3日目#13 俺たちは違うゾ
「それで、これからどうしますか?」
顔を上げると羽賀が冷めた目線を向けていた。相変わらずその瞳は、俺を値踏みするような光をたたえている。
俺には一つだけ、みのりが羽賀を呼びつけている最中に仕込んだ策があった。だがそれを今ここで開示する訳には行かない。
「完全にお手上げ、ですね。26種の赤毛データを使うファミルがあれば、その類似データとして検索もできますが……」
ここはワザとらしく両手を広げ、さえない言い訳するダメ男を演じてみる。
「そんなファミルいませんよ。赤毛は完全にヴァネッサオリジナルだし……」
みのりがため息を漏らし、少しタメを置いて人差し指を俺に向けた。
「……だから佐田山さん、とりあえず御堂社長に報告を……」
「待って!」
羽賀の声が響く。
「え……?」
固まるみのり。恐る恐るの表情で羽賀を見つめている。
「専務の心情は伏せるべきです。御堂社長は口が軽い。役員の誰かに話すかもしれません」
確かにそれはある。どのみち御堂社長に報告するのは時期尚早だろう。
ヴァネッサに刻まれたメッセージは非常権限IDと内部告発騒動の真相そのものだ。その情報を御堂社長に伝える義務があるとはいえ、専務が源田に託した密命まで同時に知られるのはよろしくない。察知した敵対側が良からぬ行動に出る危険性がある。
「判りますけど……。口が軽いって、ちょっとひどいです……」
みのりが不満げに漏らすが、なぜかその表情は俺に向けられた。羽賀に面と向かって言えないのか?
「じゃあ佐田山さん、ウィルスを仕込まれたUSBメモリを……」
「佐田山さん!」
羽賀だ。しかし今度の口調は柔らかい。
「源田のメッセージの件、まず私から専務に話をさせてください」
「それは、俺抜きって事?」
「そうです。……が、笹尾さんに同席してもらいます。それならフェアでしょ?」
羽賀はみのりに薄く笑いかけていた。
「あ、あたしが?」
「私の専務への報告が物騒な内容じゃないって事、誰かが聞いていないと佐田山さんは心配でしょうから」
俺は「了解した」と頷いてみせた。
今の段階では誰が本当の敵対者なのか全く判らない。彼女にしてみれば、俺が専務を信じたかどうか知るすべはない。だから専務側が俺に危害を加えるつもりのない事を伝えようとしているのだ。
「承知しました」
みのりも答え、二人は会議室を出て行った。
見送った後、俺は急いで椅子に腰を下ろし、グラスをつける。
「ユーナ、起きて!」
「よっと!」
いつものパターンでぴょんと跳ねてユーナが床に立つ。
「上条室長へ連絡したい。ヴァネッサのホクロ拡大画像を転送して」
「画像転送は禁止でぇす」
くそ、面倒くさいセキュリティだ。睨み気味にユーナを見ると、得意げに笑みを浮かべて人差し指を立てた。教師のように。
「でも、テキスト化した情報なら転送可能です」
「それならさっき送った。みのりが羽賀を呼んでる間に」
「おっと、さだぷー仕事早いね」
その言葉に思わず笑ってしまった。だがそれをかき消すように、スマホが鳴った。
室長だ。
「は、はい、佐田山です」
あわてて受話器を耳に当てる。
「源田の書き残したメモな、よく見つけた」
「あ、ありがとうございます」
「作りかけのファミルを完成できないよう細工し、そこにメッセージを織り込んだとはな。源田という男、なかなか切れるヤツだ……」
「はい。ただ室長、ちょっと手詰まり気味で……、メッセージから何か読み取れた事があれば教えてほしいのですが……」
「ふん、たまに褒めるとこれか。いいだろう。ヒントをやる。一つ目はユーナだ」
「ユーナ?」
ちらりとユーナを見る。ニンマリと湿った笑顔が返された。
集中をスマホに戻す。
「まず『善なるユーナマスター』ってなんだ? ファミルのマスターに善も悪もなかろう。これは何を意味しているんだ?」
「それは……、えと、源田にとっての善……?」
「だろうな。つまり?」
「もしかして源田の敵側、内通者側に与しないマスターという事ですか?」
スマホから満足そうな含み笑いが漏れ出た。
「その通りだ。源田にしてみれば敵側にユーナを奪われると困るって事だろう。つまり単純な話、『善なる』ってのは『敵側じゃない』って意味だ。恐らくはユーナに何かが仕込まれている」
「ヴァネッサのホクロのような?」
「どうだろうな。幸いお前はそれを調べられる立場にいる。……次、二つ目だ」
つばを飲み込んで次を待つ。
「ファミルの遠隔操作って何だ?」
「え?」
「え、じゃないだろ。ユーナは遠隔操作されないって書いてあった。だったら普通のファミルは遠隔操作されるって事じゃないのか?」
「それは……、オペレーターによるファミル補助の事では……」
「違うな。そういう場合、遠隔操作なんて勿体ぶった言い方しない。俺が思うに、他人のマスター権限を乗っ取れるって事だろう。ファミルにマスター誤認させてこその遠隔操作だ。違うか?」
確かにそうだ。メッセージを呼んだときは流してしまっていたが、遠隔操作を深読みするとそうなってくる。
「ファミルの遠隔操作手段と、ユーナがなんで遠隔操作されないのか、これらも調べる必要あるな。どっちにしろユーナってファミルはかなり特殊なポジションらしい。……そしてこれが最後のヒントだ」
「は、はい!」
頷きながら再びゴクリと唾を呑む。
「赤石と佐野は本当に死んだのか?」
「ええ!?」
「赤石は3月31日に成田エクスプレス車内で死亡、御堂社長はそう言った。お前も聞いたよな?」
「もちろんです」
「列車内で人が突然死亡したら報道されるだろ。だから調べたんだが……」
「報道されてない、ですか?」
「乗客1名が成田空港駅で意識不明、後続列車に遅延発生との記事はあった」
なんだ、あるじゃん。そう思ったが、次の言葉に俺は固まった。
「だが続報はない。死亡したとの記事は出てない。……御堂社長は遺体の身元確認しに成田へ行ったのか?」
「いえ……。行ったなら、そういう話になると思います。おそらくは警察か鉄道会社からの連絡ではないかと……」
「だろうな。御堂社長の性格なら、そういう希少体験は絶対人に話す。話に盛りが無いって事は人づてに聞いた話だからだ」
室長はフッと鼻で笑うような息を漏らし、続けた。
「……それに源田のメッセージだが、これな、妙な余裕がある。牧村と同じ事をしてるのに、まるで自分たちはその道のプロであるかのような、策謀をバッチリ整えたかのような雰囲気をにおわせている。俺たちは牧村とは違うゾと潜在的にアピってる文章だ。佐野は持病を抱えてたらしいが、そんな様子は一ミリも書かれていない。つまりな、源田の部下二人の死亡、これ偽装じゃないか?」
「佐野ゆりも、生きてると……?」
正直、身体のこわばりが解けない。源田のメッセージを見つけた時よりも怪談めいた話に、俺は怯えていた。
「そもそも家にも上げてもらってないんだろ、御堂社長。仏壇も拝んでない。それに何より、佐野は健康保険証を返したそうじゃないか。わざわざ死ぬ前に」
「死ぬ前というか、それは退職願と共にです……」
「だからそこを律義に考えるな!」
俺の細い声を上塗りしてつぶすような大声だ。
「打算で考えろ。死ぬ前に健康保険証を返す、正確にいうとそれは健康保険から抜けるって事だ。おそらく佐野は両親を扶養に入れていたんだろう。そうなると社会保険まで騙しおおせる高度な偽装は難しい。退職の体裁で抜けるほうがスッキリする」
「そんな……、じゃあ何のために偽装を?」
「そりゃ敵を欺くためだろう」
「いやしかし、でも……」
「じゃあ逆に考えてみろ。余命いくばくもない状態で、会社の社会保険に入っている人間が死亡前に抜けようとするか? 老親もいるのに。……とにかくユーナ自体に秘密がある。それを調べる事だ」




