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初日#9 隠された醜聞

「さて、ではお願いごとの本題に入ってもよろしいですか。ファミルはいませんのでグラスは外しましょう」

 御堂社長がテーブルを促し、俺と室長の向かいに着席した。

「社長の困り事とは、さきほどの攻撃ですか?」

 グラスを返しながら、室長が尋ねる。

「いえ。それは些細な事です。それよりも重大な……、今後の事業展開にあたって整理しなければならない案件があるのです」

 御堂社長はここで一呼吸置いた。


「単刀直入に申し上げます。スタッフ三名がトラブルに巻き込まれました。二名が死亡、残り一名が行方不明です」

 予想外の口上に、俺と室長は目を合わせる。

 さっきまでの熱気がいっぺんに去った。

「具体的に、順序立てて話していただけますか」

 室長の声色が重く乾いている。


 御堂社長は時折苦しそうな表情を浮かべながら記憶をたどった。その概要は次の通りだ。


 ファミルのコーディネートを担当していた源田(げんだ)征士郎(せいしろう)・佐野ゆり・赤石(あかいし)一馬(かずま)の三人は、3月初旬にファミルシステムのセキュリティ強化策として非常権限IDのアイデアを提出した。しかし役員会で審議の結果、ID管理と発動上の内部統制に問題有りという理由で不採用となる。その後源田と佐野は密かに作成に着手、非常権限IDを発動させるプログラム完成をもくろむが、それを赤石が社内の内部通報窓口へ連絡した。二人は内部通報審査委員会に呼び出されるが、開催当日に無断欠勤、失踪となる。


 ここまでは俺もすんなり理解できた。問題はこの後だ。


 委員会は延期され、二週間後に当事者不在で開催された。しかし赤石は二人の失踪を理由に内部通報を取り下げると言い出し、迷惑をかけた責任を取ると自ら退職を申し出た。このため審査委員会は体裁が整わず、源田・佐野についてはID発動プログラム作成に関する明確な処分ができない状態となった。結果的に、源田と佐野には休職処分が下され、赤石の退職も認める事となった。


 そして第一期リリースを目前に控えた3月31日、赤石は成田エクスプレスの車内で死亡した。終点の成田空港駅で座席にかけたまま息絶えていたのだ。さらに5月の連休明け、御堂社長宛に佐野の実家からレターパックが届く。中身は佐野ゆり直筆の手紙と社員証、健康保険カードだった。手紙には会社への迷惑を詫びるとともに、自身の病を理由として4月末日での退職を希望する旨が書かれていた。要は辞表だ。御堂社長は5月10日に佐野家を訪問するが、すでに彼女は逝去しており葬儀はとうに済んでいた。命日は5月3日との事であったが、父親は御堂社長に嫌悪感を示し、家に上げもしなかったという。


「二人の死因に事件性は無いのですか?」

 室長が静かに尋ねる。

「はい。赤石の死亡は事件性が疑われ司法解剖を受けましたが、結論は不整脈由来の急性心不全との見解です。ファミルのリリースを控えての多忙に加え、内部通報と同僚の失踪、そして自身の退職と、立て続けの出来事がストレスになったのだろうと言われました。佐野はもともと腎臓に持病がありました。実家近くに住む妹さんの話によると、体調を崩して緊急入院したのですが、末期的状態だったらしく、十日ほど入院した後、最終的には実家で看取られました」

「佐野は失踪後ずっと実家にいたのですか? 人事は連絡確認しなかったのですか?」

 室長の声色が硬くなった。


「これも妹さんからの情報ですが、家族には『ストーカーから逃げている』と話していたそうです。会社から連絡が来ても不在と伝えるよう、両親と妹は頼まれていました。佐野本人は『会社は信用できない』と語っていたそうです。人事課は失踪二日後に確認電話を入れたのですが『来ていない』と回答されていました」

 室長が口を開こうとしたが、御堂社長が右手を挙げて制した。


「申し訳ありません。人事部門なら現地訪問して家族に事情を説明し、確認すべきだとおっしゃりたいのは判ります。ただ、当時はタイミングとして最悪でした。赤石の死亡事故があった上に、更に騒ぎを起こすのは得策ではないという空気が我々経営層にあったのは事実です。実家に対して人事がしつこく追及しなかったのはそういう訳です」

 室長は黙って頷いた。そのまま固まったように顔を上げない。


「しかし今となっては、源田を失踪させたままでは必ず将来に禍根を残すと痛感しています。彼に万一のことがあり報道されることになれば、非常権限IDの漏洩疑惑を含めたファミルの醜聞が拡散する事になるでしょう。そうなったらファミルの計画に大きな支障が生じる。ファミルは我々の希望だけでなく、情報産業界の希望でもあると自負しています。私は社長として、ファミルを潰すわけにはいかないのです」


 御堂社長の目には涙が浮かんでいた。

「何よりも源田の身が心配です。一部社内では疑惑の目が向けられていますが、私は彼に、無事に戻ってもらいたいと願っています」


 源田が問題を起こしたり変死する事態になれば、社長の危惧するストーリーは早晩実現するだろう。ファミルは立ち上がりで出鼻をくじかれる。その隙に類似の二番手商品が現れ、ファミルが手にするはずだった沃野を奪う、これは十分あり得る話だ。いや、源田がこれらの事実をリークするだけで大打撃となる。

 ()()はとんでもない爆弾を抱えているのだ。

改訂履歴

2020.7.22. サブタイトル改題

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