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2日目#14 ユーナのナイト・リサイタル

 ファミルシステムズでの仕事は、ほとんど強制的に定時切り上げとなった。

 彼らも部外者に長居をさせたくない事情があるのだろう。17時25分にみのりがやって来て、仕事を切り上げるよう告げた。



 珍しく早めにアパートに帰れた俺は、パスタを湯がくことにした。

 といっても作るのは簡単なタラコスパゲッティだ。

 鍋に水を張って火にかけ、グラスをONにしてユーナを呼び出す。


 光の粒が集まり、会社で着ていたスーツ姿のままでユーナが現れた。

「ただいま~。今日は頑張ったね~」

 そう言ってダイニングテーブルの椅子、昨晩と同じ位置に座った。


「会社用の服は窮屈だろ、着替えてくれば?」

 どうせ着替え時間で()があるので、その間にパスタを作ってしまいたい。

「どんな服装がいい? 可愛いやつ? 超可愛いやつ?」

 両肘をテーブルに置いて、さらに組んだその手に顎を載せてユーナは尋ねる。


 仕草は可愛いが、なんでそういう二択なんだか。

「部屋で着る、普通のやつ」

 反応を見ようと、あえて二択を外してみた。


「ユーナに普通は無いんだよ。人生、常に全力だから」

 手を組んだまま、顎を突き出して俺を見る。

「ユーナの本気を見せてやる。昨日買った超可愛い部屋着」

 言い終わるや勢いよく「フン!」と顎をしゃくり、椅子から立ちあがった。その背後に、いつものカーテンが、ストンと落ちるように現れた。


 ユーナが消えていった。

 湯が沸いたようなので、一旦グラスを外し、乾燥パスタを入れる。

 冷蔵庫からタラコとバターを出し、バターはスプーンでざくっと(すく)い取る。それを例のパン祭りボウル皿にいれて電子レンジに放り込む。

 バターが温まると、二房分のタラコをボウル皿に入れて和える。


 パスタは3分で湯がける早ゆでなので、もうそろそろだ。

 パスタをトングで取り出し、湯切りしてタラコの入ったボウル皿に入れる。

 そしてまた和える。

 できた。

 グラスを掛けて、テーブルに料理を置く。

 そしてユーナに言われたように、グラスで撮影する。


「お待たせっ!」

 ユーナが戻ったのは、ちょうどその頃合いだった。

 襟のない、少し胸元の開いたゆったり目の青いワンピースを着ていた。薄ピンクの腰紐がリボンのように巻かれ、アクセントをつけている。


「どうだ!」

 ユーナが腰に両手を当てて仁王立ちする。

 

 そのポーズは無いだろと思いながらも、「うん、可愛い」と言ってやる。

「可愛いじゃない、超可愛いだ!」

 ユーナが声を張り上げた。


「訂正します。超可愛いです」

「ならば、よし!」

 満足そうに大きく頷いた。


「夕食にしよう、今撮った料理(パスタ)だ」

「わーい。ユーナはパスタ大好き。三度の飯よりパスタが好き」

 そそくさと席に着くのだが、何だその比較論?


 突っ込む間もなく、ユーナの席にパスタが現れた。当たり前だが器も含めて俺とまったく同じだ。

「うぉ、タラコのスパゲッティーニだ。美味しそう~」

「スパゲッティーニ?」


「ロングパスタは直径で名前が変わるんだよ。ユーナが見たところ、これはスパゲッティーニだね!」

 得意げにパスタを指さす。

 まあ、美味しけりゃ何だっていいけどね。

「ふーん、ユーナは物知りだな」

「イタリア料理が好きだもん。世界三大料理より、断然イタリア料理だよ」

 その比較論は分かる。


 パスタをくるくる回しながら、俺は尋ねてみる。

「今日はユーナのおかげで仕事がはかどった。仕事きつくなかったか?」

「楽しかった。さだぷーはきつくなかった?」

「きつかったなー。キャラの濃い人いたし」

 ファミルもいたし。


「誰のこと?」

「神田部長。あれは相当きついよ。くららさん可哀そうだな」

「明日くららさんに聞いてみるよ。きついですかって」

「聞かなくていい」

 なぜか笑いがこみ上げてきた。ユーナも笑った。


 食事が終わって食器を片付ける。

 洗い物をしながら俺はユーナとの話題に困っていた。家で仕事の話はしたくない、かと言って共通の話題があるわけでもない。何から話そうかと思っていたら、背後で声がした。


「さだぷー、今日は、お仕事頑張ったから、ユーナが癒してあげようか。ずっと黙ってるから疲れたんでしょ」

「何してくれるの?」

 ()()とのコメントにドキリとしながら、振り返ってユーナを見る。


「ふっふっふー、ユーナは、とある楽器が得意なのだ」

 そういえばファミルは楽器演奏できるんだっけ。


「どんな楽器?」

「トライアングル」

 ちーん、という幻聴とともに、俺はこけそうになった。


「マジかよ……」

「嘘に決まってんじゃん。さだぷー面白いヤツ。ピアノだよ」


「マジかよ!」

 思わず声がでかくなる。


「マジです。グランドピアノは最低でも3千チャムして高いから、魔法で一回限りのピアノを出して演奏します。特別にね」

「分かった。ちょっと待って!」


 俺は急いで洗い物を終え、改めてユーナに演奏を頼んだ。

 ユーナはリビングの真ん中に立つと、例の呪文を何やら唱えた。


 黒い球体が現れる。

 ユーナはそれを部屋の右手奥へ移動させた。球体は膨らむにつれ色合いが白へと遷移し、床と天井いっぱいにまで拡がっていく。天井を超えて大きくなる頃には真っ白に光り輝き、まだ膨らむのかと思った直後、粒となってはじけて消えた。

 同時に純白のグランドピアノが現れていた。といってもこの部屋にそんな余裕はない。ピアノの先は壁にめり込んでいる。


「衣装が演奏用じゃないけど、まいっか」

 ユーナが裾をひらひらさせた。

「いや待て、演奏用の衣装にしてくれ。買っていいから」

 懇願するように叫ぶ。


「ホント? じゃあ部屋の電気消して待ってて。グラスの中で画像が調整されるから、真っ暗じゃないよ。心配しないでね」

 カーテンが現れてユーナが消えると、俺は部屋の電気を消した。

 消しながら、IoTでユーナでも消せることに気付く。グラスの中でぼんやり光る白いピアノを見ながら、ユーナのIoT設定しなきゃな、なんてことを考える。


 一分ほど待った頃だろうか。天井からスポットライトが降り、ピアノの前の椅子を照らした。ほぼ同時に左からユーナが現れ、軽くお辞儀をした。肩の開いたパープルのドレスを纏っている。ピアノのすぐそばまで進むと今度は深く頭を下げた。


 思わず俺は拍手した。下品にならないように、あえて声は掛けない。

「リクエストがございましたら、いかなりと?」

 頭を上げたユーナは俺の答えを待たず、ピアノの前に、静かに腰を下した。


「ユーナの弾きたい曲を弾いてくれ」

「弾きたい曲かあ」

 ユーナはピアノに置かれていた楽譜を手に取る。


「難しい曲は無理なんだなあ……。パガニーニ? 無理無理……」

 そんな事を言いながらぱらぱらとめくり、とあるページで手を止めた。


「あ、これは弾けるぞ」

 ユーナが楽譜をピアノに立てて置く。


「では。ベートーベンのピアノソナタ十四番『月光』、第一楽章を披露します」

 ユーナは、俺ではなくピアノに対して告げ、背筋を伸ばした。

 

 俺はユーナに集中した。

 細い両手が持ち上げられ、繊細で壊れやすく柔らかいものに触れるように、そっと鍵盤にそえられる。


 演奏が始まった。

 静かにメロディが立ち上がり、流れ出した。ユーナの身体が夜の風に揺れる花のように揺れ動く。それはピアノを弾くというより、ピアノ相手に踊っているように見えた。撫でるように鍵盤をそっと叩き、時折優し気な視線を送る。

 まるで四歳か五歳の頃からピアノに慣れ親しんでいたかのようだ。その演奏には音楽への畏敬のような、情愛のような、音楽に浸かった者だけが持ちうる感情が込められているように思えた。

 どうせプロの演奏音源だろうと最初は思ったが、時々ユーナは音程を外した。間違った鍵盤を叩き、ぴくんと肩を震わせたりした。

 これは完璧な演奏より価値がある。完璧を求めるならCDやネット動画で聴けばいいのだから。


 無実体ロボットなんてとんでもない。

 完全に人そのものだ。


 俺は完全に魅入られていた。そして、本当はどこかにユーナの実体が存在し、普通に高校に通っているのではないかと考えだしていた。クラスの女の子たちとおしゃべりを楽しみ、勉強うぜーと言いながら気になる男子の前では可愛く振る舞う、そんな毎日を過ごしているんじゃないか。


 複合特化型AIという話も、演奏を聞くうちに再び揺るぎ始めた。

 俺は言いくるめられたのかもしれない。


 演奏はいつしかテンポが遅くなり、ゆっくりと音程が低くなっていった。音色の波にたゆたうユーナがゆっくりと止まっていく。低音の余韻を残して静かに演奏が終わりを告げた。


 思わず拍手をしていた。立ち上がって。

 ユーナがしずしずとお辞儀をして、ライトの陰へとゆっくり歩み去り、消えた。


 続いてグランドピアノが壁に向かってゆっくりめり込み始めた。全体がめり込んで消えてしまうと、部屋は真っ暗になった。

 突然、白いカーテンがストンと現れ、そこからユーナがひょいと顔を出した。


「どうだった?」

「ん、ああ」

「感動で何も言えねえって顔してる?」

「悔しいが感動した」

「じゃあ、いい感じのところで今日はお開きで」

 え?


「ユーナ疲れたよ。おやすみ~」

 ひょいと顔が隠れる。しばらくしてカーテンが消えた。 


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