初日#3 FAMiRって何ですか?
「あ、笹尾さん、ありがとうね。TV局の人たち、機材片付けしてるから忘れ物しないよう見てあげて」
御堂社長の指示で、笹尾みのりが素早く退出していく。
なんか指示が上手い。
そんな事を思いながら、リアルな伊達男に目をやった。
パンフレットとは違い、紺のスーツに柄の無いホワイトシャツ、暗めの水色ネクタイといったコーディネートだった。おそらくはTV取材用に無難に決めたのだろう。キャラ的にカジュアルなファッションのほうが似合う気がした。
「お忙しいところご足労いただき、誠にありがとうございます。すいません応接室じゃなくて。いやあ、本当に来ていただけて嬉しい限りです」
向かいに座った御堂社長は、カラリとした大きな声で歓迎の意を示した。
「お招きいただきこちらも光栄です。一台50万円するファミルが飛ぶように売れているそうで、羨ましい限りです」
室長が慇懃に応える。
「いやいや、第一期は二千台限定、売上はたかだか十億円規模です。完売しなけりゃ出資企業や株主に殺されますよ。まあでも第二期リリースに向けて各方面から注目され、高い評価と期待を受けているのは感謝です」
そう言ってテーブルに手を置くと、購買客でもない俺と室長に頭を下げた。
「七月には第二期のリリース開始でしたね。手ごたえはどうですか?」
室長が違和感なく話をつなげる。
「おかげさまで相当数の予約をいただいております。第二期リリースの売上目標は二万台ですが、すでに半分は埋まりました。今年目標の五万台も、現実味が出てきております」
ほう……、と室長が感嘆した。同時に腕組みをして続ける。
「しかしその、昭和のほうが人生経験の長い世代としてはですね、メガネをかけるとお姉ちゃんが見える、というのがどうもインチキ臭く思えてしまうのです。正直なぜそんなに反響があるのか、よくわからないんですよ……」
そう言って腕組みをほどくと、コーヒーを口に運んで一旦間を置いた。
「ファミルってのは、ユーザーにとって何がメリットなんでしょうか?」
悪印象を持っているように装う質問は室長のよく使うテクニックだ。答える側はむきになって、普段より力強く語ってくれる。
「ファミルは単に映像が見える、というものではありません」
強い口調が返ってきた。
「ファミルの商品価値をヴァーチャルリアリティ映像体験とお考えであれば、それは改めてください」
御堂社長は両手で大きくバッテンを象った。
「ほう。そんな安いもんじゃない、馬鹿にするなという訳ですな?」
室長が左ひじをテーブルに置き、身体を前に乗り出した。
応えるように、御堂社長も身体を前に傾ける。仲の良い友達同士みたいだ。
「ファミルとは何か? これを一言で表現するなら、『無実体ロボット』です」
「無実体?」
声を出したのは俺だ。
「そう! 小学生にもわかるように言えば、『ファミルは人型ロボットなんだけど、特別な眼鏡をかけないと見えないんだよ』というところでしょうか?」
よほどガキっぽい呆けた顔をしたのだろうか。御堂社長は人差し指を立てながら俺を見ていた。
室長はしかし食い下がる。
「それなら単に人工知能でいいんじゃないか? 人間相手にショートメッセージのやり取りをする人工知能みたいなもので、それが映像化された。違いますか?」
いきなり核心を突く質問だ。思わず室長に目を向けた。
この人、ファミルをチャットボット扱いしている。人間が補助するハリボテAIではないか、と切り出すに等しい。
「ふう、監査部門の総責任者だけあって、簡単に納得されませんね……」
御堂社長は困惑した表情を浮かべていた。
「概念論でいえば、人工知能とはソフトウェアです。ソフトウェアが実体あるロボットを駆動しているのか、それとも映像を動かしているのか、ロボットとファミルの違いはそれだけです」
室長も俺も煙に巻かれた表情なのだろう。御堂社長が相好を崩した。
「調子出すためにプレゼン形式で説明させてもらっていいですか?」
「おお、望むところだよ。御堂さんの生プレゼンなんてめったに聞けないからな」
室長は拍手しながら答えた。俺もあわてて手を叩く。
「ファミルとは……」
立ち上がった御堂社長はそう切り出すと、会議室の隅にあったホワイトボードを引っ張り出し、筆記体で何やら英単語を書き始めた。
改訂履歴
2020.7.10. 笹尾みのり退出を明記化。
2020.7.22. 御堂社長の容姿描写追記。