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3日目#9 忌み子のヴァネッサ

「ヴァネッサの関連データは全件アクセス可能になってます。さあ始めましょう、ユーナ」

 仕切るかのごとく、みのりがユーナに告げる。

「え、あの、えと、さだぷー、……どうするのかな?」


「ヴァネッサ基礎情報の表示、それと解説を頼む」

「オッケー、いくよ?」

 ユーナの答えと同時に複数のウインドウで構成された画面が立ち上がる。左上に白人女性の顔が映り、他のウインドウには数値の羅列やらレーダーチャートのようなグラフやら、方眼紙にプロットを散らせような図柄やら……といった表示が浮かび上がった。


「ファミル開発ナンバー22番、ヴァネッサ。年齢設定二十五歳。使用言語はデフォルトで英語と日本語。将来的にはフランス語とイタリア語。性格、明るくて活動的。社交性豊かでマスター以外との交流も積極的にこなす。個別付与能力は米国東部における文化風習、19世紀以降の列強各国軍事活動史、20世紀以降の国際情勢史。音楽スキルは調整中。独自能力も調整中。プロトタイプ運用は諸般の事情により実現されていません」

「諸般の事情って、例えば何?」

「んー、(ルックス)がマズいとか、スキルが未調整とか」

 ルックス? どこが問題なのだろう? まじまじと顔画像を見る。金髪碧眼、鼻筋が通って切れ長の目、口元のほくろが印象的な美人だ。知性あるきりっとした顔立ちな一方で、愛され顔の雰囲気もある。


「佐田山さん、とりあえずヴァネッサの構成データを調べましょう。源田さんが残したものを探さないと」

 相変わらず仕切り口調だ。この娘はいつまで俺にかまうつもりだ?

「ヴァネッサのデータファイルからテキストファイルを抽出して」

 ユーナに指示を出しながら、努めて優しくみのりに尋ねる。

 

「笹尾さんは御堂社長のそばにいなくていいのかな?」

「今日はこっちにいていいと言われてます。源田さんの情報が近づいてる感じなので」

「でも何か木野課長あわてて出て行ったし、トラブルが発生してるみたいだったけど……?」

「それは神田部長や木野課長が対応します。私が向こうに行っても役に立ちません」

 自信満々な答えが返ってきた。


 はあ……。

 正直言うと、彼女に絡まれるのはあまり嬉しくない。俺の本来業務、ファミルの秘密を探るミッションの自由度が制限されるからだ。本音はヴァネッサのデータからファミルの補助操作を示すプログラムや稼働記録を探したいのだが、このままではやはり源田の足跡探しをせざるを得ない。


「テキストファイル、抽出しました」

 グラスを通した画面内に、十ほどのファイルアイコンが表示された。


「源田が保存に関与したものを、さらに抽出して」

「……該当なしです」


 え?

 俺とみのりは顔を見合わせていた。


「じゃあ、牧村氏が関与したものは?」

「それも該当ありません」


 さらに赤石と佐野で尋ねても、結果は同じだった。

 該当なし。

 テキストファイルは他の開発者が備忘として残したものだ。


「もしかして、ヴァネッサの持ち歌の歌詞とかに隠してるかな?」

 みのりがポツリとつぶやくが、それはあり得る。ファミル固有スキルに忍ばせているかもしれない。

 ユーナに歌詞の存在を問う。

「ヴァネッサは歌唱スキル自体が無いよ」

 答えは素っ気ない。が、俺は追いかける。

「歌詞じゃなくてもファミルは詩とか名言とか他にもイロイロ何かの蘊蓄を披露するだろ? そのデータはある?」

「ヴァネッサの固有スキルはクイーン帰属情報です」

「クイーン帰属情報とは?」

「ヴァネッサ用にカスタマイズされたものではなく、クイーンからの借用として設定されたものです」

「ちょっと待ってよ、何この手抜き!」

 みのりが声を荒げ、立ち上がった。

 やばい。このパターン、あいつを呼び出すぞ……。

「カオリっ!」

 ほらね。


 現れたカオリに、みのりはまくしたてた。

「ヴァネッサの開発進捗、どうなってるの? まるでやる気がないんだけど!」

「えーと、22番ヴァネッサは、フェイスデータ不適格、固有スキル不適格、フィジカルアクションモーメント不適格、性格適合性に要調整、ボディバランスに要調整、声質に要調整、スキンデータに要調整、以上の判定がクイーンから出されています。プロトタイプ起動に向けて、開発チームが鋭意活動中です」

「そういう事を聞いてるんじゃないよ、カオリ! 今の責任者は誰なの?」

「ファミル設計一課、課長不在につき兼務の神田部長が責任者です。主担当は同課所属、冨塚克典」

 冨塚? 

 ユーナに握手を求めたトンカツ君の容姿が、不意に頭に浮かんだ。

「冨塚さん? なの?」

「はい」

 みのりがへたり込むように椅子に落ちた。


「よりによって冨塚さんかぁ……。忌み子だけに押し付けられたんだ……」

 そのままがっくりと俯く。

「さっきから『忌み子』って言ってるけど、何の事?」


「ヴァネッサは牧村さんが開発担当して、その後源田さんが引き継ぎました。で、牧村さんは亡くなり、源田さんは失踪……。なので誰もヴァネッサに関わろうとしなかったんです。そんなこんなで通称が忌み子のヴァネッサ。ま、そうなりますよね……」

 なるほど、シエラと違ってヴァネッサは破棄しなかったわけだ。シエラの破棄は大義名分が立つがヴァネッサにそれは無いからな……。


「つまりヴァネッサに一番詳しいのは、現状で冨塚氏って事でいいのかな?」

「どうでしょう。あの人あんまやる気ないし、本気でヴァネッサ開発を進めてるとは思えません」

 みのりは絶望を絵にしたような顔を俺に向けた。


「ユーナ」

「うあ、よ、呼んだ?」

 スリープしていたユーナが飛び起きる。

「開発者の残したテキストに、冨塚克典の保存データはある?」

「あるよ。一件」

 ぴくんとみのりの顔が上がった。

「開いてくれ」


「はいどうぞ」

 冨塚のテキストが浮かび上がった。

 源田か牧村氏の手掛かりを期待した俺だったが、望みは儚く散った。



 まじでクソだりーわ。なんで俺一人にヴァネッサ押し付けるかなー、ヴァネッサで不幸な目に遭うとでも思ってるのかよみんな。

 むかつくからヴァネッサ裸にひんむいてやろーとしたけど相変わらず肝心なところはクイーンの領域ですかそうですか。

 スキンデータは味気なくてマネキン人形ですねファミルのポルノ進出絶対阻止の了見ほんと見事ですよ御堂社長マジ最高でもどうせファミルの技術でサブブランド立ち上げてポルノ業界いくんでしょう初期に株式出資すりゃ億万長者間違いなしだもんね実現したら性風俗とかリアルなAV滅びますねーでもってこれは抑圧からの女性解放となるのか女性の職業を滅ぼすのかそれは歴史が明らかにしてくれる話で俺的にはどうでもいいんだけど俺一人でヴァネッサ開発無理でしょって話よ。

 あーあー返す返すも牧村さん惜しい人だったあの人くららとかリサとか綺麗なファミル作るの上手かったからなあ神田とは大違い初期の1番のクソ具合と3番の可憐さとホント雲泥の差なのに神田はちゃっかりくららのマスターに収まってんの1番あかりをリカバリーしたの長野勢なのに感謝もしねえマジでクソ野郎。

 それにしても源田のボケが牧村さん作成のフェイスデータいじくり倒しやがってクソいらんことしいかよてめえのせいで造形がいろいろ破綻してんだクソタコが失踪したまま異世界行って勇者かスライムに殺されろ。

 あーまじだりーわ辞めよかこんな仕事。



 何なんだこれ?

「うわあ、痛々しい……」

 汚いものを見るような声でみのりがつぶやいた。


 愚痴というか毒気というか、それを文字で残したのだ。気持ちは判るが、それを会社のデータベースに残すのは自分の立場をまったく判ってない。死に急ぎすぎだ。

 業務補助ファミルも使わせてもらえず愚痴をこぼす相手がいないのだろう。冨塚がトンカツ君といじられていた境遇を思うと、俺としては憐みと同情の混じった気持ちになった。


「佐田山さん、これ、会社に対する嫌がらせですよね?」

「え?」

 みのりの口調は冷たく容赦無かった。


「だってそうでしょ? 冨塚さん、これ書き捨てて辞めるつもりですよきっと。となると引き継いだ人は絶対このテキストを目にする。ネガティブな感情が伝染する」

 いや、それは決めつけが激しい。彼とて消すつもりでいるのかもしれない。しかし何を言おうかアウアウしている間にみのりが言い放った。

「許せない。ヴァネッサの開発をおろそかにして、こんな恥ずかしい駄文を保存して……」

 再び立ち上がる。


「カオリ、起きて」

「ふぇっ、起きました」

「神田部長に連絡。ファミル設計一課の冨塚さんをここに寄こして」



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