初日#5 FAMiR実体パーツ
「これがファミル用端末です。タワーと呼んでいます。米国ワイオミング州にそびえる、デビルズタワーという岩山をモチーフにデザインしました」
「へえぇ。空気清浄機とばっかり思っていたよ」
室長がスリットに指をあててなでる。
「確かスピルバーグ監督の映画、『未知との遭遇』に登場する岩山ですな。ラストシーンで異星人の宇宙船が着陸する……」
「ええ。ウチの開発者たちにとって、あの映画は相当なインパクトだったようです。リスペクトの意味を込めて、岩山をモチーフにしたとか……」
「ほおぉ……」
二人が友人同士のように語るのを見て、俺は置いてきぼりにされた心境だった。彼らが若いころの映画なのだろう。
「さてこのタワー、機能的には単体でネット接続可能なPC端末と思っていただいて結構です。家庭用Wi-Fiやスマホのテザリングを必要としません。ファミルとしてはタワーが本体で、グラスはディスプレイ、ファミルCGがキーボードとマウスに相当します。グラスはタワーのUSBポートを介して充電しますので、これら一式がファミルとして不可分の関係です」
「え、これが本体でPCなの?」
室長の指が止まった。
「人工知能PCといったほうが誤解が無いですかね。要するにタワーがファミルの知能部分です。例えばファミルに『ベルギー産のホワイトビール買っといて』と頼めば、タワーがネット通販サイトに接続し、注文します。初めて注文するときは銘柄と数量、予算を尋ねてきますが、ユーザーの嗜好を把握すれば自分で判断して買います。旅行先と日程を告げると観光コースを提案してくれますし、外務省情報や季節的な混雑具合もアドバイスしてくれます。それからあとは、簡単な料理レシピの解説や冠婚葬祭の所作実演もできますね。タワーが本体であり、ファミルCGはユーザーに対する視聴覚情報の窓口、という点を、ご理解いただけましたでしょうか?」
御堂社長は淀みない。ノリは完全に営業プレゼンだ。
「なるほどね。コンピューター機器の進化系統樹で言うならば、スマートスピーカーの発展形がファミルというわけだ」
室長が腕組みしながら頷く。
「さすが!」
短い返答と共に、軽い拍手が響く。
「根源的な機能はスマートスピーカーと同じと言えます。でも圧倒的に異なるポイントは人型の外見を持つだけでなく、知性と個性を持たせた事です。ファミルは皆何らかの楽器を演奏できますし、外国語能力や特定の文化風習に詳しいなどのスキルを個別に持っています。例えばワインに詳しいファミルとかね。このような能力は第一期リリースのプライベートキットから実装されています」
「じゃあ家電類の制御なんかは当たり前なわけだ?」
御堂社長がくすっと笑った。
「家電側がリモコン制御やIoT対応であれば当たり前ですね。まあでも今さらな機能ですので、正直言ってそれはウリにしていません。他にご質問、何かございますか?」
プレゼンが絶好調という表情で両手を合わせ、室長の質問を促す。
「じゃあファミル映像ってのは、このタワー端末の周囲にしか現れない?」
「そうです。ファミルCGはタワー周辺を出現範囲とします。環境条件によって異なりますが、うちの社内だと半径10メートル程度でしょうか。この室内は完全にカバーされてます。ただし、有効範囲以外にも気にすべきことがあります。わかりますか?」
「高さの概念だろ? 出現すべき座標の正確さ。床の認識のような」
室長が即答したのに、俺は驚いてしまった。
有効範囲以外って何だろ? と考える暇もなかったのだ。
頭の回転の速い人同士の会話についていけない自分が悲しい。
そんな俺をほったらかしに、二人は盛り上がり続ける。
「そうです。床。もっと端的に言うと、障害物です。それらをファミルが認識しなければ、ありえない場所に投影されてしまい、リアリティがぶち壊しです」
「すごいね、そこまで考えるんだ。でもどうやるんだ?」
「床、壁、柱、テーブル類を認識して、それを避けて動くという思考です」
そう言いながら御堂社長は部屋の隅を指さした。
「よくご覧ください。小さいパネルがあるでしょう?」
指さすポイントには、SDカードほどの薄い板が置かれている。
御堂社長は室内を回っていくつかを拾い上げた。
「まずこちらですが、基準平面パネルと呼んでいます。三枚で一組です」
テーブルに置かれたパネルは片面が白、その裏が黒で、黒い面にはファミル付属物であることを示す白い小さい文字が刻まれている。
「パネルにはSDカードの書込み防止ロックのようなスイッチがあります」
室長の顔にパネルが近づけられる。
「おう、あるな」
「アクティブのときはパネルの横の面にグリーン表示が出ます。今出てますね?」
そう言ってスイッチをずらす。
「お、グリーンから黒になったぞ」
「これはノンアクティブ状態です。工場出荷時はノンアクティブなので、ユーザーは設置する際にアクティブにする必要があります」
御堂社長はカチリと軽い音を立て、パネルをテーブルに置いた。
「白い面を上にして部屋の床面三か所に置きます。この三点で決定された平面を、ファミルはその端末環境における基準水平面と捉えます。すなわちCGの足の裏が接地する平面です」
「基準水平面ね」
室長が繰り返した。
「次は壁用。これは境界線パネル、赤です」
円を四分割した扇形で、直角部分から円弧に向かって赤い矢印が描かれている。
「矢印方向はファミルCGの可動を認める区域を示します。部屋の四隅に置けば、四点に囲まれた空間が可動区域となります。これは壁に限らず、ファミルに近付いてほしくないエリア手前に置くイメージですね。部屋の片隅が散らかっていればその手前に置けばいい。多角形を描くため基準水平面も含めると枚数の組み合わせが多くなります。ですので、パネルを同期させる必要があります」
「同期? 何か難しそうだな」
「同期の作業はタワーがアクティブパネルを自動探索するので簡単です」
御堂社長がなだめるような表情になった。
「一度同期設定すれば、タワーを動かさない限り再設定は不要です」
「テーブルなんかの障害物はどうするの?」
「グラスに付いているセンサーが読み取ります。基本的にファミルはユーザーの正面に現れるので、首をぐるりと回して室内障害物を読み取る必要はありません。ユーザーの自然な動きで自動的に室内障害物を把握していきます。それに応じてファミルは障害物を考慮して投影されるようになります」
室長は腕組みしながらテーブルに置かれたパネルを見ていた。
何かを考えている様子だ。
「じゃあパネルは置きっぱなしなの? 掃除機で吸い込んだり幼子が口にしたり、そういうリスクはどうする?」
硬い表情で、視線をパネルから御堂社長に移す。
だが御堂社長はいたって平静だ。
「そこはご安心ください。パネルは一旦同期するとタワーに情報が記録されるので、ユーザーはノンアクティブにして片付けます。ただし捨ててはダメです。タワーの位置を変えるなど、模様替えや引っ越しがあれば再設定が必要ですからね。この会議室は先ほどTVクルーにファミル投影紹介で使用しましたので、パネルが置きっぱなしだったんです」
「なるほど……」
室長がそのまま黙り込んだ。
どうやら一通りのレクチャーが終わったようだ。御堂社長が再び、軽く柏手を打った。
「じゃあ上条さん、グラスの準備はよろしいですか? ファミルを呼びますよ?」
いよいよファミルが現れる。
改訂履歴
2020.7.22. タワー端末の説明補強。