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2日目#6 FAMiR”カオリ”

 突然、俺の座るほぼ正面、1メートルほど先に、白く柔らかい光の柱が出現した。太さは電柱程度だ。

 みのりはその右後方でじっとしている。顔は光柱に向けず、グラス越しに目線だけを送っている様子だ。表情は判らないが、口元がリラックスしているのが見て取れた。


 これが出現演出なのか?

 カオリとやらの。


 光の柱はうねり始め、蛇がとぐろを巻くように絡まりだした。と思う間もなく、巻いたとぐろは溶け合って人の姿へと変貌を始めた。両手を天に掲げた白い彫像を思わせた瞬間、薄皮を飛ばすように光が弾け飛んだ。


「おっはよう~!」


 現れたファミルに、俺は絶句した。

 くららの時も絶句したが、今回は別の意味で声が出なかった。

 完全に意表を突かれた。

 

 赤と白を基調とした膝丈のひらひらスカート。大きなオレンジのリボンが腰で結ばれ、キラキラ光る細かい鎖が胸元やスカートのすそを彩っている。

 スカートから伸びるナマ足にはチアリーダーような白いロングブーツ。左耳の少し上で結われたサイドテールが腰に達している。髪の色はブラウン、肩の位置から毛先に向けて金のラメが輝いている。

 完全にアイドル衣装(コス)だ。


 すらりとしたプロポーションは、そのままアイドル稼業でも通用するレベルで、そんなファミルが俺をまっすぐ見つめながら、人差し指を突き出していた。拳銃を模した如く。

 固まる俺を完全に放置して、みのりが話しかける。


「おはよう、カオリ。……って、さっきも言ったじゃん、それ」

「だってここに、寝てるファミルがいるもので、つい、てへへ」

 みのりに向き直り、カオリはペロリと舌を出した。

 リアルてへぺろだ。いや、リアルではないか。ヴァーチャルか。


「こちら佐田山さんです。今から私とカオリとで、社内データの取り扱いデモンストレーションを披露しましょう」

 みのりの声が得意げに響く。

「はい! かしこまりました!」

 返事の後、再び俺に顔を向ける。


「佐田山氏、歌が得意なカオリです! よろしくね!」

 右手を開いて顔のそばに添え、左足をぴょんと曲げて片足立ち。

 いかにもなアイドルポーズと一緒に、ウインクが投げられた。

「あ、はい……」

 悪い気はしないが、気圧されて言葉が出ない。


「ん~? 何かノリが悪いとね? どしたん?」

 カオリが軽く腕組みし、妙に訛った口調で小首をかしげた。

「気にしないで始めよ、カオリ……」


「いや、ちょっと待ってくれ」

 ノリが悪いとか言われて我慢できず、質問が口を突いた。

「なんでそのファミル、職場でアイドル服なの?」

 そう。あまりに場違いなそのカッコ、説明がほしい。


「何言いよんね? アイドルが職場でステージ衣装は当たり前やん?」

「待って、カオリ。待機です」

 みのりが右手を向けて制する。

 カオリは黙って両手を腰の前で合わせ、待機の姿勢を取った。


「ファミルはマスターの嗜好に応じて変化するんです。成長と言っていいかもしれません。私がアイドルっぽく育ててるので、カオリはアイドル衣装を好むようになりました。驚かせたならすみません」

 頭を下げる彼女に、あわてて「いや、別に、驚いてないから!」と告げる。


「カオリはプロトタイプのコピー版で、7月リリースを控えての試験運用中なんです。もちろんスーツ姿にもなれるんですが、私のカオリは実験的にアイドル系として育成中で……。ビジネス仕様のファミルでも、遊び心持った状態で仕事できたら楽しいな、なんて思って……。まあ、そんな理由でアイドル衣装なんです」

「あ、はい。理解しました」

 俺は机に手を置いて、深く頭を下げる。

 

 そもそも、で言うと、グラスをしないとファミルは見えないのだ。

 カオリを見続けるのは基本的に笹尾みのりだけだから、アイドル服でも誰も目障りには思わないだろう。

 それにアイドル育成を試みるなら、マスターとしては彼女が適任かもしれない。男性社員に預けると肝心の仕事補助がおろそかになる危険がある。


 俺の発言は出過ぎた物言いだった。

 批判めいた質問を投げた件について彼女に非礼を詫び、待機を解除されたカオリにも謝罪した。

「そんな謝らんでええんよ。もう友達やけんね」

 カオリはあっさり流してくれた。



 レクチャーは30分ほどで終了した。

 ファミルの役割は、ざっくりで言えばデータの検索抽出と加工補助だ。求めるデータのイメージを伝えるとファミルが候補を挙げるので、人がそれを絞り込む流れになる。場合によってはデータ加工の必要があるが、それもファミルが補助してくれる。

 加えてグラスの中に疑似ディスプレイが投影されるので、マスターはそれを見ながらファミルに指示が出せる。PCディスプレイを見てファミルを見て、というような無駄な動きをする必要もないのは合理的な設計だ。


 二人の掛け合いが軽妙なこともあって、ファミルがいれば何でもできる気がしてきた。これなら一人でも何とかなりそうだ。

 ユーナ次第だが。


「では、あとはユーナちゃんとお願いします。何か相談事があれば、壁の電話で連絡してください」

 みのりは数字の並んだ付箋を、受話器の付いた旧式の電話機に貼り付けた。


「電話番号です。……じゃ、カオリ、戻ろうか。佐田山さんに挨拶して」

「バイバイ、佐田山氏!」

 カオリが手を振り、その身体が白く光りだす。


 つむじ風が起きたように粒状の光が舞い始め、カオリの身体を包みこむ。全身が包まれた次の瞬間、すべてがフッと消えた。

 気が付けば、みのりの姿もなかった。



 俺は席から立ち、後ろでスリープするユーナに歩み寄る。

 雲状の白い椅子を浮かせ、文字通り眠りこけていた。


「ユーナ、そろそろ起きませんか?」

 いまだ朝の一件が尾を引く俺は、丁寧な口調で呼びかける。

 ぱちり、と彼女の目が開いた。

 瞳が俺を捉え、ニッと口元が緩む。


「起きました……、よっと!」

 ユーナがピョンと、雲から跳ね上がるように立ち上がった。

 

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