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……しばらくすると、美しい歌声は尻すぼみなっていった。この小瓶に閉じ込められていた歌は、これで終わりのようだ。
「終わったぞ」
ウルカが外に呼び掛けると、トタトタと足音が流れ込んできた。誰もいないはずなのに、確かに聞こえる足音。一人残された亜人の少女は、思わず「ひっ!」と声を上げた。彼女の黄色のボブヘアが、小刻みに揺れる。
「へー。『セイレーンの歌声』を聴くと、人間はこうなっちゃうんだー」
空気とともに流れてくる、ティオの声。姿は見えないが、たった今、ウルカの下へと戻ってきた。
「ああ。魂が抜けた人形のようだ」
ウルカは腹部を抑えながら、よろよろと立ち上がった。身に着けていたフードを裂き、無理やり止血作業に入る。
「大丈夫?」
「この程度なら、慣れている」
イリアと戦っていた最中、相手に殺気が見られなかったため、わざと大げさに倒れておいたのだ。それが功を奏し、ウルカの傷は重症にならずに済んだ。
「でも、ちょっともったいなかったんじゃない? 『セイレーンの歌声』を使っちゃうなんてさ」
「気にする必要はない。またいずれ、手に入るだろう」
ウルカはぐるりと周囲を見回し、そこにいるであろうティオに向かってそう答えた。慣れたこととは言え、見えない相手に対して話し掛けるのは、かなり気味が悪い。
「それで? これからどうするの?」
「まずは姿を現せ。おまえがどこにいるのか分からん」
「あ、ごめんごめん」
次の瞬間、ティオは光属性魔法・ロカヒを解除し、店内に姿を現した。亜人の少女の怯えた金色の瞳を見て、「驚かせちゃった? ごめんね」と言って笑っている。
「う、うわああああ!!」
亜人少女は突然悲鳴を上げ、無我夢中に魔法を乱射し始めた。動かなくなった仲間に、揃った敵二人組。まるで絶望的だ。
「アホヌイ」
ティオは左手を前方に突き出し、藍色の魔法陣を召喚した。たった一度のその詠唱だけで、彼は少女の攻撃を全て防御し切ってしまう。
「あ、ああ……」
宙を漂うような声を出し、倒れ込んでしまう少女。その姿は、実に大きな哀れみを含んでいた。




