2日目#10 トンカツ君とユーナちゃん
12時45分となった。
13時から神田部長との打ち合わせだ。
みのりのアドバイスに従い、源田・佐野・赤石の経歴は一通り調べておいた。
三人の入社時期はバラバラだったが、今年の1月1日付で、揃ってシステム開発部・ファミル設計一課へ異動している共通項があった。源田と佐野は技術開発部・AI開発課から、赤石は同部AI実装課から。
短絡的に考えると、彼らが非常権限IDを提案した動機として、「功を焦ったのではないか」という推測が立つ。長野から東京本社に来て、何か目立つ事をしたいとばかりに「やっちまった」。
だが、それだと失踪の理由までは踏み込めていないし、赤石が死ぬほどのストレスにさらされたのか、という点も説得力がない。
ここはやはりID提案にしろ失踪にしろ、似通った動機があると考えた方がしっくりくる。
神田部長に尋ねるとしたら、源田が非常権限IDを提案した動機だろう。
もちろん源田本人でないと正しい答えは出てこないが、神田部長がどう感じているかを聞くだけで、手掛かりにつながるモノが出てくるかもしれない。
とは言え、こちらから尋ねるだけでは能無し丸出しだ。
ある程度はサプライズ的な見解を持って行くほうが印象付けられるし、向こうもかぶせ気味に話してくれる。
俺は失笑を漏らしながらグラスをかけ、スリープ状態のユーナを見た。
くそ、何だかんだでしっかり、ここの仕事に嵌っちまってる。
本来の目的、ファミルのAIの真実も探らないとならない。そっちも並行して進めなければ……。
俺は軽く両頬を二回、叩いた。
「ユーナ、起きようか」
ユーナがぱちりと目を開く。
ちょうどそのタイミングで、部屋のドアがノックされた。
「あのー、ちょっといいですかー?」
入ってきたのはノーネクタイ半そでシャツにスラックス姿の若い男。
ただし、ものすごく太っている。
体重100㎏を思わせる見事な肥えっぷりだが、髪は整え、身だしなみには清潔感がある。毛虫みたいな太い眉毛に黒ぶち眼鏡、目立つ二重あごといった容貌は、今でこそ残念な感じだが、やせればいい感じのイケメンになれそうにも思えた。
何か情報を持ってきたのだろうか?
「あ、どうぞ。はじめまして、佐田山です」
グラスを外し、御堂社長をまねて愛想よく声をかける。
しかし彼はモジモジして口を開かない。両手を後ろに隠し、何かを訴えるような目で、ちらちらと俺を見ている。
「どうしました? 取りあえずこちらに掛けませんか?」
椅子を促すが、彼は動かない。
「遠慮せず、どうぞ?」
精一杯のやさしさを込めて、俺は声をかけた。
しばらくの沈黙の後、ようやく口が動く。
「グラス、嵌めてもいいっスか? ユーナちゃんてファミル、僕、まだ見たことないんです」
俺は鉄球で殴られた気分になった。
ユーナを見に来ただけ?
俺の返答を待たず、彼は後ろ手に隠していたグラスを取り出した。
顔にかけてこちらを見る。
「うわあ、ユーナちゃん、こんにちはぁ、はじめましてぇ」
上ずった歓喜の声に、軽い怒りが湧き上がる。
仕方なしに、俺もグラスをかけた。
「こんにちは」
ユーナが笑顔で応える。
「ぼ、ぼぼく、冨塚克典っていいます。カッちゃんって呼んでくれたら嬉しいな」
それは俺が名乗った後、すぐ返すもんだろうが。それが社会人だろうが。
「じゃあ、カッちゃん、よろしくね」
ユーナが小首を傾ける。
「嬉しいなあ。誰もぼくの事、カッちゃんって呼んでくれないんだー」
この言葉に、怒りの感情が急速にしぼみだした。
もしかして、職場でハブられてる人か?
「ねえ、さだぷー、カッちゃんとおしゃべりしていいの?」
突然の問いかけに、思わず「いいよ」と応えてしまう。
「あのね、ユーナちゃん」
冨塚は俺に礼を言わない。まあいいけど。
「僕、少し前まで、冨塚克典を縮めて、トンカツ君って呼ばれてたんだ。ひどいよねー」
「ひどーい。それはないよ、あんまりだよ」
渾名がトンカツ君か。
ハブられてるのでなく、いじられキャラなのか?
俺は興味深く冨塚を見る。
「ありがとうユーナちゃん。わかってくれて」
「でもユーナはトンカツ好き。美味しいもん」
それは論点が違うが……。
「あはは。実は僕もトンカツ好きなんだ」
「ユーナは大阪風のしゃぶしゃぶソースかけるの好き。胡麻入れたどろどろソースもいいけどね」
何か盛り上がってきてる。
いや、この場、ハブられてるのは俺か?
「でもね、この前、御堂社長が『冨塚をトンカツと呼ぶな!』ってみんなに言ってくれたんだー」
「そりゃ失礼だもんね、トンカツに」
そう。失礼な渾名……って、えっ? 誰にって?
だが富塚は笑っていた。
心の底からの笑いと言えばいいだろうか。
とにかく無防備な笑いだ。
ひとしきり笑って、彼は初めて俺の目を見た。
「ありがとうございました。じゃあそろそろ行きます」
そしてユーナに視線を移す。
「ユーナちゃん、話してくれてどうもありがとう。最後に握手してもいいかな?」
えっ?
「それは無理! ユーナはファミルだから」
ユーナを見ようとするより早く、ぴしゃりとした声が響いた。
「だよね。じゃあ、さよなら」
冨塚はあっさりと退散していった。
俺はまじまじとユーナを見る。
ユーナもこちらを見ていた。
「へへ。マスター以外とは、握手なんかしないよ?」
マスター以外?
「人間はファミルに触れたりできないだろ? 何だっけ、絶対領域だっけ?」
接近しすぎるとファミルは消える、という雪蘭の言葉を思い出していた。
だが、意外な言葉が返される。
「マスターなら、ファミルにさわること、できるよ。……試しにさだぷー、ユーナと握手してみる?」
いたずらっぽい上目遣いで、ユーナが俺を見つめてきた。
「握手?」
「うん、やろう!」
ユーナが右手を差し出した。




