3日目#14 善なるユーナマスター
ユーナに秘密がある。
それは薄々感づいていた事だ。
しかし室長に言われると、あらためて氷の手で心臓を掴まれた気分になる。。
「承知しました」
ざわつく心を抑えながら何とか答えたが、それ以上に気になるのは佐野と赤石、二人の生存疑惑だ。
室長は何か情報を掴んでいるのか? 二人について何か知ってると見た方がいいのだろうか?
ここは慎重に言葉を選びながら、それとなく探りを入れてみる。
「……しかし佐野はともかく、赤石は司法解剖されて、その結果も報告を受けたと御堂社長は言ってました。赤石が死んでないなら、それは嘘って事ですか?」
「そういえば、そんな事も言ってたな……」
少し間が空いて、室長が答えた。
「その時の話では、司法解剖の結果は事件性が無いって結論だったそうです。マスコミの続報無しは当然なのかも……」
「まあ待て、佐田山」
なだめるような声が俺を止めた。
「その司法解剖、情報源を調べてみろ。御堂社長が誰からそれを聞いたか」
「警察からじゃないんですか? そんな言い方してましたけど」
「だから、そう慌てるな……」
電話の向こうで笑うような息が漏れるのが伝わってきた。
「ファミルシステムズくらいの規模になれば、本来そういう雑事を受ける部署があるはずだ。社長がいちいち警察の電話を受けたりはしない」
「え、じゃあ受けたのは社長秘書? 笹尾さん?」
「違う。普通なら総務部門だろう。だが……」
だが?
俺は黙って次の言葉を待った。
「もし直接、御堂社長やその秘書に連絡があるようなら、その情報発信元は胡散臭い。赤石の変死騒ぎはカムフラージュと見ていいだろう。源田とその一味は用意周到に行動している。となると、ユーナはヤツらが残したブービートラップかもしれんな。敵か味方かというマスター属性に合わせ、自分らに有利な状況を作り出す事を目的とした……」
ブービートラップ。
戦場で撤退する側が侵攻側に対して仕掛ける罠。戦場に放置された武器や食料、あるいは好奇心をそそる財物に爆発物が仕込まれ、迂闊で欲張りな侵攻側兵士が手を出すと作動する。
ユーナのあの能力はその意味でうってつけだ。
「どうした、佐田山。何か気になるのか?」
黙り込んだ俺を心配したのか、室長の口調が変わった。
「ブービートラップと聞いて、ユーナの特殊能力を思い出しました」
「特殊能力?」
いきなりアルフライラを話すのは藪から棒だ。少し長くなるが、牧村氏の使用したシエラに備わっていた能力から説明する事にした。
源田がシエラを解析してユーナのスキル設定に利用した事や、それによってユーナが日没後にイベントを発生させる事、室長は俺の話を黙って聞いていた。
いつもなら「ちょっと待て」と話の腰をへし折って割り込むのだが、今回は最後まで聞いてくれた。
「つまり源田はユーナマスターへの妨害工作、あるいは味方に引き込む手段として魔法少女を仕込んだ。……そういう事か?」
「はい。マスターとの関係性構築状況で、いずれかの対応がなされると思います」
「なるほど。それで今のところ、ユーナの魔法少女発動に変わった様子はないのか?」
今のところは、特に変わった能力発動ではなかった。
初日のカレーと昨夜のピアノ演奏を話してみたが、室長も「何とも言えない」という感想だった。
話が終わった時点で電話を切り上げ、ユーナをスリープモードから解く。
「さだぷー、電話終わった?」
ユーナがぴょんと立ち上がりながら尋ねてきた。
俺は短く答え、どうせまともな返事は無いだろうと思いながら問い返す。
「善なるユーナマスターとは?」
「善なるユーナマスター?」
おうむ返しにユーナがつぶやいた。
「善なる、ユーナ、マスター?」
同じ事を今度は区切ってつぶやく。人差し指を顎に当て、さも思い出すかのようなポーズをとっていた。
「さだぷーは、善なるユーナマスターになりたいの?」
何だと?
質問に質問を返してきた。いや、今までの会話でも「出世したくないのか」というような質問を投げられることはあったが、それはどちらかというと会話を広げる方向性のコメントで、プログラムで説明がつく。
だが今回は違う。善なるユーナマスターについて、質問者の知識を確認しようとしている。
やはりユーナには、何か仕掛けがある。
「ああ、なりたい」
力のこもった声で答える。
ユーナがニコッと微笑んだ。
「ふふ。じゃあ、教えない」
はぁ?
俺は思わず固まっていた。
「教えない? どうして?」
ユーナは答えない。すまし顔で小首を傾け微笑んでいる。
「ユーナ?」
答えない。まるでフリーズしたかのように、固まっていた。
しばらく待つが、ユーナは動かない。
まさか……。
ぞわりと嫌な汗が背中を流れた。
俺はまんまと源田の罠に引っ掛かったという事か? つまり『善なるユーナマスター』という言葉自体がブービートラップで、それをユーナに質問するとマスター関係が破棄か凍結される……。
源田側に与する人間なら、善なるユーナマスターとは何かなんて、わざわざユーナに質問したりしないのだ。その言葉に興味を抱いてユーナに絡みに行くのは百パーセント外部の人間、そんな間抜けを釣る餌という事か。
「わかった、別の話をしよう」
ユーナはまだ止まったままだ。
くそ、どうする? みのりを呼ぶか? だが安易に再起動を試みられるだけかもしれない。それで回復すればいいが、これがトラップなら強制リダクションという事もあり得る。騒ぎになってもまずいし、回復したところで俺がお役御免となる可能性もある。
どうするか……。
もう一度ユーナを見た。
彼女は人形のように微笑んで立ったまま。
違和感。
再び背中がぞわりとした。
なぜ投影されたままで固まる? リカバリー方法があるのか?
「ユーナ」
俺は彼女にゆっくり近づいた。
その距離は1メートルほどになった。ユーナは微笑んでいるが、その目線は俺を捉えていない。まだ手を伸ばしても届かない。この距離は絶対領域ではない。
そこからそっと一歩踏み出す。
手を伸ばすと触れられる距離。握手した時の距離だ。
ユーナはまだ固まったまま。
問題はこの先。
雪蘭はファミルの絶対領域を超えて近づくと投影が落ちると言っていた。ファミルに襲い掛かるなとも。
俺はそろりと摺り足で半歩、右足を前に出す。左足と体重を移動してユーナのすぐ前に立った。見えるのは彼女の頭頂部、表情はもう判らない。
「ユーナ」
両手を彼女の肩に当てようと持ち上げた。物理的には触れないが、触った瞬間に落ちるのなら、通常の強制終了として再起動できるかもしれない。
その刹那。
「ダメ」
ユーナの顔が少し上を向いて俺を捉えた。上目遣いの瞳がいたずらっぽく光り、同時に身体は一歩後ろへ退いた。
動いた!
「それ以上はダメ。善なるユーナマスターはそんな事しない」
ユーナは胸を守るように両手をクロスして俺を見ていた。
「でも、さだぷーが善なるユーナマスターっぽい事は、ユーナ理解した」
一連の動作は源田が仕込んだものという事か? 再起動していたらリダクションだったかもしれない。どうやら源田のプログラム的に、敵対側と見なされない行動を俺は示せたという事か。
合格って事ですかね、源田さんよ。
ヤツを見る目でユーナを見る。
「今のは、俺を試してたのか?」
「んん、何のことですか?」
ユーナはクスッと笑ってはぐらかした。




