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2日目#3 なぜユーナ?

「社内調査の件で八岐電産の経営監査室からお越しいただきました、強力な助っ人です……」

 御堂社長が簡単に俺を紹介し、その後、ご丁寧にも俺に対して幹部勢五名の紹介をしてくれた。

 男性四名は全員が取締役とのことだが、顔と役職は覚えきれなかった。

 ぽっちゃり小太り、白髪頭、黒ぶち眼鏡、ムンクの叫び、取りあえずは特徴だけ覚える。

 女性は専務秘書、羽賀美紀。これは覚えた。専務欠席のための代理だそうだ。


「ところで佐田山さん、サポート用ファミルは起動しましたか?」

 いきなりそれか!


 俺はしぶしぶ発言者に顔を向ける。

 真向いに座る、ぽっちゃり小太りの男だ。

「はい。昨日(さくじつ)からユーナをお借りしています」

 あまり突っ込まないでくれ、と願いながら答える。が、幹部勢の反応は別の方向へ向かった。


「ユーナ? 開発ナンバー25番の?」

 小太りが不思議そうな顔をする。

「ひょっとしてプロトタイプですかな? 稼動可能なビジネスファミルのリリースタイプでなく?」

 その隣の白髪頭も不思議そうな顔をした。

 言われてみれば、新製品のプロトタイプを部外者に貸すって変な話だ。俺の助手がリリース版で事足りるなら、プロトタイプにする必然性は無い。


 咳払いをして御堂社長が口を開いた。

「プロトタイプ使用は社内調査ゆえの配慮です。理由は二つあります。第一は佐田山さんの調査プロセスをデータベースに記録し、今後のファミル能力開発と、わが社の内部監査体制構築のためのリソースとしたいから。第二は特にユーナである理由ですが、これは白地のプロトタイプが、より望ましいからです」


 白地(しらじ)? 白紙状態って意味か?

 幹部数名の顔が曇っている。

 

「少し補足します」

 女性の声が割り込んだ。皆の視線が羽賀に向かう。

「ユーナを推奨したのはクイーンです。プロトタイプは社内でのテスト運用にあたり、マスターチェンジを繰り返しています。これによりプロトタイプは以前のマスターとの行動記憶を引きずって、現マスターとのコミュニケートに影響を及ぼすことがデータから明確になっています。佐田山氏がファミルを使用するにあたり、余計なノイズは避けねばなりません。そのため未使用のプロトタイプ、つまり白地であるユーナに白羽の矢が立ちました」


 クイーン?

 新たな疑問が生じるが、誰も何も言わない。

 この会社での公然の隠語なのだろう。どうせ調べればすぐに分かる事なので、余計な質問は避ける。


「羽賀さんの言う通りです」

 御堂社長が付け足す。

「マスターとの親和性でいえば、ビジネスファミルとして完成している『七緒(ななお)』のリリースタイプがベストですが、今回我々は交流記録を丸々いただきたい事情がある。それができるのはプロトタイプだけ。となると、白地のユーナを使用するしかないのです」

 幹部たちがうんうんと頷いている。


 なるほど、リリースタイプはマスターとファミルだけの関係性になるから、交流記録を回収できないという事らしい。俺も完全に理解できた。

 ただ、これはプロトタイプ使用の表の事情だ。 

 ユーナに何か仕込まれている可能性には、引き続き警戒する必要がある。


 その後は俺の調査に関する協力が御堂社長から指示され、会議は解散となった。

 ユーナの件があれだけで終わったことは肩透かしだったが、とりあえずはホッと胸を撫でおろす。


 だが同時に、幹部勢の危機感の乏しさも気になった。「何としても源田を見つけてくれ」的な事を言われるかと思っていたのだが、彼らにそんな切迫した雰囲気は無かったからだ。

 幹部たちが足早に退室する中、御堂社長と羽賀だけ、席に着いたまま残っていた。状況的に俺も立たず、二人の動きを待つ。


 羽賀美紀は俺より少し年下、30代前半の雰囲気で、冷たい印象の色白な肌をしていた。所帯じみた感じはなく、おそらく独身だろう。

 会議中ずっと俺を見ているのには気付いていたが、その目の印象は好奇の色も柔らかさも無く、むしろ監視カメラに近い。

「羽賀さんから佐田山さんに、専務からの言づてがあるそうです」

 御堂社長が告げた。


 専務から? 

「外部に調査依頼というのは専務の発案なのです」

 御堂社長はそれだけ伝えると、TV局へ向かうとの事で退室した。

 羽賀はその姿を目で送ってから席を立ち、ぽっちゃり小太りの座っていた席、俺の向いに腰を下ろす。


「源田の件に関する社内調査報告書です」

 赤いファイルカバーが差し出された。

 極太で黒く『最高機密3A』と刻まれている。

「いまここで目をお通しください。これは専務からの一時借用なので、再読はできません」

「承知しました」

 ファイルを手に取りながら質問を投げる。

「この内容は幹部勢のみなさんも……」

「いいえ」

 俺は顔を上げた。

「最高機密です。社長と専務、監査役と私しか知りません」

「じゃあ、幹部の方々はまったくご存じない?」

「機密レベルを下げたもう一方の報告書、通称Bファイル報告書が存在します。それは管理職なら誰でも閲覧可能なので、ユーナを通じて確認可能です」


 俺はファイルカバーから報告書を取り出す。どうやら羽賀は必要最低限しか話さないようだ。こちらも無駄口は止めたほうが無難だろう。

 だがその決意は早くも表紙で躓いた。作成者氏名欄に監査役の名が記されていたが、隣に羽賀美紀ともあったのだ。


「作成者が羽賀さんとありますが、内容について質問すれば、お答えいただけるということですか?」

「可能な範囲なら」

 冷たい返答だがこれは嬉しい。ツンデレ娘に恋をするとはこういう感覚なのか。そんな事を思いながら俺は表紙をめくった。報告書作成日は5月15日となっている。つい先日だ。


 第一章は『源田チームの受難に関する所見』とタイトルが付されていた。


 源田征士郎、佐野ゆり、および赤石一馬の三名は、システム開発部・ファミル設計一課に所属し、チームとしてリリースファミルの調整業務を協働していた。人間関係は良好であり、社歴における非行記録は皆無である。私生活での金銭問題も存在しない。


 源田がファミルシステム不正アクセス可能なIDプログラム作成を企て、佐野を巻き込んでそれを外部に流出しようと画策した事、および赤石がそれを内部通報窓口へ訴え出た事は、残された証拠から事実であると推測される。しかしながら社内における彼らの実績や評価、人間関係から考慮すると、これらの行動は極めて不自然であると断言できる。


 不正なIDプログラムを短期間で完成させる事は困難を極めるため、着手には相当の覚悟が必要となる。しかし、源田にこれほどの決意を促す動機は見当たらない。加えて赤石の行動にも不可解な点がある。内部通報の連絡先は監査役であり、通報内容は結果の如何を問わず法に基づいた社内公的記録となる。赤石が本気で源田の非行阻止を試みるならば、社長か専務へ直訴したほうが迅速かつ秘密裡な対応が可能であり、内部通報に頼るより現実的であった。実際、赤石は後になって撤回しており、そもそもの通報を悔いる口述をしている。


 彼らの行為の結末が、失踪、病死、突然死となっている点は非日常性の濃いものであり、事件経緯に隠された意図があることを思わせる。しかし調査結果としては害意を示す明らかな物的証拠を発見できていない。

 わが社に対する悪意が、源田を巻き込み佐野と赤石の命を奪ったと想定する事こそが、事件全貌に対する合理的解釈であると状況証拠は物語るが、決定的な物的証拠は存在しない。

 事実として明言できるのは以上である。



 第一章はそこで終わっていた。第二章は三名の経歴が紹介され、今までの貢献度合いから会社を裏切る道理に乏しいと結ばれている。第三章は内部通報に関する要約と経緯説明だ。

 正直な感想を言えば、あまり参考になる情報は書かれていなかった。



改訂履歴

2020.5.17. 羽賀美紀の氏名表記ゆらぎ補正、他

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