2日目#9 嵐の前のアレですわ
「カオリへ依頼された件、すぐに持っていきますので、お待ちください」
持ってくる?
「電子データじゃないってこと?」
「え、ええ。持って行った方が手っ取り早いので」
電話はすぐに切られた。
ユーナの待機を解除しようと思ったが、ここはやめておこう。
みのりとの話が深刻になった時に、ユーナのチャチャが入ると面倒だ。
「お待たせしました。議事録です」
1分も経たずしてみのりが入室した。
議事録原本をコピーしたのだろう、机に置かれたそれは、文章の並びが若干斜めに傾いていた。
当日は議案が複数あり、源田の議案は二つめだったようだ。
【第二議案(甲乙2件) 起案:ファミル設計一課 源田征士郎】
甲)ファミルシステムにおける脆弱性対策
乙)同システムにおける管理者ID機能不全時を想定した非常権限ID設置
【決議】
甲)可決承認(システム業務課にて外注先選定等の実務対応を行う)
乙)否決却下
【協議事項詳細】
甲)ファミルシステム中枢サーバーは、外部攻撃に対する防御策としてファイアウォールと多層プロキシサーバーによる二重の機構を備えている。ところが、ユーザーが初めてビジネス仕様のファミル召喚申請を行う場合のみ、タワー端末はプロキシを経由せず直接中枢サーバーに接続し、中枢側もそれを受け入れてIDに応じたファミルデータをタワーへ返す仕様となっていることが判明した。これはシステム管理プログラムにおける設定ミス(正確には外注先への仕様設定ミス)が原因である。
このため悪意ある者がファミルIDを偽装し、中枢サーバーに対して一斉に召喚申請を行う形式でのDDOS攻撃が可能な状況となっている。この回避を目的とし、申請時のファミルIDを認証キーとすること、および直接接続のブロック実行によるセキュリティ強化、以上二点が発案された。
協議の結果、全出席者の賛成により本案を承認した。
乙)本案は、ファミルシステムの管理者IDが機能不全に陥った場合に非常権限IDを発動させて、システム保全を確立することを目的とする。
非常権限IDは管理者IDの上位IDであり、その管理運用における秘匿性および厳格性が最重要課題となる。起案者は任意のファミルIDを非常権限IDに転化させる方式を採用することで秘匿性を確保したが、転化可能なファミルのマスター社員による独断発動が危惧され、管理面の厳格性に欠くものであった。また管理者IDが機能不全に陥るリスクがきわめて低い事から、必要性に乏しいと結論付けられた。
以上協議の結果、本案は否決された。
いかにもな堅苦しい文章だ。
俺は一度読み直し、さらにもう一度、ゆっくりと読んだ。
まず甲案、脆弱性改善の提案。
この件は初耳だ。
昨日の御堂社長は一切言わなかった。だが不審なところはない。筋の通った話だ。反対の余地は無いだろう。
で、例の件が乙案。
こっちにも初耳の話がある。「ファミルIDを非常権限IDに転化」だ。御堂社長の言ってた非常権限IDプログラムってのは、ファミルからの転化プログラムの事らしい。
イメージしにくいが、ファミル自体を非常権限IDにする、という事だろうか?
マスターがファミルを常時使用して、いざというときに非常権限IDに転化させるなら、ある意味安全な管理体制だ。
このIDが盗まれる事を心配する必要はない。
「佐田山さん……」
で、この案に強く異を唱えたのが神田部長。その流れで、ほかの役員も反対に同意したそうだが……。
ひょっとして神田部長がいなかったら、承認されてたんじゃないか? これ。
ん? でも待て。
この審議、何か違和感あるな。非常権限IDが既成事実化されてるような……
「佐田山さん!」
「えっ……!?」
みのりの呼びかけに思考が中断された。
「佐田山さん、この議事録は、ここで見るだけにしてください。とてもナーバスな話なので……」
それはわかる気がした。
システムの脆弱性やファミルIDを転化するなど、絶対に、漏れてはならない情報だ。
「了解です。もうこれ、下げてもらって構いません……」
俺はコピーを差し出した。
「午後から神田部長がお相手します。ご質問は、その時にお願いします」
みのりがコピーを受け取る。
「神田部長?」
「システム開発部の部長。源田の上司だった人です。昨日、くららに会いましたよね? そのマスター」
「あ!」
そういえば、御堂社長の留守は神田部長が相手することになってたっけ。
「神田部長、佐田山さんに会いたがってる様子でしたよ」
「俺に?」
みのりは少しだけ口角を上向けていた。
何か面白い事が始まるのを期待するかのように。
「お手並み拝見、って感じでした。源田チーム3人の異動記録なんかはユーナちゃん使えばわかりますから、前もって把握しといてくださいね。源田さんの素性を尋ねたりしたら、怒鳴られますよ?」
「あ、ご忠告、ありがと……」
軽い足取りで去っていく彼女とは裏腹に、俺の心は重くなった。
神田部長、もしかしてパワハラ気質? まさかね。




