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「金貨百枚……!?」
ウルカは目に見えて動揺した。レオに住む金持ちの貴族でさえも、せいぜい五十枚が限度だ。それにも関わらず、目の前の冒険者は容易く金貨百枚を投げた。たった一人の、しかもさほど知らないような男のために、普通ここまでするだろうか。やはり正気の沙汰ではない。
「お姉さん、本気なの……?」
ティオは赤い瞳を何回もしばたかせ、ベラの青い瞳を凝視した。その視線に対し、彼女は「ふん!」と鼻を鳴らす。
「ルミナが手に入るなら、金貨なんて何枚でもあげるわよ!! 私は本気なんだから!!」
直後、彼女は「とにかく!!」と大声を上げた。
「明日の夜になる前に、ルミナをルアの街に連れて来なさい!!」
ルアはメレ国の郊外にある街で、ここからそれほど遠くない位置にある。ベラは何としてでも、彼と一緒に年を越したいらしい。
「それはいいが、ルミナとやらはどこにいるんだ?」
ウルカの疑問に、彼女は大きく目を見開いた。
「そんなの、私が知っているわけないじゃない!! ここに来るために、私はルミナにの後をつけるのを止めたんだから!!」
……ぴしゃりとそう言い切られ、ウルカは思わず苦い顔をする。どこにいるのか分からない冒険者を、しかも明日中に見つけ出さないといけないのだから、無理もない。
「私は今からルアに戻って、ルミナと一緒に過ごす準備をするから。後は頼んだわよ!」
言いたいだけ言葉を吐くと、ベラは大きな音を立てて階段を上っていった。
「困ったね、ウルカ」
……ベラが去っていった後、ティオは小さく首をすくめた。肩に掛かった銀髪が、サラサラと流れていく。
「行方知らずの冒険者を、明日中に誘拐してこいってさ」
「困ったどころの騒ぎではない。しかも、もうすぐ明日だ」
ウルカはそう言うと、静かにため息をついた。何の気なしに奥で眠っているヴァニラが、今は心底羨ましい。
「どうする? ライチに頼んでみよっか?」
「……そうだな」
ウルカは金貨を一瞥しながら、ゆっくりと頷いた。依頼は何としてでも達成する。大多数の人間を敵に回さないためには、それだけは守らなければならなかった。




