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3日目#8 機密漏洩の報告

 昼休み明け午後イチ、社長室に併設された応接コーナー。

 上座の位置に俺だけ座らされ、向かいに御堂社長と神田部長。少し離れた位置にみのりと羽賀美紀が、折り畳みの椅子で腰を掛ける。

 気まずい空気が周囲を支配していた。

 それは俺の報告のせいだ。

 源田が残したテキストファイル、ヤツが復元したシエラ交流データ、その内容に関する報告のせい。


 交流データはとんでもない事実を残していた。

 牧村氏はシエラを使ってファミル基礎AIを除く五種のプログラムと、マルチ化された管理IDのうちの四件を入手し、外部へ転送していた。

 その動機も判明した。

 シエラとの交流データからは、彼が外部組織に脅されていたらしい事が読み取れた。データを盗む前の葛藤と盗んだ後の後悔、さらには脅迫に対する恐怖と希死の独白がいくつもあったのだ。


 俺の報告は衝撃的だったのだろう、しばらくの間、だれも口を開こうとしなかった。

 ファミル開発者の自殺は表沙汰にしたくないスキャンダルなのだ。「こいつ、そんな事まで嗅ぎ付けやがって」そう言いたげな表情で神田部長が俺を見つめていた。


「ありがとうございます。佐田山さん」

 沈黙を破ったのは御堂社長。

 例のごとく柏手を打ち、重い雰囲気を少しだけ和らげた。

「牧村さんとシエラに目を付けるとは流石です。源田が彼に興味を持っていたとは、我々も気づき得ませんでした」

 言い終えると神田部長にチラリと視線を送り、発言を促した。


「つまり、牧村が機密データを外部に漏洩し、源田がその事実を掴んだことから非常権限IDによる防御策を考えた。ところが敵に目を付けられ身の危険を感じ逃げた、というところがあんたの見立てか?」

 神田部長が上目遣いで俺を睨む。

「そこまでは考えてません。しかし赤石氏が亡くなっていることから、その線はアリと思います。でも今考えるべき根本的な問題、源田が今どこにいるか……、それは依然不明です」


「で、佐田山さんには、その心当たりがあると?」

 御堂社長は何かを期待するような好奇のまなざしになっていた。

 ここはあえて、わざとらしく頷いてみせる。

「ユーナを調べれば、判るのではと思ってます」

「え、どうして?」

 これはみのり。疑問というより反論したげな口調だ。


「それに答える前に、なぜシエラが破棄されたか、本当のところを教えてください」

「自殺者のファミルはゲンが悪い。それだけの事だ」

「ゲンが悪いだけなら、データをバラバラにする必要はありません。なぜかシエラは有機結合をほどかれパーツ同然になりました。交流データをデータベースの海に沈めたのは、臭いものにふた、に等しいと思います。つまり、シエラがそのままの姿を保ってお蔵入り、では困る人がいたんじゃないか。私はそう思います」

 木野課長の口上をパクりながら、本心としては神田部長にカマをかけた形になる。彼が企みに関与してるなら、何か反応を示すはずだ。


「それは役員会で決定されました」

 思わぬ方向から答えが出た。羽賀だ。

「シエラをリダクションする審議の中で、データを八千件に分割する事、およびデータのタイトルコードに対してランダム変更実施が決定されました。その理由は、ファミル開発担当者が興味本位でシエラデータへアクセスする事を封じるためです。……要するに、シエラの開発ナンバー抹消はゲンの悪さが理由ですが、データ分割は牧村氏の尊厳を守るためです」


「……!」

 正直言って、ぐうの音も出ないとはこの事だった。

 確かにそうだ。木野課長や源田のような開発者は、データのタイトルコードさえ知っていればファミルデータに自在にアクセスできる。シエラがそのままだったなら、リダクション後にアクセスする者が必ずいただろう。この動機が興味本位か義侠心か正義感か、そんなことは企業としてどうでもいい事だ。死者の尊厳のためなら、封じるに越したことは無い。となると木野課長の発言にあった『交流データだけ分けて沈める』のは中途半端だ。徹底を追求するなら役員会の判断が最適解になる。

 状況は理解できた。

 だが、そんな抽象的な概念に引きずられて自殺の本質的な問題や背後にあるものを見逃していたことも事実だ……。


 神田部長は呆れた表情で俺を見ていた。

「基本的に、青いんだな。あんた」

 言い返したい気持ちはあったが、言い返したところで彼らには言い訳にしか聞こえないだろう。自分の青さを追認しているように見えてしまう。

 俺はせめてもの抵抗でガクリと肩を落として見せた。あんたらこそ青い、という思いを込めて。


「話を戻そう。なんでユーナを調べたいんだ?」

 口調が変わった。みのりと違い、真意を探ろうとする気配がある。


「源田は破棄されたシエラデータに、わざわざテキストファイルを残してるのです。同じような手掛かりを、彼が携わった開発途上のファミルに残している可能性があります」

「なるほど、いい読みだ」

 神田部長が御堂社長の方を見た。御堂社長も頷いている。

「だがヤツ担当でプロトタイプ未稼働のファミルはもう一体いる。ヴァネッサだ」

「22番。忌み子のヴァネッサ」

 みのりがぼそりと声を漏らした。


「クイーンのお許しが出ないファミルだ。……ったく、何が気に入らないんだか」

「フェイスデータです。実在女優との類似性の高さから、ロールアウト拒絶されてます」

 羽賀が答えたが、神田部長はにべもない。

「んなこた知ってる。源田が消えちまったせいで、新しい顔を作るにもボディとの調和が捗ってないんだろ? そもそもなんで源田は女優に似せて作ったんだ? ヴァネッサの初期モデルは完全オリジナルだったのにな……」

「単純に不細工だったからです。22番に限らず、初期モデルは1番も5番も6番も11番も酷いモノでした。初期のフェイスクリエイターは神田部長ですよ」

 みのりだ。

「判った判った。みなまで言うな」

なだめるように両手を挙げて彼女に向け、神田部長は顔だけ俺に向けた。

「とりあえず先にヴァネッサを調べた方が手っ取り早い。ユーナを調べるなら電源落とさないとダメだが、今は木野も他のヤツも手が離せない。ヴァネッサなら、あんたとユーナだけで調べられる」


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