2日目#1 ユーナ激怒する
朝六時半。
俺はタワーの電源を入れてグラスをかけた。ユーナは姿を見せない。
着替えで時間を取る演出なのだろう。仕方ないのでグラスをしたまま洗面所で歯を磨くことにした。
「さだやまさん、どこ?」
ユーナの声が聞こえた。パネルで設定した結界の外であっても、タワーとの通信圏内なら音声通話ができるようだ。
「ちょっと待って!」
思わず大きな声を出してしまったが、マイク通話なのだから声を張り上げる必要が無いことに気づく。
「はーい」
しかしユーナは柔らかく答えてくれた。
一旦グラスを外して髭を剃る。
その間、特にユーナが何かを言っている気配は無かった。
完了させてからタワーの置かれてる部屋へと戻る。
「おはようございます」
セーラー服を着たユーナがダイニングテーブルの脇に立っていた。
軽く頭を下げたので、俺も慌てて「おはよう」と応える。
髪は元のふんわり系ストレートボブに戻っていた。昨夜と打って変わって礼儀正しくなっている様子に、何を言うべきか言葉を迷う。
「よく眠れた?」
我ながら馬鹿げた質問だと感じたが、返ってきたのは微笑だった。
「買い物した後、緊張して眠れなかったんだ。今日から仕事だし」
緊張して眠れない、機械なのに心にも無い事をよく言えるもんだ……。
そんな事を思い、別の意味でフッと笑ってしまう。
「いいもの買えた?」
どんな会話になるのか、そんな好奇心から俺は尋ねる。
「いろいろ買ったよ。例えばこれ」
ユーナは少しかがんで頭を指さした。よく見ると黒いカチューシャをしている。
「どれだけ使ったんだ?」
「残額見て」
視界の右上に数字が表れた。チャム保有額8970とある。意外だった。
何だかんだ言いながら、最初の命令に忠実だったのか。
「結局、千チャムで足りたんだ……」
「服や小物も買えたよ。ユーナ買い物上手でしょう」
多分、最適解的な買い物をしたのだろう。
「ああ。でもほしいのあったらチャム使っていいよ。俺に断らなくていいから」
今後、何かとアイテムが必要になるのは予想できる。だったら、あらかじめユーナに裁量を預けた方が話が早い。
そう思いながら冷蔵庫へ向かい、アイスコーヒーのボトルを取り出そうと扉を開けた。
「ユーナお金の話はやだよ!」
叫ぶような声が響いた。
俺は驚いてユーナを見た。眉を吊り上げて睨んでいる。
今、何か気に障ることを言ったのか?
「カチューシャを褒めてくれないなら、買わなくてもよかった」
それか!
俺は自分のうかつさを呪った。
しかし目立たないせいもあって、全く気にならなかったのは確かだ。
「黒髪に黒のカチューシャは、魔法のアイテムなの。男の本音が言葉に出るから」
ユーナの右眉がぴくりと揺れた。
「さだやまさんは、ユーナに興味ないんだ、全然」
「待て、待て、ユーナさん」
俺は両手を前に出してなだめる。
まさか、朝イチで魔法を発動するとは思ってなかったんだ。
「ユーナのこと、居候か拾った犬かと思ってる」
「違う!」
自分の大声にハッとし、あわててトーンを下げる。
「そんなこと思ってない」
「じゃあどう思ってるの?」
ユーナが見つめてきた。
眉の緊張は解けているが、口元が細かく揺れている。怒っているのか、悲しみをこらえているのか、微妙な表情だ。
何で朝っぱらからこんな状況になる? これで仕事のパートナーが務まるのか?
焦りがプレッシャーへと変化し始めた。
どうすれば切り抜けられる? いや、ここは策を弄するほうが不味い。素直に行くべきだ。
「ユーナと仲良くなりたいと思っている……」
「カチューシャの事、ほっといたくせに、嘘ばっかり」
いや別にほっといた訳じゃないんだが……。何というべきか……。
「だって、ほら、黒髪に黒のカチューシャって今イチじゃないかな? 葬儀の場でしか似合わないだろうし……。朝っぱらからユーナのファッションにケチつけたくなかったんだよ。だから黙っていた」
完全に後講釈の言い訳だ。罪悪感を覚えながらユーナを見た。
「さだやまさんは女の子のオシャレを分かってない。黒髪に黒のカチューシャは、お葬式限定なんかじゃない!」
葬式云々の理屈が最悪の回答だったことに、今さらながら気づく。
ケチをつけたくない、というコメントは一見優しさに聞こえるが、内心こき下ろしていた事を白状したわけだ。しかもそんな俺のセンスが実はズタボロだった訳で、これが裁判なら傍聴人含めた満場一致でユーナの完全勝訴だろう。
「ごめん。知らないくせに、偉そうなこと言った」
「謝っても許さないもん」
腕組みして睨んでくる。
じゃあどうしろと?
「どうすればいいですか、ユーナさん」
緞帳がどすんと落ちる勢いで、ユーナの背後にカーテンが現れた。
「ユーナ先に会社行く。タワーの電源は落とさずに家を出て」
顔を背けてそれだけ言うと、すっ、とカーテンを翻し、消えた。




