本人から許可が出たのでなろう作家が僕の彼女だったらと全力で妄想してハッピーエンドにしてみた話
桜が満開で方向が狂いました。
他は通常運転です。
「…………っ!!!〜〜!」
金曜の夜、パソコンの前で彼女が無言で両手を握りしめていた。
挙動不審だ。
「どうしたの?」
布団に寝そべったまま、声をかけると、振り返った彼女が頬を紅潮させ、笑顔のまま僕にのしかかってきた。
「何、なに、どうした?」
何も答えないまま、ぐりぐりと頭をこすりつけてくる。
何か嬉しいことがあったのだろう。
パソコンを見ていてこの反応。
投稿小説に嬉しい感想コメントを貰ったのかな?
それにしては、ちょっと激しい。
僕を置いてけぼりのまま、彼女はひとりで興奮していると、言った。
「二次創作書いてくれるって!しかも完結したのに!」
今度は僕の頭をもしゃもしゃと撫でまわし始めた。
「ごめん、意味がわからない。」
ぼさぼさの髪の隙間から、彼女を見上げると、説明をしてくれた。
彼女が小説を投稿しているサイトで、読者の人が彼女の作品をもとに、短編をひとつ投稿したいので、許可が欲しいと連絡が来たそうだ。
「二次創作って、書いて欲しいとか、思っても書いてもらえるものでもないし、そもそも、そんなのすら、考えてなかったのに、来たよー!」
そう言って、また僕の頭を撫で回した。
もしゃもしゃ、もしゃもしゃ。
彼女の興奮はまだ止まらない。
いい加減やめて欲しいので、起きあがって布団の上に座ると、僕は彼女を膝の間に挟み、両腕で抱き込んだ。
それでもまだ動こうとするので、耳を噛んでやった。
ぴくっとしてそのまま動かなくなった。
ふう、とため息を僕がつくと、目の前の彼女の髪が揺れた。
「なんかわかんないけど、すごいファンレターが来たってこと?」
腕の中の彼女がこくこくと頭を動かす。
「よかったね。でも早く寝てよ。」
毎晩、仕事終わりに小説をサイトに投稿するために、パソコンに向かっていることは知っている。
早く寝なさいと、毎晩連絡しても、早く寝てると返ってくる。
でも投稿サイトの時間を見れば、すぐバレるのに。
頑張り屋さんなのは、いいけど、ちゃんと寝て欲しい。
でも、この興奮だと今日は遅くまでパソコンしてそうだな、と思ったので、
「じゃあ、時間決めて寝よう。マナーモードでスマホにタイマーセットして。」
彼女の耳元の髪をかきあげて、囁く。
「ね、ちゃんと眠ってね。約束だよ。」
彼女がこういうのに弱いのは知ってる。
耳を真っ赤にして、頷いたのを見てから、僕は彼女を解放した。
***
僕は夜更かしに向いていない。
どうしても、日付の変わる前に眠ってしまう。
その代わり、朝はいつも決まった時間に目が覚める。
なので、隣で眠る彼女を寝起きのまま、しばらく眺めて楽しむ。
彼女の目の下のクマをチェックする。
そして、頬をするすると撫で回して、肌の状態も確認する。
油断してると、すぐ無理をするから。
しばらく撫でていると、彼女が身じろぎをして、いやいやするように僕の胸元に頭を寄せてきた。
手を離すと、そのまま眠り続けていた。
そのまま、僕も二度寝することにした。
***
二度寝をしてから起きても、彼女はまだ眠っていた。
残業が多かったらしいから、寝かせておこう。
先に起きて朝食の準備をしていると、匂いに釣られたのか、彼女が起きてきた。
ぼんやりしたまま、ローテーブルの前に座りこんでいる。
手元にデザート用に水洗いしたイチゴがあったので、それを持って彼女の前にすわる。
「あーん。」
かぱっと、口を開けた彼女にイチゴを食べさせる。
「おいひい」
もごもごと食べている。
可愛い。
食べ終わった彼女は、
「朝からイケメンに食べさせてもらった〜」
と言ったので、
「どの辺がイケメン?」と聞いてみた。
「えっとね、まず目が大きい!まつ毛長い!それで、ちょっと垂れ目かなぁと思ってると、目を伏せた時ギャップがあっていい。
髪の毛もさらさらで、つやつやだし。
鼻筋も通ってて、かっこいいし、ちょっと唇がぽてっとしてるのもエロい。
それに、パーツの配置が完璧っ!
ほくろもないのは、いつもすごいと思う!」
僕の顔を見ながら、すらすらと言ってきた。
嬉しいけど、
「また文章の練習してない?」
あまり照れずに言ってるあたり、ちょっと面白くない。
「そんなことなーいですよ〜」
あ、これ、絶対書いてる話のキャラを妄想してる。
にやにやしながら、僕のことを見ているようで見ていない。
美人は三日で飽きるというけれど、会った時に顔がいいと褒められた僕は、彼女の飽きがきていないか時々気になる。
寝起きと妄想の間の彼女に、僕は苦笑いを浮かべた。
***
ゆっくりと朝食を食べて、家事をすませた後、二人で外出した。
近くの本屋と、スーパーくらいだけど、デートだ。
帰りは荷物があるので、行きの道は手を繋ぐ。
せめて、出掛けている時は、僕の方にだけ意識を持って欲しい。
想像の世界と張り合ってるなんて、僕だけだろうか。
小説を書いている人を恋人に持つ人たちに聞いてみたい。
ぎゅっと、繋いでいる手に力を入れると、彼女もぎゅっと握り返してきて、顔を合わせて、二人でへへっと笑った。
本屋でそれぞれ目当ての品を買う。
彼女の手に持っている本を見て、僕は抗議の声を上げた。
「それ、また異世界の小説を書くための資料じゃない?」
びくっと、彼女が固まる。
「いや、これは、その、ね。」
「連載書き終わったら引っ越しするっていうから、去年から待ってたのに。また新しいの始めるの?」
「………」
「一緒に住むの、嫌なの?」
「………や、じゃないけど、もう少し」
「もう少しってどれくらい。」
「うぅ………」
彼女はよく小説の中で、ヒロインを囲い込む男の人たちを書くけど、囲い込まないと逃げちゃうヒロインなのが、いけないと思う。
男の方が相手がいなくなる不安で、囲い込むんだろうけど、そもそも相手が受け入れてくれないかもって不安なんじゃないかな?
僕から見ると、彼女も同じに見える。
一緒に住もうって言っても、それがだめになることを怖がって、頷いてくれない。
じゃあ、籍を入れればいいのかと言えば、そこまでしなくていいって、言われてしまう。
結婚情報誌を置いても資料にしちゃうし。
そして、今もまだ渋ってる。
あまり遅いと、僕は待ってあげないよ。
有耶無耶に答えを濁して、彼女は本屋を出て、スーパーに行こうと手を繋いできた。
全然、誤魔化せてないけど。
***
部屋に戻って、彼女はすぐにパソコンを立ち上げた。
僕は、買ってきた物を冷蔵庫などにしまい、コーヒーを淹れる。
彼女はコーヒーを飲みながら、パソコン画面から離れない。
僕はそれをしばらく見ていたけれど、ちっとも構ってくれないので、勝手に掃除を始める。
部屋には、タイピングの音と、片付けをする不規則な音だけが響く。
途中、コーヒー片手に彼女の後ろに立って、しばらく眺めたりしていた。
***
お昼を食べてから、だらだらとスマホを弄っていると、彼女がパソコンの前で顔を伏せていた。
「言葉が出ない…」
煮詰まっているらしい。
「よしよし。一旦止めて、感想コメントとかないかチェックしたら?」
「うん、そうする…」
マウスを動かす彼女は、ぼうっとしている。
けれど、次の瞬間、目がキラキラし出した。
「あ、感想来てる。あ、あー、うん、ありがとうございます!」
ぽんぽん、と頭を撫でてあげると、彼女は嬉しそうな顔をして僕を見上げた。
「いつもコメントしてくれる人いるんだけれどね、今日のコメントもしっかり読んでくれてるのがわかるの。」
「うん、うん、よかったね。」
「あぁ、他の人たちからもある…」
しばらく、無言で画面とにらめっこした後、ほう、と彼女な息を吐いた。
「うぅ、ありがたいよぅ…」
またパソコン前で顔を伏せ出したので、その上に被さるようにして、彼女のお腹に腕を回した。
「…重い。」
「…感想コメント、そんなに嬉しい?」
「嬉しい…」
「じゃあ、僕が結婚して、って言ったら嬉しい?」
「………嬉しい。けど。」
「けど?」
「いいのかな、って思う。」
彼女が顔をあげようと、体を動かしたので、一度腕を離した。
ちゃんと話そうとしているように感じたので、パソコンから離れて、ローテーブル横に二人で座る。
向かい合って、両手を握ると、彼女はぽつりぽつりと話出した。
「泊まりに来た時は、ご飯作ってくれるし、私が小説投稿するのに、パソコンばっかりしてても、怒らないし。」
「うん。」
「気づいたら他の家事もしてて、片付けまでしてくれて。」
「うん。そうだね。」
「だから、いいのかなって。私ばっかりで、いいのかなって。一緒になっても、私ばっかり良くていいのかなって。」
「そう思うの?」
「うん。」
「そう思うなら、きっとそうならないよ。」
彼女は、ゆっくり顔をあげて、僕を見た。
「そう思いながら、何もしないってことは、ないでしょ?きっと、家事も半分やるし、僕に何かしたいって思ったら、何かしてくれるでしょう?」
「そんなのわかんないよ。私、自分のことばっかりだし。」
「そうかな。結構素直だから、悪いなと思うことは、しないようにしちゃうから。
あ、でもそれでやりたいことと、やらないといけないことに挟まれて、潰れちゃうのはいやだな。」
「…そんなに器用に出来ないもん。」
「うん。器用じゃないから、僕につけ込まれてるんだから、いいじゃない。」
「……でもちゃんと返したい。」
「うん、ちゃんと返してくれるよ。」
「ご飯美味しいし。」
「それは良かった。」
「私でいいのって、思うくらい顔きれいだし。」
「それはありがとう?」
「いい匂いするし。」
「昨日泊まってるからシャンプーとか一緒だけどね。」
「甘やかしてくれるし。」
「いつでも抱きしめるよ。」
そう言って、僕は彼女を抱きして、もう一度聞いた。
「もう観念して、僕と結婚しなよ。」
彼女は小さな声で、
「うん。」
と答えた。
僕の腕の中にいる彼女の体温が上がったような気がした。
***
しばらく、抱き合った後、
「コーヒー、淹れるね。」
彼女が台所へ逃げた。
僕はふわふわした気持ちで、彼女がコーヒーを持って来てくれるのを待った。
間に合わないかなと、今日の昼まで思っていたから、受け入れて貰えて良かった。
今の彼女の生活は、仕事と小説でほとんど終わる。
付き合った時からもう書いていたから、そういうものだと思っていた。
ただ、だんだんと、僕の欲が増えただけだ。
彼女の書いている小説は好きだ。
そこかしこに彼女の雰囲気が散りばめられていて、まるで彼女の匂いを嗅いでいるような感覚になる。
他の人は、彼女のあのいい匂いを知らないから気が付かないけれど、既に知っている僕にとって、スマホひとつで彼女の匂いを取り出せるのは、とても便利だ。
正直、このまま書いていてもいいし、書かなくてもいい。
少なくとも彼女の書いたものは、もう残っているし、無理矢理書いた小説は、彼女のいい匂いがしないから、投稿されてなくてよかったと思う。
書いていてくれれば、直接僕には見せていない彼女の事が分かっていいし、書かなければその分僕との時間が増えるので、どちらでもメリットはある。
ただ、僕は小説が書けないから、僕の関わらない小説の方から、直接彼女の気持ちを揺すられるのは、あまり、いや、かなり面白くない。
***
部屋の電気をつけるくらいの暗さになった日暮れ頃、彼女がパソコンの前で倒れた。
彼女の作品で二次創作した短編が投稿されたらしい。
二次創作といっても、彼女の作品のキャラクターの話ではなく、彼女の作品を読んだ女子中学生を主人公にした短編小説だった。
床に倒れて動かない彼女に勧められて、僕も読んだ。
二次創作というか、ほぼ一次創作だ。
ちょっと彼女の作品から引用はされているけれど。
僕はちょっと顔をしかめた。
なんだか彼女の作品の感じがちゃんとわかった上で、書いてないか?
彼女の小説から、彼女の匂いを感じられるのは、僕だけでいいのに。
僕が不機嫌になっているとも知らずに、彼女は、ひたすら喜んでいた。
「すごいー。ちょっと、予想してなかったけど、嬉しい〜」
「……よかったね。」
「どうしよう。なんか嬉しすぎて、ふわふわする…。はぁ、どうしよう。」
プロポーズをやっと受け入れてもらえたばかりのさっきの僕みたいなことを彼女が言い始めた。
ちょっと、いや、とても、面白くないんだけど?
待っていてもまったく彼女の意識が僕の方に戻ってこないので、一度時計を見て、彼女に声をかけた。
「ちょっと自分の部屋の方に行って荷物取ってくるね。」
「うん。」
「…コンビニでケーキでも買ってくる?」
「うん、お祝いだね!ケーキだね!」
どっちのお祝い?と聞きたかったけど、悲しい結果が見えていたから、黙って外に出た。
***
僕は、彼女が何度か来たことがあるアパートではなく、彼女の部屋から歩いてすぐにあるコンビニに向かった。
店内を覗こうとしたら、後ろから声がかかる。
「お久しぶりです。」
高校生くらいの真面目そうな女の子が、僕を見て挨拶をしてきた。
***
コンビニには入らず、そこから歩いて五分もかからないマンションの部屋へ、二人で向かう。
「荷物は?」
僕が聞くと、淡々と答える。
「とりあえずの着替えとか。あとは、荷物にして、直接部屋に届くようにしました。」
「あと、頼んでいたものは持ってきた?」
「はい。部屋に着いたら渡します。その分の報酬はちゃんと下さいね。」
「ありがとう。こっちもちゃんと用意してるから。いつ渡す?」
「書類と交換、でいいですかね?」
「そうだね。わかった。」
マンションのエントランスの鍵を開け、部屋の階を伝えながらエレベータへ乗る。
会うのはこれで二回目の相手のはずなのに、案外気楽な自分に僕は気付いた。
スマホでやりとりをしていたせいもあるけれど、それなりに相性も良いのかもしれない。
そんなことを僕は考えながら、マンションの部屋に通す。
「コーヒーとかお茶とか飲む?」
「いえ、すぐ出ないと。」
「彼女は怒らないよ。あ、さっきようやく婚約者になった。」
「あぁ、間に合ったんですね。よかった。これで少しは手間が省けます。」
「とりあえず、今夜はこっちに泊まってもらっていいかな。」
「そうですね。わたしもその方がいいです。」
連れてきた女の子は、荷物を部屋に置くと、鞄から封筒を取り出した。
「これ、頼まれていたものです。」
僕は封筒を開き、記入を確認した。
「ありがとう。おふたりにもお礼を後で言っておく。」
すると、女の子は、僕に両手を出して、
「早く、下さい。」
可愛らしい上目遣いで僕をじっと見てきた。
***
パソコンを何度も見ては、一人でにやにやしていたら、彼氏が帰ってきた。
「ただいま。コンビニでケーキ買ってきたよ。」
帰ってきた彼氏は何度見てもかっこいい。
いつまででも眺めていたい。
本当に私の彼氏でいいの?と思う。
しかも、このかっこいい彼氏にプロポーズされたのだ!
何度も前からそういう感じの事は言われていたけれど、どうしても決められなかった。
顔といい、スタイルといい、すべてにおいてかっこいい上に、美味しいご飯を作ってくれたり、甘やかしてくれたりとあまりにも私にとって良すぎた。
だから、躊躇った。
小説を書いて、その中でたくさんのヒロインが結ばれていくのを自分で描いてきた。
けれど、それは私の作った世界。
彼氏のいるこの世界は、私だけの世界じゃない。
ハッピーエンドでめでたし、めでたし、じゃない。
終わらずに続いていく日常の中だ。
物語なら、幸せになりましたで終われる。でも、ここは、そこから始めないといけない。
終わりのない世界。
だから、今が良ければ良いほど、その先が怖かった。
飽きられてしまう、面倒だと思われてしまう。
そして、彼が去ってしまったら、私はとても傷つく。
すぐに囲い込んでしまえば、安心できるのかな。
でも、それは相手への束縛だから、むしろ嫌われてしまう。
そもそもこんなに彼氏に溺愛されることが初めて過ぎて、どうしていいかわからない。
大事にしたいけれど、失うことが怖い。
だから、いつも中途半端にしか返せない。
そう思っていたのに。
『うん、ちゃんと返してくれるよ。』
未来のことまで、約束して貰えた。
今、出来ていなくても、いつか、出来るなら。
それを待ってくれるなら、一緒に進んでいけるかなと、思えた。
抱き合うぬくもりのように、与えられた分だけ、返せるなら。
それなら、と思えた。
幸せを噛み締めつつ、ケーキを掲げながら部屋に入って来た彼に向かって立ち上がり、抱きつこうとした。
けれど、途中で動きが止まる。
「じゃあ、ケーキの前に、婚姻届の記入と、明日の引っ越しの打ち合わせしようか。」
形のいい唇で綺麗に弧を描かせながら告げる彼の言葉によって。
***
彼女は立ち上がったまま、びっくりした顔で固まっているので、とりあえず額にキスを落としてみた。
まだ動かない。
せっかくなので、どこにキスをすれば動くのか、顔の色々なところに試してみた。
やっぱり唇かなぁと、しゃがみつつ、顔を少し傾けてみたら、彼女が動いた。
「もう、いいから!それより、婚姻届とか引っ越しって何?ちょっと出かけただけで、何があったの?」
「ちょっと出かけた先で、証人の署名入りの婚姻届と、戸籍謄本を受け取って来たから。」
にこにこと僕が答えると、彼女はまた固まった。
キスすればいいかな?とまた顔を近づけようとしたら、玄関から声をかけられた。
「それはもういいですから。話が進まない。」
マンションから一緒に来ていた女の子の存在をすっかり忘れていた。
「お姉ちゃん、結婚おめでとう。」
「未来?なんでここにいるの?」
三和土で靴を脱ぐと、すたすたと未来さんが僕らのところまで来た。
「婚姻届、お父さんとお母さんの署名入りだから、書いたら出しちゃっていいよ。」
「え、今日、プロポーズもらったばかりなんだけど。」
「うん、間に合ってよかったね。最初から今日婚姻届を提出する予定だったからね。」
「ちょっと待ってよ…。説明を」
彼女の妹、未来さんが僕を見てきたので、僕はお願いしますという意味で、軽く頭を下げた。
「まずは、去年わたしの大学の下見でここに泊まった時、お姉ちゃんから紹介されて、アドレス交換して、それからずっとやりとりをお父さんお母さん含めてやってたの。」
「もうすでに予想を越えてるんだけど…」
頭を抱える彼女と、それに関わらず淡々と説明する義妹。微笑ましい。
「お姉ちゃんが同棲も結婚も渋ってると相談されて。まぁ、連絡をさぼっているお姉ちゃんより、こまめに贈り物とか連絡とか相談とかしてくれる義兄さんに我が家が味方になりました。」
あ、義兄って言ってくれてる。嬉しい。
「一応、お姉ちゃんがプロポーズ受けたら話を進めるつもりだったんだけど。
この間、わたしが大学受かったので、状況が変わったの。」
「なんで、未来の大学合格が?」
「この部屋、お姉ちゃんが大学入学の時からいるじゃない?」
「うん、そうだね。」
「わたし、最後の最後で国公立大学に受かったの。だから、部屋探しとか、引っ越し業者探すとか出遅れていたの。」
「……それで?」
「じゃあ、お姉ちゃんの部屋にすればいいかってなって。」
「…………」
「先に大家さんに相談したら、部屋の掃除とかなしでそのまま入ってもいいって。新規契約にはなるけど、部屋探しをしなくていいから。」
「………」
「それに、義兄さん、もうお姉ちゃんと住む部屋借りて、もう住んでいるし。」
「え、ちょっと待って。」
固まっていた彼女がようやく動いた。
呆気に取られた顔も可愛い。
「去年からここの近くに越してたんだ。その方が早く一緒に住んでくれるかなって思って。」
僕がにこにこしながら答えると、彼女は驚いた顔をしていた。
義妹は何か可哀想なものを見たような顔をしているけど、なんでだろう。
「だから、パソコンとか服とか必要なものを持っていけば、あっちのマンションで生活できるよ。」
「わたしの荷物は、明日の午後にここに着く予定だから。お姉ちゃんの荷物は午前中の内に出したいんだけど。」
「え、明日?」
「さっき、寄ってきたけど、五分くらいの距離だから、大学始まる前なら届けてあげる。あんまりお姉ちゃんに部屋の出入りして欲しくないから絶対に勝手に来ないでね。」
「………なんで、婚姻届なの?」
「お父さんお母さんが一緒に住むなら、もう結婚しちゃいなさいって。義兄さんが何度もプロポーズしてるって、みんな知ってるし。
お姉ちゃんだってプロポーズ受けたんでしょ?じゃあ、いいじゃない。」
「じゃあ、いいじゃないって、言われても……」
彼女が頭を抱えて、困っている。可愛い。
「今日、これから届けを出して、僕の奥さんになる。そして、明日は新婚夫婦としてマンションに住む。
そのために、昨日今日とパソコンで小説書いていても、全然止めなかったんだよ。明日更新する分までは、書き上げたでしょ?」
僕だってちゃんと我慢して待ってました。
「片付けもだいたい出来てるし、今着ていない服もほとんど箱に詰め終わったし。家具とかは未来さんに渡していけばいいから、それほど大変でもないと思うよ。」
すると、彼女はいい事を思いついたような顔をして僕を見た。
「ちょっと待って!うちの両親はいいとしても、相手方の両親の許可貰ってないよね?義理の父と母になるのに」
「もちろん、許しは貰ってるよ。なんなら、今すぐビデオ通話で会話する?」
流れるように答えると、彼女が両手で顔を覆った。
「いえ、結構です。むしろ、今は無理です。」
彼女が顔を覆った手を外す頃には、テーブルの上に彼女の署名を待つだけの婚姻届が乗っていた。
***
すっかり日が暮れた街の中を僕たち三人で歩いた。
婚姻届は役所の夜間窓口で出した。一応、義妹が見届け人だ。
僕も戸籍謄本は用意していたので、あっさりと届は受理された。
これで僕たちは夫婦になった。
正直、顔が緩みっぱなしだ。
「イケメンがにやけた顔で見てるだけなのに、すごい溺愛の感じがしますね。」
冷やかしなのか、溢れた本音なのか、未来さんがぽろっと言っていた。
一応、この姉妹にはイケメン認定されているらしい。ちょっと嬉しい。
届も出したし、お祝いを兼ねて外で食べることにした。
いつもの洋食屋へ三人で入る。
「今さらだけど、未来、いつから仲良くなったの?」
「去年会った時から、かな?受験のアドバイスとか貰ったり。あと、餌で釣るのが上手だから、色々貰えて頑張れた。」
「……何貰ったの?」
「ちょっと高めのお菓子、とか?」
御歳暮とかもあるけどね、と義妹の未来さんは誤魔化しているけれど、婚姻届と戸籍謄本の取得受け渡しと、最後の一押しという力尽くの協力体制すべて含めた注文内容で、ノートパソコン一台を強請られた。
なかなかの猛者だと思う。
支払いが良かったせいか、オプションで「お姉ちゃんから義兄さんのとで相談が来たら、即連絡しますね。」と言って貰えた。いい義妹が出来た。
アルコールを飲む前に、これからの段取りを確認する。
とりあえず、今夜、未来さんは僕のマンションの客用布団で寝る。
そして、僕たち夫妻は、アパートで明日の引っ越しのための荷物を準備して、そのまま泊まることになった。
だいたいの荷物は取りまとめてあるけれど、持ち主の確認作業は必要だからね。
そして、翌日の日曜日は、午前中は車で荷物を移動して、とにかく部屋を空ける。
そして、未来さんに部屋の鍵を渡して、午後からは一切部屋には戻らず、マンションで荷物開け作業をすることになった。
未来さんはとにかく自分の部屋には姉を入れたくないという姿勢を貫いた。
まぁ、それも僕がお願いしたのだけれど。
彼女…じゃない、もう妻だ。妻が渋って部屋に戻ったりしないようにしたいと未来さんに相談したら、最初から部屋に入れないようにすると言ってくれた。とても頼もしい。
その分の対価は後で請求されるけれど、まあ、仕方がない。
これから近くに住むのだから、この友好な協力者は大事にしたい。
そもそも義妹なので、最初から大事にするつもりだが。
ああ、それと一緒に暮らすのなら、僕が妻の小説へ感想コメントを送る時は注意をしなければ。
妻は僕が文章を書くことに興味がないと思っているけれど、社会人として必要な文章能力はくらいはある。だから、ちょっと落ち込んでいる時に感想コメントを送ったりしている。
目の前で嬉しそうにするのが見たいから、絶対言わないけれど。
これからは、時々タイミングをずらして送信しよう。
今日で僕らは夫婦になった。
物語ならハッピーエンドで、その先は番外編で幸せな日常が綴られるはず。
でも、僕たちは明日も朝起きて、ご飯を食べて。
妻は書籍化を目指して投稿をして、それを僕はパソコンの外から眺める。
そして、そんな日々もずっと同じではいられない。必ずどこかで変化が起こる。
望む形だったり、嫌なものだったり。
それなら尚更のこと、僕らが出会えて、結婚をして、企みに協力してくれる義妹がいて、
今、食事を一緒にしていることを僕は心から嬉しいと思う。
パソコンの中の彼女でも、彼女に出会えるのならば、僕は行くだろう。
知らなければ、出会えなかった。
出会えたから、感情が動く。
僕たちは白ワインを、未来さんはジンジャーエールのグラスを持って乾杯する。
口の中に甘みとアルコールの香りが広がる。
馴染みの美味しい料理と少しのアルコール。
そして、可愛い妻と義妹が居る。
これで僕はハッピーエンドの向こう側でも、生きていける。
二杯目のワインを味わいながら、そういえば、二次創作とかいうファンレターから妻を取り戻せたなと、ふと思った。
僕は心の中で、ひとり祝杯をあげた。
妄想彼女の許可をいただいた作家様は、
柳葉うら様です。
柳葉様の作風的に囲い込みは標準装備せねばとやってみました。
ちなみに、柳葉様とは二次創作短編の許可でメッセージを数回やりとりしただけの作家と読者の関係なので、今回の短編は純度100%くまぽの妄想です!(_:(´ཀ`」 ∠):自分の言葉でも凶器になるんですね………)
自分が男ならこうやって落とす……!とアレやこれで妄想しました……
最終的に娶ってますよ………
春に狂った短編を読んでいただき、ありがとうございました。m(_ _)m