた。
兄とウルカは仲が良く、いつも二人で森を散策していた。そのとき、必ずと言っていいほど吸血鬼に遭遇するのだ。
「よっ、シャコ」
吸血鬼たちの呼び掛けに、兄は決まって優しい微笑みを返した。彼は吸血鬼との共生を容易く受け入れていたのだ。
「……」
ウルカが吸血鬼を睨むと、兄は「ウルカ」と言ってたしなめてきた。彼のその対応が、幼いウルカは気に入らなかった。
「兄さん、何で吸血鬼と仲良くするんだよ」
休憩するために立ち寄った小川で、ウルカは兄に対して文句を言った。透明な水を足でバシャバシャと鳴らし、不機嫌そうな顔を作る。
「あいつら、俺たちの血を勝手に吸うじゃないか。俺、吸血鬼のこと嫌いだ」
愚痴をこぼすウルカの頭を、兄は優しく撫でた。
「ウルカ。共生を拒んだらいけないよ。フェアリー族は、ずっと吸血鬼と一緒に暮らしてきたんだから」
「だけど!」
ウルカを見つめる彼の瞳は、いつも穏やかな白だった。
「吸血鬼たちだって、生きるためにしていることなんだよ。ウルカも、もっと彼らに寄り添ってみるんだ。血を吸われるのだって、全然怖いことじゃないよ」
そう言うと、兄はウルカのことをぎゅっと抱き締めた。その温かさが、彼の優しさの象徴だった。




