3日目#6 素材データ
「魔法少女。これ秘密なんだけどなあ。……マスターのご所望とあらば仕方ない。データタイトル、表示するよ、っと」
ユーナは少しだけしょんぼりした表情を浮かべ、肩の高さで右手の人差し指を立てた。
その先に、額縁のような枠が現れる。
やがて、文字列が流れるように表示され始めた。
流れはすぐに中断し、4件でピタリと止まる。
「魔法少女に関連、類似するデータはこれだけ。4件ね」
「ユーナ、これ、アクセスできる?」
「承認権限者の許可を得ないとダメ。ファミル素材は重要機密の社外秘だもん」
「じゃあ、アクセス許可の申請をしてほしい」
「アクセス目的は何ですか?」
「シエラ……、いや、源田の動向を探るため、だ」
「承知しました! しばしお待ちを」
「佐田山さん、その、魔法少女というのは……」
木野課長が何かを言おうとしていたが、ユーナの声に遮られた。
「アクセス許可されました!」
え?
秒で許可判断?
あわてて視線をユーナに戻す。
「なんでこんなに回答が早いんだ?」
「仕事は早い方がいいでしょ?」
腕を組んだユーナが、どや顔で答える。
「いやそうじゃなくて、俺の許可申請に対してわずか数秒で承認判断される理由を、知りたい」
「さだぷーの申請承認ステータスはクイーンによる一次承認のみなんだけど、御堂社長が一次承認だけで処理有効と設定してるの。だからアクセスできるよ」
「アクセス権の許可申請は、クイーンが拒絶しない限り、実質無制限承認になってます。これは迅速な調査を目的にした特別措置なんです。もちろん、アクセス対象の記録は取られますが……」
みのりが事情を補足した。
融通を利かせてくれている、という訳か。
「その、クイーンというのは何なんですか?」
ユーナとみのり、二人を交互に見ながら質問する。
「クイーンはメインサーバーの事だよ、ファミルシステムの」
先に答えたのはユーナ。
「物理的にはメインサーバーですが、ファミルでもあるサーバーなんです」
みのりは、さりげなく内部情報を付け足す。
「ファミルでもある?」
俺はみのりを見ていた。
その表情が硬かったのだろう、彼女は少しだけ驚いたような顔をしていた。
「佐田山さん、クイーンはメインサーバーを拠点とするファミルと思ってください。タワー端末が拠点じゃないんです。通常のファミルはタワーのスペックが限界ですが、クイーンに限ってはスペックがべらぼうに高い、そんなところです」
答えたのは木野課長だった。
俺と視線が合うと、ニコッと笑って頷きながら右手の指先をユーナに向けた。
「そんな事よりユーナの掲げた4件、アクセスしてはいかがでしょう?」
そうだ。クイーンがどういう存在か気にはなるが、今はシエラのデータが重要だ。そこから牧村氏と源田の手掛かりに近づかなくては……。
しかしデータを一件開いてみるも、俺にとっては意味不明な数字と文字が並ぶだけで皆目見当がつかなかった。
「何を表しているか、判りますか?」
仕方なしに木野課長に尋ねてみるが、じっとデータを睨むだけで答えが出ない。みのりも同様に黙り込んでいる。
「これって、非公開IDの制御プログラムでは?」
しばらくして、みのりが木野課長にぼそりと告げた。
「うーん……。制御というより、非公開IDにチャムを付加するプログラムみたいですね」
木野課長は、みのりにチラリと視線を投げた。
「二番目のデータ、開いてください、佐田山さん」
みのりに言われ、ユーナに開示を指示する。
最初と同様で俺には理解できない。が、やはり木野課長は内容が判ったようだ。
「これも非公開ID絡みですか……。ポイント付与プログラム……。この2件はシエラ素材では無さそうですね。汎用素材のプログラム設定になっている。何だろ、雪蘭をバックアップに使う意図なのかな?」
「ユーナ、三番目、開いて」
せかされる前に指示を入れる。
「これも汎用素材だ。非公開ID帰属のチャムとポイントの使用権限について、マスターを除外している。……なるほど。そういう事ですか。……佐田山さん」
木野課長が俺に顔を向けた。不敵な笑みを浮かべているように見える。
「ユーナが『魔法少女』として何をしたか、教えてくれますか?」
「何をしたか?」
「ダメだよ! さだぷー! ユーナの秘密、しゃべっちゃダメ!」
突然ユーナが叫んだ。
「気にしないで下さい。ファミルは気を引こうとして秘密を設け、マスターに共有と他言無用を迫ります。これは結束を高めるための心理効果に過ぎません」
「ユーナを待機かスリープにしてください」
二人が俺に迫った。
グラスの中で目だけ動かし、そっとユーナを見る。
うるんだ目で俺を見つめていた。
すまん、ユーナ。
裏切るようで気が重いが、協力してくれる二人を拒むこともできない。
俺はユーナを待機にして、説明することにした。
裏ジョブ宣言と、初日のカレーと昨夜のピアノも併せて。
木野課長は『魔法少女』発動の仕組みをすぐに見抜いた。
「コンセプトはアルフライラと同じですね。チャムの消費なしにイベント発動。システム上、発動条件としてチャムは必須なので、どうやって? と思ってたのですが、今の素材データを見て理解できました。非公開ID、いわは裏ID帰属でチャムを保有させるんです。裏金ならぬ裏チャムです」
「それはつまり……。雪蘭のIDですか?」
神田部長から聞いていたので、IDの表裏構造はすぐに理解できた。
「そうです。佐田山さんが使うチャムはユーナID帰属ですが、ユーナの使うチャムが雪蘭ID帰属という、一種の二重帳簿です。非公開IDを含んだデュアルID方式は、ファミルアカウントの転売防止が目的だったんですが、意外な使い方を見出したもんです。汎用素材という事は、他のファミルにも導入可能という事か」
木野課長は感心したように頷いていた。
「あの、でも、ピアノ演奏は分かるんですけど、カレーって映像出すだけですか……?」
みのりが疑問を差し挟んだ。
そう。俺もカレーには疑問があった。あれで終わりなら誰得といった感じだ。
しかし木野課長は立て板に水で解説する。
「たぶんカレーは取り寄せ商品の映像情報ですよ。プロトタイプは非実装ですが、リリース版はマスターやファミルがチャムを使うと同額がポイント還元される仕様になってます。100チャムなら100ポイント還元。1ポイント1円換算で、ファミルを通じたネット通販に利用できるってサービスです。ユーナは裏IDで何ポイントか保有してるんでしょう。……カレーは食べたいかどうか聞かれませんでしたか?」
「そういえばそんな事を言ってたような……」
言ってたような気もするが、自分が不憫だった事しか、よく覚えていない。
「おそらくユーナはポイント消費して発注手配してると思いますよ。週末には届くんじゃないですかね? 佐田山さんはユーナのマスターなので、カレーは貰っちゃってください」
最後、貰っちゃって、の下りを笑顔で言われてしまい、俺は愛想笑いで頷くしかなかった。
初日のカレーはそういう事か。
ユーナからのプレゼントだった訳だ。冷たくして申し訳なかった。
待機で固まってるユーナを見て、これからはもっとたくさん優しくしてやろうと心に誓った。




