3日目#2 ユーナ、シリアスモード?
源田の謎解きアプローチを変える事にした。
昨日は成り行きとは言え、羽賀の調査の後追い的に役員会の議事録などを確認していた。だが源田の行方を真剣に追うなら、羽賀のフォローでは意味がない。別の視点が必要だ。
第六会議室に到着した俺は、席についてタワーの電源を入れる。
昨日と同じスーツ姿で現れたユーナに、間髪入れず、指示を入れた。
「早速だけど、仕事だ」
「ふぇえ? わ、わかりました」
きょとんとしているユーナに、「ここの人事情報を調べたい」と指定する。
「人事情報? 業務評価を含む個人情報はアクセス不可。所属や異動記録などの、公式記録情報のみ可能です。いい?」
こっちの勢いで、朝の不機嫌モードが消失したらしい。機嫌がニュートラルになったせいか、取り扱い注意な情報のせいか、ユーナは半ば事務的に返答してきた。
「それでいい。……去年12月の退職者は何人?」
「んとね、3人です」
「そのうち、退職理由が『死亡』の人はいる?」
いるはずだ。
俺はユーナを見守るようにして言葉を待つ。
「死亡退職、一名います」
「その人物のデータを、開示できる範囲で出してくれ」
グラスにスクリーンの枠が映り、該当人物の情報が投影された。
「牧村篤志さん。ファミル設計一課、課長。12月22日付、死亡退職」
ユーナが概略を読み上げた。
投影情報のフォーマットには、生年月日や現住所、家族構成の欄があったが、これらは伏せられていた。
おそらく彼が、室長の言っていた「自殺した管理職」だろう。
「死亡の理由は? 入院して病気療養中だったとか?」
そらとぼけて尋ねてみる。
「死因は分かりません。入院の事実はありません」
さすがに公式記録として自殺なんて残さないか。
それにしてもユーナのヤツ、妙に事務的だ。
人の死を話題にしている時は、おちゃらけないAI判断なのだろう。
「死亡退職日の前に、有給休暇の消化はある?」
少し質問を変えてみる。
「いいえ。ありません。前日まで出勤しています」
前日まで普通に出勤し、死亡退職。
事故死や突発的な持病発作というのも考えられるが、自殺でほぼ決まりだ。
じゃあ、どうして自殺したか?
過重労働? パワハラ?
それとも個人的な問題か……?
やめよう。こんなの俺が想像しても意味がない。
要は源田と絡んでいたかどうかだ。
「ユーナ? 牧村氏が、源田と仕事上で関係した事ある?」
「えとね……」
一旦答えたが、ユーナは黙り込む。
検索しているのだろう、少しして口を開いた。
「ファミルの開発で業務連携があったよ。開発ナンバー、11番、19番、それから22番……」
「11、19、22番……?」
「ファミル愛称で言えば、カオリ、シエラ、それとヴァネッサです」
ビンゴだ。仕事の絡みがあった。
これで牧村氏を調べる口実ができた。
取りあえずは、彼の上司と話をしてみるか。
「牧村氏の上司は、誰?」
「神田部長だよ。システム開発部の部長だもん」
「はァ?」
俺は固まっていた。
固まったまま、震え声がこぼれる。
「神田部長が、……牧村氏の上司?」
「会社組織としては、システム開発部の下に、ファミル設計一課があるからね」
ユーナが念押し気味に反応した。
だがそれは追い打ちに等しい。
「ファミル……設計一課」
源田の所属もそこだった。もちろん、佐野と赤石も。
間違いない。
牧村氏の死と、源田らの行動はリンクしている。
もし神田部長もリンクに加わっているなら、今、この件で話しかけるのはマズいだろう。警戒されて証拠隠滅に動かれる危険がある。無論、ファミル設計一課のメンバーに事情を尋ねるのも得策ではない。どのみち神田部長に報告が行ってしまう。
どうするか。
せっかく掴んだ糸口が消えてしまいそうな感覚に、焦りだけが込み上がってくる。神田部長以外で、誰に問い合わせればいい?
羽賀美紀か……?
今、いちばん相談できそうなのは彼女かもしれない。
昨日受け取ったカードを取り出す。
源田の異動理由として牧村氏の業務引継ぎ要素があったか?
それくらいなら彼女も答えられるハズだ。
そこを取っ掛かりに何か聞き出せれば……。
俺は席を立った。
「さだぷー、どこ行くの?」
「羽賀に電話する」
本当は直電したいんだが、織部とか言うファミルが受けるのも面倒な仕組みだ。
そう思いながら受話器を取る。
いや待て。
受話器を戻す。
ファミルがいるんじゃないか?
「牧村氏、退職前にファミルを使ってた?」
ユーナに向き直り、早口にならないように、尋ねた。
「うん。使ってたよ。プロトタイプのシエラ」
そいつだ!
そいつの交流データを調べれば、自殺に至る原因が分かるかもしれない。
「牧村氏とシエラとの交流データにアクセスできるか?」
ユーナの返答は少しだけ間が空いた。
「……アクセス不可。……だって、シエラはリダクションされた後、開発ナンバー抹消になったもん」
何だって?
言ってる意味が分からなかった。
データは無いという事なのか?
「リダクションって何?」
順序だてて俺は尋ねる。
「マスターがファミルとの関係を解除する事。……ユーナをリダクションしちゃ、ダメだよ! ダメ絶対」
「あ、ああ、分かってる。で、開発ナンバー抹消って何だ?」
「ファミルとしての開発を中止して、破棄される事だよ」
「破棄? シエラって開発破棄されたのか?」
ほとんど悲鳴だった。
「シエラは破棄です。代わって、桜子が開発ナンバー19番として登録されたの。現在リリース版へと移行中です。桜子さんはビジネスファミルの主力なの」
桜子の話はどうでもいい!
「シエラはどうして破棄されたんだ!?」
「シエラの破棄理由は、マスター適合性に問題ありだから」
「具体的に、どんな問題があった?」
「マスターの精神に不調をきたし、自死を誘発する可能性が見られたから」
「!」
ユーナの言葉が重い岩のように肺を圧迫した。
俺は声が出なかった。
語るに落ちたともとれる不注意な理由登録もアレだが、自殺者が、たまたまファミルを使っていたとは考えないのか? スマホの所有者が自殺して、すべてスマホが自殺を誘発したと言うような暴論だ。
「それさ、ユーナ、N数は1だろ? 1件の自殺でそんな結論になるのか?」
「シエラはオリジナルのプロトタイプで、コピー版の運用開始前だったの。だからコピー版運用も見送られたの」
自死を誘発、なんてのはコジツケだ。
要は、自殺者のファミルをコピーして社内で運用させられないって事か。……ついでに言えば、そんなゲンの悪いファミルを商品化する訳にはいかない。
理屈は分かる。
だが、真に自死を防ぎたいなら、シエラの交流データは残すべきだ。他のファミル開発での知見となる。
「シエラのデータは完全に消去されたの?」
「ユーナには分からない……」
泣きそうな顔になって、ユーナが俺を見ていた。
これ以上追及するなと言わんばかりだが、ここで諦める訳には行かない。
「システム開発部で、牧村氏とともに、カオリ、シエラ、ヴァネッサのいずれかの開発に関わった人っている? できれば管理職で」
「ファミル設計二課の、木野課長だね。カオリとシエラに携わってたから」
そいつだ。
うまく聞き出せば、シエラのデータを得られるかもしれない。




