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初日#7 不気味の谷の超越(後編)

「人間への類似性をさらに進め同質といえるレベルになると親近感は急上昇し、不気味の谷を越えられます。しかし物理的な実体ロボットでは、この谷を越えることは相当困難でしょう。それは顔だけの問題ではなく、身体全体で人間を再現しなければならないからで、一挙手一投足の精緻な演算機能(プログラム)と筋肉が動いているように感じさせる皮膚素材(マテリアル)の両面が課題となるのです。しかしファミルはCGとして谷を越えた。ここに圧倒的な強みがあります」


 御堂社長はまくしたてるように言葉を放った。

 目つきが野心を宿したものに変わっている。

「実体あるロボットは人間に代わって仕事を行う事が期待され、さまざまな分野で研究開発が進められています。でもそれらロボットへの期待とは何か、これを突き詰めると物理的なアシストに集約される。そう思いませんか?」

 それは少し極論ではないだろうか? 産業用ロボットの発想だろう。

 人はロボットに対して、そこまでドライな感覚ではないような気がする。


 俺は考えながら答えてみた。

「ロボットを見たり意味のない会話をしたり、いわゆる『ふれあい』という面は、無視していいと?」

「無視しているわけではありません。……が、そうなると先ほどの不気味の谷が問題となりますよ?」

 口元は笑みを浮かべているが、目は笑っていなかった。

「物理アシストのためには実体が必要となりますが、人間に親近感を持ってもらうための外観造形にはコストバランスが重要になります。不気味の谷を越える挑戦にはコスト的なリスクを伴うのは確実。となれば、商業的には谷の手前で留まるデザインが無難となる」


 それは20世紀型ロボット観の否定という事だろうか?

 ほとんど生徒になった気分で俺は質問を投げかけてみる。

「つまり実体ロボットは、ターミネーターやレプリカントのような疑似人間的な方向には進化しない。人に似せる事はほどほどにして、作業目的に応じたデザインになるということですか?」


 御堂社長は静かに頷いた。

「合理性を追求すればそうならざるを得ないと思います。一方でファミルはCGでしかないので、物理アシストはできません。しかし情報処理や心理サポートはできる。ここがポイントです。ファミルは不気味の谷越えを武器に新たな活動領域に進出した、従来型ロボットの進化形態なのです。もちろん不気味の谷を越える実体ロボット開発を否定する気はありませんよ。技術力の向上にもつながる素晴らしい取り組みです。ただそのようなロボットが仮に実現できたとしても、当初は一体あたり数億円、量産普及してもスーパーカーなみの価格でしょう。つまりコスト的にファミルと競合しません」


 確かに。


 頷く俺をよそに、御堂社長の弁は続く。

「コストが低いとどうなるか? 購入数が増えます。そうなると、さらにコストを下げられる。ファミルはいずれ一般向け低廉機になると思いますが、わたしはそれでいいと思っています」

「今、50万円で売ってますが、これ、将来的には下がるってことですか?」

「あまり大きい声では言えませんが、ファミル関連機材の量産が軌道に乗れば、個人相手には端末原価ギリギリの20万円で売ることは可能と踏んでいます。ファミルのランニングコストである通信料も、現状は月五千円とIP電話料金ですが、五千円のほうをゼロにする構想があります」

 いくらなんでも大盤振る舞い過ぎる。やはり詐欺師ほど大風呂敷を広げるという事か?

「それだと御社の儲けはどうするんですか?」

 俺は思わず小声になる。

「ファミルが稼ぎます」

 ファミルが?


「御堂さん、大変だ」

 突然室長が割って入ってきた。外したグラスを差し出している。

「アイリーンが話したいそうだ。サイバー攻撃だと」


 同時にスマホの着信音が鳴った。

「すみません秘書からです」


 御堂社長が頭を下げつつ、左手でスマホを耳に当て、右手でグラスを受け取る。

「攻撃、うん、今聞いた」

 スマホでふさがる左耳をよけつつ、器用にグラスを装着している。

「アイリーンを動かす。そっちで手空きのファミルいる? カオリ? いや、それ以外で。神田さんに聞いてみて……。くららOK? 第一会議室によこせる? うん。あ、ゲスト用の予備グラスってどこだっけ? キャビネット?」


 御堂社長は部屋の隅に近付きキャビネットを開ける。

「あったあった、ありがとう。俺もすぐ行くから」


 電話が終わったらしく、ケースを手に戻ってきた。

「すみません、少しだけ外します、戻るまでの間、くららというファミルがお相手いたします。どうぞ」

 俺と室長はグラスを受け取る。

「指紋認証不要のゲスト用です。くららも、……来てますね。じゃあくらら、お相手を頼む。アイリーンは私と戦略検討室に行こう」

 言うが早いか、ドアを開けると風のように会議室を出て行ってしまった。

 室長を見ると、老眼にはつらいなどとぼやいていた割にはイヤーマフを難なく装着し、すでにグラスを顔にかけようとしていた。

 俺もなんとかグラスを準備し、顔にかけて、室長の見る方向を追う。


 瞬間、びくんと電流が走る感覚を覚えた。

 御堂社長が出て行ったばかりの会議室ドアの前に、スリムな女性がスッとたたずんでいたのだ。


 白いブラウスと青いタイトスカートを身につけ、ウェーブした栗色の髪を胸まで下している。年齢は分からない。落ち着いた雰囲気の20代にも見えるし、美魔女と称されるキレカワ40代にも見える。肌はブラウスとほとんど変わらないくらいに白く、やや暗いピンクの唇がアクセントとなって俺の視線を掴む。両手を腰の前で合わせる姿はモデルがポーズをとっているようで、俺は眼球も含めて全身が固まった。


 それはファミルの美しさではなく、科学技術への畏怖で固まったと思いたい。

 CGだと理解しているものの、本当に人と何ら変わらないのだ。俺はしばらく動けなかった。



改訂履歴

2020.7.22. 御堂社長コメントの微修正、改行見直し。

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