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世界の北の北。太古の神話では、そこは「魔女の庭」と呼ばれていた。生き物がほとんど寄り付かないような、酷く寒い地域。今では不自由なく住める程度にまで開発が進んだが、千五百年前には考えられないことだった。
その地で暮らしていた、今は亡きアラニ族。レミ族との民族争いに敗れた、数少ない人間集団の内の一つ。光属性魔法を使い、唯一無二の神を信仰し続けた、誇り高き伝道者。その彼らが、いつの間にか世界の北端に追いやられ、残された生を惨めに食いつくす存在となってしまった。
「ティオ!」
背後から飛んできた、姉の怒号。長い銀髪を揺らし、赤い瞳を見開きながら、雪の中を必死の形相で追いかけてくる。
「お祈りの時間よ!! 神への信仰を示さないといけないんだから!!」
祈り、神、信仰。ティオはその単語が大嫌いだった。絶滅の危機に瀕している彼らに、何の救いの手も差し伸べてくれない神など、祈って何の意味があるのだろうか。
「嫌だ!!」
彼は叫びながら、いつものように白い大地を走り回った。姉との追いかけっこは、最早日課になってしまっていた。
「我が儘言わないの! 神への敬意は、アラニ族の掟なのよ!?」
「そんなの知らない!!」
乱暴に降りしきる雪で、民族衣装の長い裾が濡れる。それでも彼は、傍観の態度を示す神のことが嫌いだった。
「ティオ!! 待ちなさい!!」
姉の足は速い。結局のところ、少年だった彼は捕まり、何度も頬をぶたれてしまう。
「あんたは!! どうして言うことを聞かないの!?」
褐色の肌が、みるみるうちに赤くなっていく。その痛みに、彼は決まって涙を流した。
「ううっ……! お姉ちゃん、痛いよ……!」
「うるさいっ!! あんたが悪いんだからね!!」
姉は熱心な信徒だった。だからこそ、祈りもろくに捧げないような不真面目な彼を、彼女は決して許しはしなかった。
「も、もう止めて……!」
雪の上で姉の下敷きになりながら、彼は何度も謝った。赤い瞳がぐしゃぐしゃになるまで、何度も許しを願った。




