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2日目#4 羽賀美紀、その想い

 俺は報告書をファイルに戻しながら尋ねる。

「第一章の所見は、Bファイル報告書ではどのように表現されていますか?」

 ここだけ分かれば、社内での事件の扱いもおおよそ見当がつく。


「会社への悪意云々は記載していません。赤石の証拠が不十分で源田の非行事実を特定しきれておらず、非常権限ID関連も作成痕跡は無い、という結論です。源田の失踪に関しては、トラブルを起こしたのは事実であるため今更会社に顔向けできないからであろう、と推測しています」

 やはり、害意の存在を匂わせるような刺激の強い報告書は社内公開できない、という事か。

 ()()()()()()()()()()()()からな。


「Bファイルも作成者は羽賀さんですか?」

「私と津島(つしま)監査役です」

「羽賀さんは専務秘書ですよね? なぜ調査に加わったのですか?」

「調査自体が、専務の命令に基づくからです。この会社には内部監査部門がありません。そこで私が指名され、監査役と共に調査しました。といっても実際に動いたのは私だけです。資産やデータの流出確認は経理課など他部門の協力を得て、異常なしとの結論に至りました」


 話を聞きながら、『ちゃんと監査的な調査してるじゃん』と俺は感じていた。

 だが、あの第一章の結論はさすがに歯切れが悪い。

 結局何も見つけてないのだから。

 

「赤石が内部通報で提出した証拠って、どんなものですか?」

「源田の肉声の録音記録です。企み事について誰かと会話している内容です」

「聞くことはできますか?」

「後ほどユーナがアクセスできるデータフォルダに転送しておきます。ただし再生は一度きり、聞きなおしはできません。書き留めるのは自由ですが」


「わかりました」

 これは意地悪ではなく会社としての仕組みなのだろう。これに限らず重要情報は閲覧や複製が厳しく制限されているに違いない。ファミルの技術情報(あるいは真相)を守る体制として。

「じゃあ最後に。源田の行動に不可解な点はありませんでしたか?」

「不可解……な点……ですか?」

 羽賀の口調が乱れた。


「そうです。報告書には『行動が不自然だ』とあります。これは行動の組み合わせが不合理だという事ですよね。私が知りたいのは単体として不可解な行動が無かったか?」

 不可解に感じた事について、彼女は報告書には書かないだろう。『不自然だ』は結論となるが、『不可解だ』は結論ではなく思考放棄に等しいからだ。

 でもそういう思いこそ、人は外に出したいもの。俺はそれに期待していた。


「そういえば二つあります」

 羽賀は少しもったいぶって、ゆっくりと言葉をつなぐ。

「一つ目は、業務補助ファミルを使用しなかった事です」


「業務補助ファミル?」

「ユーナと同じです。本社では1月リリースの半年前から、業務補助として、プロトタイプやそのコピー版ファミルを使用していました。原則的にマスターは管理職限定でしたが、ファミルのコーディネートを行うチームに限り、業務補助とデータフィードバックという目的もあって使用が許可されてました」

 半年前……、去年の7月頃からって事か?


「でも源田は使用していません。使用したならもっと隠密裏に非常権限IDプログラムを作る事ができたはずです。なので、源田擁護で解釈するなら、ファミル不使用は彼の潔白性を示す状況証拠とも言えます」

 彼女は源田をかばっているのだろうか?

 このロジックは源田寄りだ。

 プロトタイプのファミルを使えば、交流記録が残ってしまう。コピー版も同様だろう。つまり証拠が残るからこそ、源田はそれを避けたとも言える。


「他は?」

「佐野と赤石を除いて交流が異常に少ない事です。神田部長とも反りが合わず、ファミル設計一課では変わり者と思われていたようです。本社に異動する前、長野の技術開発部では人気者だったんですが……」

「源田を御存じなんですか?」

 この時点で、俺は猛烈な不安に襲われていた。


「私は専務秘書なので勤務地は長野です。源田は誰に対しても優しく、その人柄は技術開発部全員が知っています。本社で問題を起こした事自体、長野では驚きでした。だから専務が社内調査を命じたのです。でも私の調査は不完全だと専務はお考えです。これを完結させてほしいのです」

 不安が的中した。


 疑惑の渦中の人物調査を、その人物と懇意だった者が公正にできるわけがない。

 できたとしても、第三者がそれを信用できるわけがない。

 こんなの、不完全以前の話だ。


 羽賀は左手首を返して腕時計をチラリと見た。

「すみませんが、私はこの後別件がありますので……」


「判りました。後はBファイルを確認します」

 報告書を赤いファイルカバーに入れ、羽賀に返す。

 すると彼女は名刺大のカードを差し出した。

「何かあればここに。私のファミルの連絡先です。電話番号とID」


 見た目は名刺と同じだった。『専務秘書専属ファミル 織部(オリベ)』とある。

「電話すると、出るのはファミル?」

「そうです。賢い留守電みたいなものです。簡単な応対なら違和感なくできます」

羽賀はそう言うと、去り際に初めて笑顔を見せた。

 

 室長は俺に、協力的な人物には警戒するよう忠告していた。

その意味では、羽賀美紀に対して油断できないという感情がある。


 だが今のやり取りで感じたのは、俺以上に、彼女が俺を警戒しているという事だ。いろいろ伝えているようで、彼女は相当言葉を絞っている。最低限の情報しか言っていない。


 後姿を見送りながら、お尻は見ないようにしながら、次会うときには敵になっていないことを、ただ祈った。


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