トレジャーハンター宝条恵
とある山奥には底なし沼の伝説があった。その沼の中心には財宝が眠っているらしいのだが、近づく人間は途端に足を引きづりこまれて殺されるという。そんな今となっては禁止区域になった場所に、一人の女が現れる。
自称「トレジャーハンター」こと、宝条恵。大学卒業後に就職もせずに、しがないバイト生活をしている。今回も山に眠るお宝と、沼に消える人々の噂を耳にした彼女は、ウキウキしながらその山の禁止区域に来ていた。
「おー! これが噂の底なし沼かー!」
まずは噂が本当なのかを確かめる。沼から少し離れた木にロープを結び付け、体に巻き付ける。沼に沈まないよう、最低限の命綱だ。そして怪物対策のため、ショートパンツ、裸足になる。
「怪物ちゃーん! でぇておいでー!」
怪物を挑発した宝条は、草むらから沼の方に近づいていく。すると、踏み出した右足が沼に沈み、同時に足首をつかまれる。
「うわっ!」
引きずり込まれそうになったが、思いっきりロープを手繰り寄せて回避する。
トレジャーハンターとしての最低限の知識と、沼の怪物への対処法を知っていたおかげで命拾いした。なんでも、沼の怪物はある一定の範囲内の動くものに反応し、その範囲の中に入るとどんな物体でも引きずり込むらしい。だが、人の汗を極端に嫌う、という弱点もある。だから宝条は、三十五度を超える猛暑日にこの沼に来て、汗だくの足をあえてさらけ出しているのだ。
宝条は気合を入れなおし、怪物を倒すため考えてきた三つの方法の準備に取り掛かる。一つ目は「火」だ。普通沼に火は効かなそうだが、沼自体が怪物の場合は違う。リュックから大量の花火を持ち出し、チャッカマンで一気につけていく。そして花火を沼に向かって思いっきり投げる。予想だと沼の怪物がメラメラと燃えるはずなのだが、
「プシュー……」
「——」
どうやら沼自体が怪物ではなかったようだ。つまり本物の沼の内部に、沼を操っている怪物がいることがわかった。
「ならば!」と二つ目の方法の準備にとりかかる宝条。なけなしの貯金をはたいて今日だけ雇った「池の水、全部抜いてみた!」の業者に電話をかける。
「沼自体が怪物ではなく本物の沼ならば、あの吸水ポンプで全部吸い取れるはずだー! ワッハッハー!」
しばらくして業者が到着。沼に引きずり込まれないように、沼の攻撃範囲外からポンプを投げ入れる。
入れたはいいが、ポンプを投げ返される。どうやら沼は引きずり込むだけでなく、はじくこともできるようだ。何回かトライするが、結果は同じ。業者は何事かコソコソ話し、依頼者である宝条に頭を下げる。その場にいた全員が無理だと判断したのだ。
「あ、ありがとうございました~」
業者を見送った宝条は、「カネが、三か月の貯金が……」などとブツブツつぶやいていたが、まだ三つ目の方法があることを思い出した。
「最終手段だったが、致し方ない! これもお宝のためよ!」
宝条は周囲に人がいないことを確認し、装備を脱ぎ捨てる。十歩ほど助走を取り、全速力で沼に駆け出す。沼に引きずり込まれるギリギリ手前で踏切り、大ジャンプ。全裸で沼に飛び込む形相は、まるで不二子に飛びつくルパンのようだ。
「キィャッホー! 汗ダラダラの全裸に触れるかなケッペキさぁ~~んっ!」
そう、宝条の三つ目の方法とは、汗が嫌いな怪物への最大攻撃、「汗まみれ全裸ダイブ」だ。
宝条は最初に足をつかまれたとき、汗を嫌がり、一瞬怯んだ沼を見逃さなかった。沼の怪物の汗嫌いは本当だ、と。予想通り汗ダラダラの全裸女を避けた沼は、カエルのように跳び込む彼女に沿って沼の隙間を空けていく。
「ドカーン!」
沼の底に落ちた宝条は、「いてて……」と腰をさすりながら辺りを見回す。すると、黄金に輝くお宝……ではなく、小さな墓石と香炉が置いてあることに気が付く。
「誰かの墓? 宝はどこにある?」
暗い沼の中で独り愚痴をこぼしながら進んでいくと、突如怪物が目の前に現れた。
「お宝などここにはないぞ。あるのはこの墓だけだ」
驚いた宝条は全裸でファイティングポーズをとる。その様子に怪物は高笑いし、
「お前のような大バカは初めて見た。わしの汗嫌いを知って全裸で飛び込んできたのはお前が初めてだったぞ。わしを驚かせ笑わせた褒美だ。お前にこの墓のことを教えてやる」
「え? 別に聞いてないんですけど……。どういう展開?」
わけのわからない展開に戸惑いつつも、宝条は怪物の昔語りを聞き始めた。
話によると怪物には昔、仲の良い人間の少女がいたが、病気であっさり死んでしまったという。怪物は寂しくなってその子のお墓と香炉をつくり、少女が好きだった香りのラベンダーを入れ、いつも焚いていたそうだ。
だがあるとき、少女のお墓とラベンダーの入った香炉が、人間が不法投棄したゴミの下敷きにされたことがあった。その光景を見た怪物は、人間たちに怒りをむけるようになった。土地を沼に変え、山にゴミを捨てる奴らを殺していったという。
その話を聞き終えた宝条は二、三度頷き、怪物に頭を下げた。
「お前を怒らせたのは人間だったんだな……。悪かった。うちが人間代表として謝る」
しばらく頭を下げ続けた宝条は、人間の愚かさを改めて反省していた。だが頭を上げると、宝条は人差し指をビシッと立ててこう言った。
「だがな! 殺したのはやりすぎだ。てめーも悪い、うちに謝れ! それでおあいこだ!」
逆に説教された怪物は少し驚いた。同時に、「この状況で強気に物を言ってくるとは」と感心してもいた。
「だが、俺は怪物だ。その程度のことで謝ったりはせん」
「ちっ! 分からず屋め! 絶対謝らせるから! 謝るまで毎日来るからな!」
一方的に約束をした宝条は、ぶつくさ文句を言いながら沼の中を泳いで帰っていく。それを見送る怪物はボソッとつぶやく。
「毎日来る、か。昔の友を思い出すのう」
次の日からその沼では、幸せそうな話し声と、香炉から漂うラベンダーの香りでいっぱいになった。何物にも代えがたい宝を手にした宝条は、しばらく休業するそうだ。
終わり