2日目#8 ユーナ、佐田山を圧倒する(一時記憶力で)
赤石の提出した音声データに、即日開催を決断するほどの情報がある。
そういう事なのだろう。
だが再生は一度きりだ。聞き逃しは許されない。
一旦呼吸を整えてから、書き留めるためのペンとノートを用意する。
深呼吸してから、俺は指示を入れた。
「ユーナ、音声データの再生を頼む」
「OK! スタート!」
ユーナが人差し指を前に突き出した。
スクリーンにメディアプレイヤーの四角い表示が現れ、再生が始まった。もちろん音声だけだ。
「……源田です。……ハイ。ご依頼の件は必ず。プリンセスなら、動作確認可能です。……非常権限IDとして。問題ありません。……フェニックスの呪縛? いえ。聞いたことありません。……ダメです。例のファミルは使い物になりません。……プランBで。ハイ。必ず……」
音声データは以上だった。
源田の肉声はいがらっぽく、ワイルドな印象だ。
音源的には電話をしている様子だったが、通話すべてではない。途中で録音が切れているようだ。
プリンセス、フェニックス、例のファミルという言葉が耳にこびりついた。暗号なのだろうか?
書き留めたメモからユーナに視線を移す。
ファミルなら、何か知ってるかもしれない。
「今の音声データだけど……」
「はい。テキスト化する?」
「何だって?」
俺はメモとユーナを交互に見る。
「今の音声データを、文章化したほうがよろしいですか?」
ユーナがすまし顔で尋ねてきた。
「できるのか?」
「ファミルだもん。一度聞いた事、その日の内ならテキスト化できるよ。議事録だってお茶の子さいさいなんだから」
先に言え、先に。……と思ったが、御堂社長が先に言ってたわ。それ。
俺は大きくため息をつく。気張ってメモって損した気分だ。
「ではテキスト化してください。それともう一つ、プリンセスの社内での意味って何かな?」
指示がてら、音声データの疑問を投げかけてみる。
即答で返された。
「プリンセスとは、ファミルシステムのバックアップサーバーの通称です」
なんだって?
「じゃあ、メインサーバーをクイーンと呼んだりする?」
「あたり。すごいね、さだぷー。理解早い。ユーナちょっぴり感動した」
これで羽賀の言ってた「クイーン」の意味が分かった。ただ、「クイーンがユーナを推奨」というと、これがまた訳が判らない。サーバーはサーバーであって、何かを推奨したりしない。
取りあえずこの件は置いておこう。今は音声データの分析が先だ。
「フェニックスの社内での意味は何?」
「フェニックスとは、ファミルの初期AIプログラムの事。ちなみに現在は使用されていません」
旧型AIって事か?
その呪縛? これもわからん。
「例のファミルってのは?」
「んー? ファミルはファミルだよ。それ以上でもそれ以下でもない」
これはダメか。
質問が抽象的過ぎて、ユーナ自身が意図を理解できないようだ。
結局のところ、糸口は何もつかめていない。
スクリーンにはユーナのまとめたテキストが表示されたが、委員会が即日動くような緊迫した会話には到底思えなかった。
ただ、何かおかしい。俺の中で違和感が湧き上がっていた。
もう一度テキストを読む。
そうだ。源田はIDを完成させたとは言ってない。
これから作るような口ぶりだ。
いや待て。録音された日時は不明だ。
この電話はずっと以前のもので、源田がIDを完成させたので3月14日に赤石が通報したという流れか?
だとすると赤石は録音記録を保持していた?
「源田が非常権限IDを提案したのは一体いつなんだろう?」
ほとんど独り言だったが、ユーナが反応する。
「3月1日だよ。社内調査報告書に載ってる」
調査報告書?
もしかして羽賀の言ってた「Bファイル」の事か!
「その報告書、画面表示して」
メディアプレイヤーが落ち、代わって新たなPDFが立ち上がった。
「非常権限IDアイデアを否決した役員会の開催日は?」
「3月8日。これも載ってるよ」
画面表示がスクロールし、該当箇所で止まった。
「その日の役員会の議事録に、アクセスできる?」
ユーナが泣きそうな顔で首を振った。
「これはダメ。拒絶されました」
俺はユーナに待機指示して壁の電話機に向かう。みのりに頼み込むしかない。
付箋を取って、番号をプッシュした。
「はいは~い! 可憐なマスター笹尾みのりに仕える超絶有能ビジネスファミル、歌が得意なカオリです! ご用件をどうぞ!」
げ!
キンキンした声が、左耳から右耳を貫いた。
先制攻撃を受けた衝撃で声が出ない……。
「ん~? どなたかな? もしかして、カオリの歌のファンですか?」
んなワケないだろと思いながら、大きく深呼吸を一回。
これは留守録だと思い込んでのゆっくり口調で、依頼を告げる。
「佐田山です。アクセス不可となっている、3月8日の役員会議事録ですが、源田のID提案の部分だけでも、開示をお願いしたいのです。以上」
「はいは~い、カオリちゃん、ご依頼、うけたわたたりましました!」
「よろしく……」
長居は無用とばかりに電話を切る。
何だよ、祟りマシマシって、縁起でもねえ……。
このときばかりは、俺はユーナで良かったと感じていた。
カオリみたいなタイプだと、疲れて仕事どころじゃない。
ため息交じりに席に腰かけ、待機状態のユーナへの次の指示を考えようとした。
そんな俺の背後で、電話が鳴る。
まさか、カオリ?
一瞬躊躇したが、俺が出ない限り、鳴り続けるだろう。
仕方なしに受話器を取る。
「あ、佐田山さん。笹尾です。連絡したいことが……」
おお!
思わず両手で受話器を握り、彼女の次の言葉を待った。




