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2日目#12 ユーナに知能はあるの?(あるよね?)

 意外だった。

 御堂社長や羽賀の言い分を聞き、危機感の乏しい取締役たちを見てきたことで、てっきり神田部長も源田シロ説に立っていると思っていたからだ。


 神田部長は天井の方向を見て、思い出すように語る。

「源田が異動してきたのは今年の1月だ。そこから2か月あれば、ヤツほどの腕なら仕事の合間に転化プログラムを作れるだろうな。問題はファミルIDの仕込みだけだが……」

 ファミルIDだけ? それだけなのか?


「では、源田は非常権限IDを知っていたんですか?」

 目線が天井から俺の顔へ戻った。

「長野にいた連中はたいてい知ってるよ。立ち上げ当初から、ファミルのシステムには管理IDの上位IDが存在したからな。ま、非常権限というより、統括管理用と呼んだほうがいいかもしれない」


「という事は……」

 考えながら言葉をつなぐ。


「プログラム作成手順としては、特定のファミルIDを作った上で、上位IDへ転化するプログラムを作ればいいという事ですか?」

「そうだ」

 神田部長が頷く。

「ただ順番としては、ファミルID作成を後回しにしてもいい。時間的には、俺でも二日あればできるだろう。源田にできない訳がない」


 思っていたよりプログラム作成は簡単なようだ。

 これは現場の人間しか分からない。だから神田部長は源田をクロと考え、御堂社長や羽賀はシロだと思い込みたいのだろう。

 こうなると、源田は何か仕込んでいると考えるべきだ。


「上位IDが統括管理用というのは、ファミルシステムの管理規模が拡大したときを想定してのIDですか?」

 だとしたら、源田は間違った方向での提案をした事になる。


「その通りだ。ファミルは近い将来、海外展開する。台湾と韓国を皮切りに、アジア、米国、欧州へとな。……そうなると、各地のデータセンター用に管理IDを立てることになるが、全体を統括するための上位IDもあったほうがいい。それを見越して、当初から設定されていた。源田はそれに目をつけ、非常権限IDとしての利用を提案したんだ」


 やはり源田の提案はおかしい。根本的なズレがある。

 上位IDは海外展開を想定したものだ。それを非常権限IDなどと名付けて別用途で使用するのは、将来構想に反する事になる。

「否決されたから結果は同じですが、源田の提案に対してはファミルの暴走や反乱を否定するより、上位IDは海外展開に備えて温存すべきとしたほうが説得力あるように思います。その話は出なかったのですか?」


 神田部長が腕を組んで身体を後ろへ傾ける。

「そうしたいのは、やまやまだった。だが論点が違う。源田は管理IDの不正使用やファミルの反乱などという、今ある危機への対処として提案した。それに対して将来の話をするのはズレた答えだ。冬場、子供にコート買ってとせがまれて、春には不要だから買わんと答えるのか? 論点は今の必要性なんだぞ?」


 神田部長は口調こそ乱暴だが、性格は頑固とロジカルが共存している。個人的には嫌いじゃないタイプだ。口のうまい御堂社長より、ずっと信頼できる。

「確かにそうですね」

 俺は静かに肯定する。


「だから源田の言う『危機』をハッキリ否定する必要があった。管理IDはマルチ化で完璧に守られている。そしてファミルの暴走や反乱などありえない」

 神田部長は腕を組んだまま、得意げに語った。


 ここだ。

 目指す宝の部屋の前に到達した気分だった。

 暴走や反乱がありえない、その理由として「人がAIをサポートしているから」という言質を取れれば俺の真の任務が達成される。


 逆にファミルがフルAIなら、どうやって人間への従順性を確保しているのか。

 今の話の流れのままに、手際よく聞き出さないといけない。

 俺はつばを飲み込んだ。


「その、ファミルの暴走や反乱が無いと、どうして言い切れるのでしょうか?」

 神田部長は一瞬だけ眉を動かし、もたれかかっていた上体を正すと睨むように俺を見つめた。


「どんなイメージで言ってるのか分からんが、ファミルが暴走して、……例えば、ニューヨーク市場にアクセスしてアメリカ国債を空売りする、……とでも思ってるのか?」

「そこまでではなく、管理者IDを拒絶してマスターに勝手なサービスをする」

「マスターに勝手なことをしたい、という願望をファミルが持つと?」

「はい」

「なぜファミルがそれを願う?」

「人間と友達になる、というテーゼを与えられているからです」

 御堂社長の受け売りだ。

 神田部長はため息を漏らすと、声を大きくした。


「友達云々は美辞麗句で営業用だ。そもそもファミルに『テーゼ』なんて概念を理解する力は無い。あんたが考えるほどファミルは賢くない」

「しかしファミルは通常のネット空間にもつながっています。いろいろな情報を吸収することで、テーゼを理解したり、新たな手法を試そうと思ったり……」

「思う? ファミルに知能や意思があると考えてるのか?」


 電流が走る感覚だった。

 神田部長の問いは反語なのか? そんなモノあるわけない、が本意なのか?


 ここは注意深く、グレーな言葉を選ぶ。

「……私はファミルと会話して、人間を相手にしているような感覚でした。知能や意思の片鱗を感じたと言っても構いません」


 神田部長が止まった。

 いや、熱が去ったと言っていいかもしれない。

 興奮気味だった顔色が、落ち着いてきている。


「会話を通じてなら、そういう解釈もあらぁな」

 両手が頭の後ろに組まれ、顎が上がる。そのまま身体を後ろに傾け、俺を見下ろすような目線になった。

「……少し話題を替えようか佐田山さんよ。……あんた、チューリング・テストって、聞いたことあるか?」


 未知の言葉に一瞬詰まるも、何とか「いいえ」と返す。

「チューリングってのは個人名だ。アラン・チューリング。前世紀半ばの数学者で、人工知能の父とも呼ばれる偉大な人物。機械に知能があるかどうかを判定する試験方法を編み出した。そいつがチューリング・テスト」


「どんなテストですか?」

「会話テストだよ。会話相手はコンピュータと人間だと被験者に知らせた上で、それぞれと会話させる。今の感覚でいえばチャットするわけだ。で、被験者にどちらが人間だったかを当てさせる。複数の被験者でこれを行い、その多くに誤答させた、すなわち被験者に人間と勘違いさせた機械には知能があるとみなす。合格第一号は2014年。ロシアのスパコンが栄誉に輝いた」


「測定要素は会話だけですか?」

「そうだよ」


「ちょっと待ってください」

俺は左手を顔に当てながら言葉をつなぐ。

「それは知能というよりチャットボットの会話構築力の話ではないですか? 語彙力と返答パターン構成などの機能スペックであって、知能とは別の概念……」


「意外と判ってんじゃねえか」

神田部長が肘を机に乗せ、身体を前に傾ける。


「その通りだよ。チューリング・テストは『知能があるなら人間とまともな会話ができる』という前提に立っている。だがその逆は真なのか? まともな会話ができるなら知能がある、と言えるのか?」

  

「いいえ。まともな会話ができるなら知能がある、とは、言えません……」

 俺はオウム返しに首を振った。話に合わせる意味もあったが、実際、チューリング・テストは知能測定としてはズレている気がした。

 しかし、さっきの俺のコメントとも矛盾してしまう。ファミルとの会話に知能を見出した的な事を言ったのだから……。


「そう。逆は真にあらずだ。たとえば機械の代わりに九官鳥でテストしても、語彙の豊富な個体と奇跡的な偶然が重なれば合格もありえる。しかし九官鳥に会話を形成する知能が無いのは明らかだ。となるとだ……」


 ここで間が置かれた。

 まずいな。また質問が来る。


「一体全体、チューリング・テストが測ってるのは何なんだ?」

 神田部長は意地悪な教師のように、口元を緩めて回答を待つ。


「それは、……被験者自身の会話認知能力ということですか? 騙されやすさとか信じやすさとか……。被験者は会話の相手を判定するようでいて、実は自身の能力を試されている」


 自虐的回答に、乾いた笑い声が響いた。

()()()()()()だが、少し違うな」

 

 ずっとやりこめられている感覚だったので、今さら笑われるのは苦でなかった。

 だがそれ以上の衝撃が俺を襲う。

 ()()()()()()()()()()()


「正解は『会話に対する評価』だ。つまり会話の相手が機械か人か、という判定ではなく、人間同士の会話として相応しいのはどっちか? という判定だよ。ここまで言えば、ファミルに知能があるのか無いのか、もっと言えば、AIの方向性が見えてこないか?」



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