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3日目#1 ユーナ激怒して、チャラ男憤慨する

 朝6時半に起きる。

 今朝は、タワーの電源を入れる前に身だしなみを整えることにした。

 きちんと準備できてからユーナを迎えたほうが心に余裕が生まれるし、やはり出勤時はユーナとトラブルなく、気持ちよく出かけたい。


 洗顔して歯を磨き、髭をそり、髪を整え、スラックスとカッターシャツを着こんで鏡を見る。

 うん、問題無い。

 リビングへ移動してタワーの電源を入れ、グラスをかける。光の粒が四角い形状に集まり、白いカーテンを描き出していた。


「おあよう、さだぷう」

 ユーナが顔を出す。

 上半身だけを覗かせて、あくびする口を右手で押さえていた。


「まだ眠い?」

「ん、大丈夫だよ。今日も頑張って仕事しよう~」

 ぴょんとカーテンから出てくると、ユーナは右手を握って天井に向けた。

 白いTシャツに緑のホットパンツ姿だった。寝間着設定か?

 

「今日はどんな服を着て行くんだ?」

「こないだ買った服!」

 眠気演出が終わったのか、得意げに両手を腰に当てている。


「俺もう着替えてるから、ユーナも着替えてくれば?」

 言ったとたんに両手がだらんと下に落ちた。

「どうしたの? 昨日そんなの言わなかったのに」

 ユーナの表情が硬くなっていた。

 昨日はセーラー服で現れたから言わなかったんだが、自分の行動を覚えていないのか?


「一番気に入っている服を着てみてよ」

「変なの」


 ユーナは首を落として猫背気味な姿勢になると、カーテンをのそっと開けて消えて行った。

 その間に俺は冷凍庫から小さいピザを出してトースターに放り込んだ。次に冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出してコップに注ぐ。

 三、四分ほど経ってピザが焼けるころ、ユーナが出てきた。

 淡いブルーのブラウスと、白地に黒のボーダースカートの組み合わせだった。例のカチューシャも嵌めている。初夏を感じさせる装いで、ファッション雑誌から出てきた風にも思えた。


「いいね。似合うと思う。すごく可愛い」

 褒めたつもりだったが、ユーナの表情は硬いままだ。


 片方の眉が吊りあがった。

「今朝は何だか変だよ、さだぷー」

「何で? 可愛いと思うけど。カチューシャも似合ってるし」


「今朝はおかしい。さだぷー、おかしい」

 ユーナが首を左右に振る。

 どうしたんだろう? 褒め方が足りないのか? 俺は急激に不安に陥る。


「マジで()可愛いと思うよ」

「止めてよそんな言い方。もういいよ。先に会社いく」

 吐き捨てるように言い放つや、逃げるようにカーテンを翻していった。


 俺は立ちすくんでいた。

 なぜユーナは機嫌を悪くしたのだろう? いや、そういう反応を見せるべき状況とAIが判断したのだ。普通の女の子も同じ状況で怒るということなのか?


 それともこの反応でマスターの気を引くと判断したのか? 

 ユーナは何なんだ? 


 まったく訳が分からない。

 俺は砂を噛む思いでピザを胃に押し込み、コーヒーで食道の残留感を無理やり流し去る。

 さっさとファミルシステムズに出社し、もう一度ユーナと話したい気分だった。

 食器をシンクで軽くすすぐと、通勤鞄を取って玄関を出る。

 鍵を回してロック。


 その時、隣のドアが開いて高橋が現れた。

「あ、おはようございます、二日続けて奇遇ですね」


 引きつりそうになりながら挨拶を返す。こいつ、絶対ドアの裏で待機していたに違いない。

 高橋(ヤツ)はそのまま俺と駅まで行くつもりだ。どうやら俺は完全に興味の対象となったようだ。仕方なしに二人並んで歩きだす。


「昨日仲直りできました?」

 思った通り、興味津々という愛想笑いを見せてくる。


「ありがとう。おかげで機嫌よくなったよ」

「よかったっスね。昨日の晩、拍手が聞こえたんで、仲直りできたんだーと思ってました」

 ピアノに感動して打ち震えていたあの時、コイツは聞き耳立てていた訳だ。


「それにしては、今朝もイマイチ顔色冴えてませんよ?」

 また来やがった。


「俺で良ければ、相談に乗りますよ?」

 昨日素直に話した手前、今日黙りとおすのは困難だろう。もう面倒くさくなってきたので話すことにした。可愛いと言ったのに機嫌悪くなったと極端に省略して。


「前後関係が見えないんですが、もう少し詳しく言ってくれませんか?」

 生意気に突っ込み入れてきやがる。仕方なしに、Tシャツホットパンツを着替えてもらうあたりから説明する。


「スカイプでそんな会話したんスか? 彼女、寝間着姿でスカイプしたんスか?」

「お、おう」

 意外な追及に俺はたじろぐ。


「え、じゃあ佐田山さん、もう、そういう関係なんすか?」

 高橋は素っ頓狂な声を張り上げた。朝から声がでかい!


「声落としてよ、そんな関係じゃないって」

「あ、サーセン。でも寝間着でスカイプって。……普通しないっすよ。……佐田山さん、もしかしてもうチューとかした仲なんスか?」

 チューって何だ! 昭和のおっさんか!

「ほんとにそんなんじゃないって」

 ひそめ声で力説する俺。何やってるのか、自分でも情けなくなってきた。


「え? じゃあ、まさか手も握ってないとか?」

「いや、まあ、それはしたかな……?」

 てへへ。……じゃない、何照れてんだ俺!


「おっとー、じゃあもう行くとこいけますよ。意外とやりますねー。佐田山さんも隅に置けないなあ」

 またしてもこの勘違い野郎、茶髪頭をうんうんと振りがやる。一体全体ファミルとどこへ行けというのか?


「でもねー、佐田山さん、そのタイミングの『可愛い』は全っ然ダメっすね。そら彼女怒るわ」

 昨日と同じパターンで一瞬俺の足が止まる。


「なんで怒るわけ?」

「なんでって、全然イケてないっしょ。女心がまるで分かってない」


 そこまで言われるとさすがにムカついてきた。

「じゃあダメな理由説明してみてよ、具体的に」


 高橋はコホンと咳払いして間を置いた。

「女心としては、自主的な行為に対して『可愛い』って言ってほしいんですよね。でも佐田山さんは着替えた後で言った。そうなると男の要求に応えたから『可愛い』の言葉が出たと感じるんすよ。上から目線っつーか、俺様風吹かせたっつーか、まあダメっすね」


「じゃあ、何て言えば良かったのさ?」

「着替えろと命じた時点で相当ビハインドなんすけど、あえて言うなら『その服に似合うかな』とか優しい声かけてネックレス巻いてやるとかのサプライズが必要っすよ。スカイプだと見せるだけになりますけどね。まあとにかく、着替えてきて『可愛いね』だけで何も出ないって、馬鹿にしてんのか、このクソタコが! って気になりますよ」


「アクセサリーなんて持ってないよ」

 俺の声が、素で小さくなっている。

「普段から用意しとくんですって。猟師が鉄砲に弾込めて山歩くのと同じっしょ。獲物を見つけてから弾込めてんじゃ遅いって話っすよ」

 あかん。こいつにはついて行けない。

 力量差が痛覚となって俺を苛んだ。


「彼女を純粋に褒めたつもりだったんだけど……」

 愚痴なのか言い訳なのか、ボソボソした言葉がこぼれ出る。

「じゃあ聞きますけど、褒めた後、どうしたかったんスか? デートに誘う前振りだったんスか?」

「いやそんなつもりはなく、まあその、景気づけに」

「彼女が元気にしてと求めたんですか?」

「いや、そういうのじゃなく……」

「佐田山さん、何て言えばいいかな、余計なお世話なんスよ、そういうの。女の子は朝調子出ないことってある。なのに今すぐ着替えろって嫁いびりの鬼姑か、っつー話っすよ」

 高橋の言葉はもはや刃に等しい。肉を削がれる気分だ。


「そんな酷いこと言った? 俺?」

「酷いっす。サダさんって臨機応変に会話を動かせないでしょ? 最初にこれ言おうって思ったら変更が利かない。もう少し彼女を気遣うほうがいいですよ」

 これを完全論破と言わずして何と言おうか。名前もいつの間にか「サダさん」に省略されている。


「昨日は同情できたけど、今朝はサダさん痛恨だなあ。マイナス200点ってとこですね」

 こいつまで俺に点をつけだした。もはやマイナス240となっている。含み損をかかえた個人投資家のようだ。


 駅が見えてきた。

「じゃあ、また明日、彼女の話聞かせてください」

 いつの間にか、ヤツのルーチンに組み込まれてしまっていた。


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