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初日#2 敵地? 侵入

 ファミルシステムズは山手線大崎駅近くのオフィスビルに入っていた。

 20階建ての、そこそこ大きいビルだ。室長はエントランスを通り抜け、歩みを緩めることなくずんずんとエレベーターホールへ進んでいく。四基のエレベーターが並ぶホールにはオフィスの案内表示があり、9階と10階がファミルシステムズの入居エリアと示していた。

 待機していた一基にそのまま乗り込むと、室長は9階のボタンを押した。他の乗客はいない。

 緩やかに扉が閉まり、エレベーターが上昇を始めた。


「スマートグラスを通じてファミルの現物を見たことあるか?」

 室長が俺に目を向ける。

「いいえ。ネットの動画で見た程度です。よくできたCGとは思いましたが……」

「御堂社長が言うには、ファミルの真価はスマートグラスを通じて発揮されるらしいからな。動画では、よくわからんだろう。まずはファミルとやらを体感させてもらうところから、話をするか……」

 室長が話し終えると同時に9階に到着した。

 チン、と軽い音を立て、扉が開き始める。


 正面の壁に、入居する会社の案内表示が掲げられていた。目的地は左だ。エレベーターを降りて顔を向けると、社名を示すオレンジ色のロゴとガラスドアが見えた。室長が歩き出したので少し後ろを進む。

 ガラスドアの前まで来たが、人の気配は無かった。ドアは自動らしく、把手は無い。


 ドアの左に掲げられた社名ロゴのすぐ下に、40インチほどの大型ディスプレイが設置されている。電源は入っていない。インターホンかなにか通信装置があるのかと、俺はディスプレイ周囲を見渡した。

 

 その直後。

「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」

 ディスプレイの電源が突然入り、ヘッドセットを装着した若い女性が映し出された。ロゴと同じオレンジ色のベストを羽織っている。黒髪セミロング、清楚な印象の娘だ。

 画面を通して目が合った錯覚に陥り、一瞬、俺は視線をずらした。


八岐電産(やまたでんさん)から参りました、上条(かみじょう)と申します。恐れ入りますが御堂社長にお目通りをお願いします」

 室長がそつなく告げる。

「上条様ですね。少々お待ちください」

 画面の彼女はこちらを見据え、メリハリの利いたはっきりした口調で返してきた。

 ディスプレイを注意して見ると、ノートPCに付属されているようなウェブカメラが画面上部に設置されている。マイクらしき小さいピンホールもカメラを挟むように二つ並んでいた。それを通じてこちらを把握しているのだろう。


「上条様、アポイントを確認いたしました。係りの者が参ります。そのまま少しの間だけ、お待ちいただけますでしょうか?」

 少し申し訳なさそうな声と表情が返された。


「承知いたしました」

 今度は俺が答えた。画面の向こうの表情が安心したように緩む。

 だが映像は消えない。係りが到着するまで見守るのだろうか。彼女も本来の仕事があるだろうに……。

 そう思っていると、ガラスドアがスライドして開いた。


「上条様、お待たせいたしました」

 現れたのは別の女性だ。こちらは画面の女性より若く、耳がやっと隠れるくらいのショートヘアだった。

「御堂の秘書です。笹尾(ささお)みのりと申します」

 藍色のパンツスーツで身なりをぴちっと固めている。小柄で幼い顔つきから、明らかに二十代前半だ。しかしきびきび動くせいか、頼りなさは微塵も感じられない。


「ご丁寧にありがとうございます。上条です。こちらは部下の佐田山」

 室長が簡単に挨拶を済ませる。

「本日はご足労いただき、ありがとうございます」

 彼女は一旦笑顔を向けるが、すぐに表情を曇らせた。

「大変申し訳ございませんが、御堂はただいま別件対応中でして……」

 そう言いながらもガラスドアの内側へ室長を促し、社内へと案内を始めた。


 彼女について入ってすぐ、企業の受付玄関(エントランス)にしては華が無く、地味な印象をおぼえた。

 通常なら、その企業の扱う商品の見本展示なり写真なりを掲げるものだろう。

 ところが、そういう飾り気がまったく無いのだ。

 まだ企業として余裕がなく、そういう部分にカネを回せないという事なのだろうか……?

 ただ逆に考えれば、こういう部分にカネを回して事業の発展性を誇張する傾向が強いのが詐欺集団ともいえる。その意味で「飾り気の無さ」は堅実さの表れでもあり、安心材料に思えた。


「御堂はほどなく参ります。それまでの間、こちらでお待ちいただけますでしょうか?」

 通されたのは会議室だった。一辺が約六メートルの、ほぼ真四角な部屋。大して広くはない。中央には長方形の白いテーブルが置かれていた。その周りにはメッシュ地の背もたれを添えた黒い椅子が八脚。

 促されるままに座ると、彼女は一旦部屋を出ていき、すぐに二人分のアイスコーヒーを盆に載せて戻ってきた。


「こんなのしかお出しできず、申し訳ございません」

 ホルダー付きの白いプラコップが並べられる。

「とんでもない。外は暑かったから、冷たいコーヒーはありがたいね。……相変わらず社長はお忙しいようで」

 カップを手に、室長が柔らかく尋ねた。

「応接室でTV局のインタビュー収録中でして、少々長引いております。お呼びだてしておきながら、本当に申し訳ございません」

 お盆を胸に抱えてぺこりと頭を軽く下げる。


「TV? それはまた華やかですなあ」

 謝ることはないとばかり、室長が声を張り上げる。

「ハイ。近々、ファミルを特集した番組放映があるもので」

 表情が一変し、彼女は自分の事のように嬉しそうな顔を見せた。薄桃色の唇から白い歯がこぼれる。


 次の瞬間、扉がバンと弾けるように開き、勢いある声が響いた。

「すみません! お待たせしました!」

 御堂社長その人だった。



改訂履歴

2020.7.10. ディスプレイ周辺描写を変更、みのりのセリフ修正、他、文章を流れよく改稿。

2020.7.22. 微修正

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