3日目#12 ファミル誕生 前日譚
冨塚が去った。
みのりが固く口止めしてから、追い出すように解放したのだ。
佐田山氏が正式に報告をする前に漏らしたりすると、例のテキストデータを報告に織り込むからねっ、と脅しを入れて。
可哀そうなトンカツ君は「絶対言いませんから!」と懇願して退室していった。
ヴァネッサの髪に秘密が隠されていた件。
それは残念ながら追跡不能になっていた。事もあろうに、冨塚がヴァネッサの髪を全面的にリニューアルしていたのだ。
「だ、だって後頭部のまだら赤毛が変だと思って……、純粋なブロンドのほうがいいと思って……」
怒り心頭のみのりに冨塚は言い訳を交えながら、赤毛の混じる旧データはデータベースに残ってるはずと弁解した。しかし例によってタイトルコードが判らない限り見つけようがない。
「このいらんことしいのクソタコ!」
哀れな冨塚は自ら書いた罵詈雑言をブーメランで食らい、その流れで脅迫されたのち追放された。
「佐田山さん、ここは羽賀さんにも協力を頼みましょう」
追い出してすぐに、みのりはキャラ急変、キラキラした目線でお願い気味に両手を組んでいた。
「羽賀さんにも?」
俺が驚いたのは羽賀を引き入れる事ではない。まるで当事者として振舞っているみのりの感覚だ。
「いや、正直言うと、今までの情報からみんな怪しく見えてきてる。俺の本音としては、ここから先はユーナだけで進めたい」
「もしかして佐田山さん、私や羽賀さんがスパイだと思ってます?」
え?
けっこう的を射た表現に、俺は絶句してしまった。
「私も羽賀も、秘書になるとき『役員のために尽くすな、会社のために尽くせ』と言われました。牧村さんや源田さんに何が起こったのか、真相に迫るための協力をしたいんです。それに源田さんの書いてる専務との関係、ホントかどうか確かめられるの羽賀さんだけでしょ?」
みのりの目は真剣だった。専務との関係の確認、これも一理あった。
「わかった。協力をお願いします」
俺は頭を下げる。
みのりは礼を言い、スマホを取り出した。
しばらくして羽賀美紀がやって来た。
午後イチに俺からの第一報を聞いていたこともあってか、今回の新情報も(ヴァネッサのホクロに書き込んでいた事は驚いたものの)すぐに理解してくれた。
「源田異動の裏事情、私も報告書提出の後、専務から聞きました。……ここに書いてる通りです。その、専務の作戦というのも本当ですが……、でもここまで暴露しなくても、とは思います」
ただ、心なしか表情は少し渋い。
「専務は裏切り者を知っているようですが、羽賀さんは……」
「いえ。それは存じません。私には他人の悪口を決して言わない人なので」
「言いにくいのですが、専務が御堂社長を疑っているという事は?」
「それは無いよ!」
みのりだった。
「だって、二人は互いに尊敬しあう間柄だから」
「そうです……」
羽賀が相槌を打った。
「……御堂社長、白須専務、二人は設立当初から弊社の中核をなす人物で、ファミルの親も同然なのです」
「親、ですか?」
彼女にしては、ずいぶん温もり感のある表現だ。しかも専務の事を初めて苗字付きで呼んだ。
「リアルタイムCGモーションやファミルAIの基礎理論は専務が作られました。技術開発部のメンバーは専務の指導を受けて、初期型ファミルのディープラーニングを施しました」
「技術開発部? 長野に籍を置く部門ですか?」
「そうです。長野は弊社発祥の地で、技術開発部メンバーの多くは長野が生活拠点です。バーチャルヒューマンのCG処理や動画加工制作を請け負っていた、ツバイ・クリエイツという会社が前身で、その時からの社員です」
「ツヴァイ・クリエイツ?」
「あ、いえ、ドイツ語ではありません。つばい、です」
羽賀は右手を軽く上げて、微妙な発音を制した。
「創業者の名前なんです。植物の椿に井戸の井で椿井」
「ふふ、私も最初はドイツ語と思ってましたから」
みのりが親切にもフォローを入れる。
「CG動画の加工制作は、アプリを使うとはいえ手作業だったのです。五年前、ツバイの技術部長だった白須が、人の動きを自律的に加工処理するAIプログラムを開発しました。これでCG動画のリアルタイム加工が可能になったのです」
「リアルタイム加工?」
「あらかじめ動画を作るのではなく、動画として流す直前に作るイメージです。その技術革新を例えるなら、そうですね、線路を素早く敷きながら列車を走らせるようなものです」
え。
たとえが極端すぎて頭が付いていかない。
「これによってCG動画の生産性は革命的に向上しました。普通の発想ならここでゲームか映画の会社に売り込みを図るところですが、当時動画プロデューサーだった御堂は違ったんです。無実体ロボットのアイデアを椿井社長と白須に提示しました」
なるほど、素早い動画で終わらせず、動画が素早いと何ができる、という発想か……。
当時の御堂氏が立て板に水でプレゼンする様子が浮かんだ。
「椿井社長はリスクが高すぎると難色を示しましたが、白須は賛成しました。御堂は椿井社長に対し、開発費用はクラウドファンディングで集め、グラスなどのハードウェア開発も協力企業を募ると説得したのです。蓋を開ければ目標額の五倍近くの資金が集まり、出資元や協力企業も八岐電産株式会社様はじめ、錚々たる企業が名を連ねることになりました」
俺に気を遣って八岐電産に様付けしている。
「その資金や技術供与を受け、画像処理にハードウェア、そしてAIの本格的な開発がスタートしたのです。資材や人材、特許のライセンス料に多くの資金が投入されました。2年の開発期間を経て画像処理とハードウェアは何とか形になり、チャットボット的な無実体ロボットが一昨年の暮れに完成しました。AI性能はまだまだでしたがグラス投影の映像は今とほとんど変わりないものでした。この時点で出資企業は将来性を確信したのでしょう。大幅な株式増資が行われました。外部から取締役が送り込まれたのもこの頃です」
「ではAIはその後の一年で形になったのですか」
「そうです。遅れていたAI開発も昨年秋には完成し、無実体ロボットから正式にファミルが誕生したのです」
つまり、ファミリア・アシスタントの名はAI性能ゆえの自信の表れなのだろう。
「ファミルの名称発案は出資先企業からですか?」
「いいえ。ファミルの名称を提案したのは御堂と白須でした。椿井社長は仮称として長らく使用していたバーチャルアンドロイドで十分だと反論し、旧来の役員たちにも自分に賛同するよう強要していました」
正直言って椿井社長に商才は無いと感じた。そんな言いにくい商品名では売れるものも売れない。縮めるとバーチャロイドになってしまうし、商標的に危ういものがある。
「椿井社長って少し意固地な方みたいですね?」
「自分の起こした会社が、どんどん姿を変えていくのが耐えられなかったのだと思います。無実体ロボットは遊びで、あくまでもCG動画加工が本業だと信じていたのです。だからファミルなんてフワフワしたネーミングが気に入らなかったのでしょう」
それはあるかもしれない。職人気質の創業者が、商才溢れる番頭に店の経営権をいつの間にか奪われている事例は珍しい話ではない。危機感を持ったのだ。
「単純な多数決であればファミルは廃案になっていました。しかし白須の論理的かつ情熱的なプレゼンで、誰も反対できない空気になりました」
「白須専務のプレゼン、ですか?」
俺は思わず口を挟んでしまった。プレゼンするなら御堂氏だろう。
「白須はファミルを新しい概念だと熱弁しました。英語で腕時計のことをウォッチと言いますよね? アームクロックとは言いません。こんな風にロボットの派生とは思わせない新しい言葉が必要だと説いたのです」
「こうしてファミルが誕生したのですが、椿井社長の前時代的な発想と言動は社外取締役を送り込んだ企業の逆鱗に触れました。その後すぐに臨時の取締役会が開かれ、経営判断力に乏しいとの理由で社長職の解職を要求されました」
それは行き過ぎだ。完全に乗っ取り工作ではないか。八岐電産は取締役を送っていないから、どこか他の出資企業が画策したということだろうか。御堂氏と白須氏はその流れに乗った?
俺の顔色が険しくなっているのに気付いたのか、みのりが割って入ってきた。
「ここからは私が話します。御堂社長から何度も聞いた話だから。専務と御堂社長はこの局面を巧みに切り抜けたんです。当時椿井社長が事業として力を入れたいのはCG制作のほうでファミルじゃない。だったら分社するのが双方にとって利益ある選択ではないか、と提案しました。ツバイ・クリエイツのバーチャルアンドロイド事業部を別会社にするって訳です」
「確かに妙案だけど、それはツバイ・クリエイツの人材を奪うことにならない? 椿井社長にとっては会社の一部を切り取られるに等しい」
「まあそうですけど、乗っ取られるよりは、ずっとマシだったんですよ」
俺は二の句が継げなかった。綺麗事では済まされない修羅場だったのだ。
「でも二人は椿井社長へのリスペクトを忘れてなかったんです。椿井社長とツバイ・クリエイツ残留者には報奨があるべきだと主張しました。具体的には新会社のストックオプション付与です。その一方で移籍組にはストックオプション無し。その代わり給与制度を大幅に変えることにして成果報酬を手厚くしてます。結果、分社は円満円滑に進みました」
出資企業にしてみれば手切れ金のような追加のコスト無く、従業員にも公平感があり、椿井社長のメンツも立つ。上手な差配だ。
「ツバイ・クリエイツは今も健在、うちの技術開発部はその隣の敷地を借りて社屋を建ててるんです」
「ファミルシステムズを設立する前から白須専務は御堂社長と二人三脚でした。二人が対立したり疑いあったりするわけがない、という理屈を判っていただけましたか?」
俺は無言で頷くしかなかった。




