2日目#13 ユーナが天然で強情でツンで一途な理由
いよいよファミルのAIについて、真実を得られるかもしれない。
しかし期待が高まる一方で、AIの方向性という言い回しには違和感があった。
「ファミルのようなサポートロボットに搭載されるAIならば、人間のように考える能力が必要です。方向性とはそういう事と思いますが?」
俺は素直に疑問をぶつけてみる。
「それは違うな」
神田部長は立ち上がった。
狭い室内を横歩きで移動して、壁に貼りついていたマーカーを掴む。
「ファミルに限らない話だが、現状におけるAIってのは、狭い領域でしか、仕事できないもんなんだよ。ただしパフォーマンスは人間以上となる場合が多い。少し前に話題になった"AlphaGo"っていう囲碁AIなんかがいい事例だ。この手のAIを特化型AIと呼んでる」
壁に特化型AIと殴り書きされ、マルで囲まれた。
「人間のチャンピオンを負かすほどの囲碁AIでも、例えば碁盤に石を並べてネコのドット絵を描くことはできない。囲碁しか能が無いからだ。その一方で……」
神田部長は、特化型AIの隣に汎用型AIと殴り書きして四角で囲んだ。
「現在、人々が思い描く理想のAIってのは汎用型と呼ばれるものだ。人間のように自律的に考える事ができる存在としてのAI。青いネコ型にしろ、10万馬力の小僧にしろ、液体金属のヤツにしろ、映画やアニメに出てくるロボットはだいたい汎用型AIであることが前提になる。だが開発の前途は険しい。実用品が世に出るのは、まだまだ当分先だろう……」
汎用型AIにバッテンが重ねられる。
「一部で騒がれてる2045年よりもな……」
俺はそれを見て、首を傾けた。
「でもファミルは、物理アシスト以外なら何だってできる、それが売りですよね。ある意味、限定的な汎用型AIと呼べるのでは?」
「それだよ」
神田部長がマーカーを俺に向け、片眉を上げた。
「限定的、なんていう時点で汎用である訳がない。だが世間の多くは、あんた同様に誤解してくれてる。ま、そこは御堂さんの功績だろうけどな」
誤解?
聞き流せない言葉だった。
誤解してるからこそ、ファミルは人が介在するAIなどという根も葉もない噂が立つのか?
「じゃあファミルは特化型AIなんですか? スマートスピーカーに映像をまとわせた程度の?」
我慢できず、感情的な声が飛び出した。
神田部長はマーカーを壁に貼り付け、不敵な笑みを浮かべながら席へ戻る。
「そう。特化型だ。……だがスマスピと同格は心外だな。ここは複合特化型AIと呼んでもらおうか」
「複合……特化型……AI……」
「特化型AIのマルチ版だ。囲碁AIで例えるなら、プロと互角に勝負する実力を持ちつつ、相手が弱すぎる時は手加減ができ、対戦後は碁盤に対戦相手の似顔絵をドット絵で描く。でもって負けが込むとあからさまに打ち筋を変えてきたり、へそを曲げてプレイしなくなる。こんなイメージだ」
話を聞いているうちに、俺の中でロボットやAIのイメージが崩れつつあった。完璧に、正確に、人以上に仕事をこなすのがロボットやAIではないのか?
「能力を尖らせて一点集中するのでなく、いくつかの能力を、ほどほどに、併せ持つ……?」
「そういう事だ。実際、そっちの方が人間は親近感を持ちやすい。チャンピオンを負かすAIなんかより、普通に勝負してくれて、遊んでくれるAIの方が楽しいだろ。ファミルが目指してるのはそっちだ」
神田部長は御堂社長のように、両手を掲げてニッと笑っていた。口元から金歯が光る。
「シリアスか遊びかを聞き分けて相応の回答を導く受動対話AI、人間との交流を深めるために自ら話しかける能動対話AI、発言内容に応じて適切な身体の動きを構築し映像化するAI、そしてもちろん、マスターの指示を正しく理解して実行するAI……。他にもあるが、こういったAIの働きでファミルの人間っぽさが演出されている。あんたのユーナも、時にはボケをかまし、強情を張り、拒絶し、それでいて一途な態度を示すだろ?」
その通りだ。
俺は朝のユーナを思い出していた。
あの怒りの演出は、俺へ対する一途な態度の表れだったのか。
そしてそれは、高橋浩太があるあると評するほどの自然な対話だった訳だ。
「つまり、映像的な動きを含めた会話関連AIの完成度が高いから、人々はファミルを誤解してしまう……、のですか?」
「まあそういうこった。ただしそれは、結果じゃなくて目的だな。あたかも知性と感情があるように、人々に思わせる。これが、ファミルの搭載AIが目指す方向性なんだよ」
ここで俺は完全に理解した。
ファミルはフルAIだ。
ただし感情や思考力のあるAIのような高尚なものじゃない。
人間との会話構築に特化したAIだ。
俯きながら無言で頷いているのが目に留まったのだろう。神田部長が告げる。
「これで、ファミルが暴走や反乱する訳がないと分かったろ?」
「はい」
目線を上げて短く答える。
だが、同時に一つの疑問が浮上した。
「では、源田はなぜファミルの暴走に備えるなどと口走ったのでしょう? 彼とてファミルのAIの限界は知っていたはずでは?」
神田部長が鼻から息を漏らした。
「そもそも論で言えば源田の理屈は破綻してるんだよ。ファミルが暴走するかもしれないから非常権限IDを設けましょう、そのIDはいざという時ファミルから転化して使いましょう、ってオマエ、ファミルが暴走したらID転化もできなくならねーか?」
「そういえば……」
これは見落としていた。
低レベルな揚げ足取りにも思えるが、確かに論理破綻している。
「つまり源田とて暴走なんざありえねえと思ってんだ。ヤツが暴走を口にしたのは、その言葉の不気味さに乗ったまでだ。呪いとか、祟りとかと同様だよ」
「祟り……?」
意味を飲み込めず神田部長を見る。
「昔は、森羅万象に物の怪の気配があった。人々は幽霊や妖怪の姿を認め、真剣に恐れた。最近になって、AIがそのポジションについたって事だ。AIは何するか分からない、祟るかもしれない存在なワケだ。ま、IT時代の新たな迷信だな」
神田部長は笑うが、俺は笑えなかった。
実際、昨日、ファミルの反乱を真に受けていたのは事実なのだから。
「ここにいる取締役の半分は出資企業からの出向でAIの知識がない。御堂さんもファミルのAIを正確に理解しきってないフシがある。源田はそれに便乗したんだろ……」
話はまだ途中だったが、神田部長のスマホが鳴った。
スマホを取って少し話し込んだ後、すまなそうな目が向けられる。
「サイバー攻撃だ。悪いが今日はここまでだな。……言っとくが、今日の話は守秘義務に該当するからな、ファミルの特化型AIの話は胸にしまっておいてくれ。何かあれば、くららで連絡する。あんたも何か聞きたければユーナを寄こせ」
神田部長は去り際、またしてもニッと金歯を見せた。
気が付けば二時間近い打ち合わせだった。
第六会議室に戻り、椅子にどかっと腰を下ろす。
グラスをつけると、ユーナは部屋の隅でスリープしていた。
「ユーナ?」
「うあ、呼んだ?」
ユーナが起き上がり、髪を揺らせてこちらへやってくる。
「笹尾さんからメッセージです。『上条室長に連絡してください』だって」
同時にグラス内に電話番号が表示された。
「壁の電話使っていいって」
本当はユーナと少しだけでも話をして癒されたい気分だったが、室長なら早めに電話した方がいい。急な用事を言いつけられる可能性を考えれば、後回しにはできなかった。
グラスを外し、疲れた気分で番号をプッシュする。
「おう、佐田山、どんな感じだ?」
相変わらず単刀直入だ。
「ファミルですが、フルAIとみて間違いありません」
こちらも単刀直入に返す。
「早いな……。根拠は何か掴めたのか?」
「ファミルの多層構造なAI設計思想を神田部長から聞きました。詳しくは言えませんが、その構想を社内のデータベースで検証すれば、フルAIであることが明確になると思います」
当たり障りのない言い回しなのだが、複合特化型AIのややこしい言い換えは有効だった。
「分かった。ファミルのAIが極めて高性能というなら、フルAIなのだろう。引き続き頼む。今後は御堂社長の依頼の方に力を入れてくれ。また連絡する」
ねぎらいの言葉もなく終わったが、俺としては話が短いに越したことはない。
「さだぷー、お疲れさまでした」
席に戻ってグラスをかけると、ユーナがねぎらってくれた。
「ありがとう。確かに疲れたな」
温かい言葉が心地いい。
なるほど、確かに活力を与えてくれる存在だな。
もう一度礼を言おうとしたら、先にユーナが口を開いた。
「じゃあ、疲れついでにもうひと踏ん張り、仕事しよっか?」




