3日目#4 FAMiR”七緒”そして”シエラ”
「それはデータ自体が消去されたから?」
「いえ、データは存在しますが、ファミルとしての有機結合が無いんです」
言ってる意味が分からず、俺は目を瞬いた。
そんな様子を悟ったのだろう、木野課長が補足する。
「スペック要素である外観データや性格データ、それとマスターとの交流データは残っています。ただ、それらは『シエラ』としては統合されておらず、バラバラという事です」
「自動車が分解されて、パーツ別保管になったイメージですか?」
「そうです。いろんな自動車のパーツと、ごちゃまぜで保管されてる、……そんな感じです。データのタイトルも書き替えられ、有象無象のファミル素材にされてるんです」
「でも、木野課長」
みのりが口をはさんだ。
「どうしてそんな事になったんですか? シエラが可哀そう……」
「シエラはマスターの自死を誘発する、極めて重大なリスクがあるからです」
木野課長がユーナと同じ事を告げた。
「そんな……。ファミルのせいで人が死ぬなんて、ありえない!」
みのりが両手で口元を覆っていた。
「建前ですよ。……本当のところは、シエラを残すと悪い噂や死のイメージがいつまでも社内に漂うからです。その回避策としてデータベースの海に沈めたに過ぎません。臭いものにふた、って事です」
木野課長が振り返り、みのりを気遣う。
「私もそう思います。シエラにそんなリスクは無いでしょう」
感情的に聞こえないよう、控えめの声で俺は木野課長の言葉を追認した。
みのりが俺を見て、安心したように頷く。
今の二人はシエラに情が移っている。
俺は勝負をかけることにした。
「私が気になっているのは、牧村課長と源田さんとのつながりです。二人はシエラの開発に携わっていました。設計一課に赴任した源田さんは、牧村課長がなぜ死んだのか、シエラを復元して真相を探ろうとしたのではないか、と思うんです」
「源田がそんな事をすると、なぜ思われるんですか?」
「木野課長と同じです。……自身の手掛けたシエラが、自殺の一因のように扱われ、存在を消されてしまった事、源田さんも建前と見抜くでしょう。そして真実を知ろうと動くんじゃないかと思うんです」
「源田が、ね……」
木野課長は腕を組んで考え込む。
続く返事を待っていたのだが、目を閉じてしまった。
まずい。これは「否定する理屈」を考えている態度かもしれない。
「シエラの完全復元は望んでいません。交流データだけでも確認したいのです。……それがダメなら、せめて源田がシエラの残存データにアクセスした痕跡だけでも分かれば……!」
ほとんど嘆願に近い口調になっていた。
彼の目が開いた。
「シエラの、いわゆるマスター交流データは入手困難ですが、外観や性格、スキルと言った設定資料なら、今お見せできます」
「今?」
「ええ。ここのPCをお借りしますね」
木野課長は机の上のキーボードとマウスを手早く引き寄せる。
流れるような手つきで、自分のIDを打ち込み、ログインし直した。
そして胸のグラスを掛ける。
「七緒さん、すみませんが第六会議室へお越しください。出現は、定位置アルファにて。オールクリア」
彼のファミルが現れるようだ。
俺もグラスを掛ける。
いつの間にか、みのりもグラスを装着していた。
瞬間、落雷が起こったような紫の光が走り、グラス全体が白く濁った。
光が晴れた後、会議室の扉の前に、つんと澄ました茶髪ポニーテールの女性が立っていた。
濃紺のロングプリーツスカートに、白と薄緑のストライプシャツを着ている。
きりっとした眉が、知性とで意志の強さを示していた。
「お待たせしました」
挨拶は木野課長に対してだった。
くららやカオリとは違って、俺には見向きもしない。
「ファミルのバックアップデータ資料にアクセスし、先代19番、シエラを表示してください」
木野課長が依頼する。
「承知しました」
七緒が言い終わると同時に、グラスにスクリーン枠が投影され、人物像が浮かび上がった。
浅黒い肌の女性。
カール気味の豊かな黒い髪。細くて濃い眉と直線的な三角形を描く鼻、カッチリ開いた目が特徴的だ。首には黒のチョーカーが巻かれ、白いTシャツからは鎖骨と胸の谷間が覗いていた。その上に丈の短いGジャンを羽織り、腰から下はパンタロンのような紫のズボンをはいていた。左右の手首にはボリュームある金のブレスレットを三連ずつ嵌めている。
エキゾチックな顔立ちと豊かな肉付きから、中央アジアから中近東の人種を思わせた。
「先代19番、シエラです。概略を申し上げましょうか?」
七緒の目線は木野課長だ。相変わらず、みのりも俺も眼中にない。
「お願いします」
さっきから木野課長は人間相手のように接している。
ユーナに慣れた感覚としては違和感を覚えたが、本来のビジネスファミルとは、こういう接し方が普通なのかもしれない。
七緒は「少しお待ちください」と返事し、15秒ほど間を開けてから語りだした。
「シエラ概略。年齢設定二十歳。使用言語はデフォルトで英語と日本語。将来的にはトルコ語、ペルシャ語、アラビア語に対応予定。性格、……マスターに対しては温厚で控えめ。しかし他者には非友好的態度をとります。個別付与能力は、世界史およびイスラム史の造詣、コーヒーの知識、占星術、トルコ料理各種調理法、天体運行情報など。音楽スキルはウード演奏。また、独自能力としてアルフライラが設定されていました」
「アルフライラ?」
みのりがつぶやく。
「アルフライラについて、みなさんに説明してください」
七緒が指示に頷いた。
「……アルフライラとは『千の夜』を意味します。シエラの愛称はアラビアンナイトに登場する聡明な王妃、シェヘラザードに由来しており、その名にあやかった、マスターを魅了する能力として設定されました。日没後から午前零時までに一度だけ、チャムの消費なく各種イベントを発動する事ができます。マスターはこれを指示する事はもちろん、発動を妨げることもできません。ですが、シエラ自身がマスターの反応を学習するため、発動内容の適合性は回数を重ねるにつれ上昇します。なお実行回数はカウントされており、千回目をもって終了となります」
「へえぇ! なんだかロマンチック!」
みのりが両手を握って目を輝かせていた。
だが俺の背筋には、蛇が這うようなぞわりとした悪寒があった。
チャムの消費なく、各種イベントを発動させる。
これ、ユーナの「魔法」と同じじゃないのか?
シエラのアルフライラが、形を変えてユーナに実装された?
だが、昨日のピアノはいいとして、初日のカレーは何の意味がある?
「こんな設定があったとは初耳です」
木野課長のつぶやきに、俺の思考が中断した。
「自死を誘発する要素とは真逆と思いませんか?」
問いは俺に向けられていた。




