初日#14 ユーナは可愛い服がほしい
「お待たせー」
明るい声に思わず振り向く。
セーラー服姿のユーナが、スカートに左手を添えて立っていた。俺を見てくるりと回って見せる。さっきまでのボブヘアは一つ結びで後ろにまとめられ、少しだけ賢そうな印象に変わっていた。
「どうして黙ってるの?」
俺の反応が鈍いせいか、顔つきが険しくなる。
「お、遅かったなと思って」
「遅くないよ。女の子の着替えってこんなもんだよ? 髪だって結ったんだよ。着替えが一瞬だったら『あーやっぱファミルは偽物だ』ってなるじゃん。リアリティを損ねる事は避けてるんだ」
「あ、ああ、そうか」
「でさ、お願いがあるんだけどー」
生意気にも両手を合わせ、科を作るように身体を斜めに傾けている。
「何?」
「服もっと欲しいよ。アクセサリーとか、バッグも必要でしょ。学生鞄も手帳も無いんだよ。だいたい女子高生ファミルって設定なのに、デフォルトでアイテム全然ないって。……ひどくない? かわいい服や持ち物一式欲しいんだけどなあ」
「え? あのカタログみて選べってか?」
相手がファミルであることも忘れ、俺は素っ頓狂な声を上げていた。
「選ぶ時間が無いんだったら、ユーナ自分で選んで買っておくよ。使っていいチャムの上限で抑えるから」
「買いに行ってる間、また消えるんだろ?」
「んーん、今買わない。深夜零時から朝六時まではファミルは投影されないんだ。だからその時間帯に買っとく」
「じゃあ好きにしていいよ、好きなの買っていいから……」
「上限は、いかほどですか?」
チャムは無くなると課金する仕組みなのだろう。無駄遣いは控えた方がいい。
「千だ」
俺は人差し指を立ててユーナに示す。
「え”ー!」
濁点つきの『え』が響いた。
「しわいよそれ! 男気ないなあ、まるで無い。千チャムってさあ、日本円で一万円ですよ。一万円。召喚されたばっかで何も持ってないのに。ひどいよ。あんまりだよ。こんなのってないよ!」
ユーナは眉間にしわを寄せて人差し指を立てて見せた。
なぜ俺と同じポーズになる?
「だいたいさあ……」
立てた人差し指を引っ込め、胸元で腕を組むユーナ。
「女の子が一万円でどれだけ服や小物買えるか、ご理解されてます? そりゃファミルの世界は物価安いよ。けど、それでもぜんぜん少ないよう。それにさあ、どや顔で『千だ』ってさあ、湯婆婆かよこん畜生って感じだし。悲しいなあ。可愛いのいろいろ買って、さだやまさんを楽しませたいのになあ」
「じゃあ一万全部つかっていい!」
ムキになって俺も答える。
まったく大した課金システムだよ。ファミルにアイテムねだらせて課金させよって腹かい。そりゃ端末価格安く抑えても余裕で回収できるわな!
と、心の中で悪態をつく。
どうせ借りた端末だし、一万使い果たしたら一切購入しないだけだし、知るか。
「ほ、ほんとう?」
心を読めないユーナは明るい声を張り上げる。
「ほんとうだ」
「わーい。さだやまさんかっこいい! ギガマックス男気~」
ユーナは両肘を振り、踊るような動きを見せている。
うん。やはりこのあたりはAIだな。裏読み能力がまるでない。
「じゃあ俺、そろそろ飯にするから、一旦電源切っていいか?」
少し会話に疲れた俺は、飯時だけでも一人に戻ることにした。
「えー? 一緒に食べようよ。一人飯はさびしいよぉ?」
ユーナは踊りをピタリと止め、腰をかがめてのぞき込む。
「一緒に食うって、俺はリアルに食うんだって。きみの前にご飯を置いたらお供えしてるみたいで変だろ」
「ユーナ、リアル飯は食べないよ。自分の分は自分で出して食べるから」
またにんまりを笑みを浮かべた。
その笑顔に反比例して俺の疲労感が募る。なぜくららさんじゃないのか?
会ったことのない神田部長が、少しだけ羨ましくなった。
夕飯はレトルトのカレーだ。
俺は自分の分を器に盛り付けてダイニングテーブルに置く。
ユーナは俺の向かい、ブルーパネルを置いた椅子に腰かけている。
テーブルが障害物としてちゃんと認識されており、陰となる部分は投影されていない。違和感なくテーブルについている。
「さだやまさんがこれから食べる夕食は、何ですか?」
お祈りするかのように両手を組んで、上目遣いで聞いてきた。
「カレーライスだ」
座りながら答える。
「カレーライスが好きなの?」
「好きだ」
問答を避けるため、オウム返しに肯定する。
「よーし、っと」
ユーナは少しだけ微笑むと静かに目を閉じた。そして組んでいた両手をほどき、炎に手をかざすように宙に浮かせる。少し間を置いた後、両手が挟む空間を見つめ、おもむろに口を開いた。
「ウィッチレット・ユーナの名において命ずる。暗黒に閉じられし時空の狭間より、我がもとへ参れ、超グレートなカレーライスよ!」
続けて何やらパリポレパリラ的なパ行系の言語を発した。よく聞き取れない。呪文のつもりなのか?
その直後、ユーナの両手の間にピンポン玉ほどの小さな黒い球体が現れた。
両手の間隔を広げるのに合わせて球体は膨らみ、スイカほどの大きさになると次にゆっくり下がり始めた。球体はテーブルに触れてなお沈んでいき、半球状となって止まる。
「開け!」
ユーナが軽く叫ぶ。
半球が白く光り、煙となって霧散した。
煙が消えるとカレーライスが現れていた。
もちろん映像なのだが、この演出には正直驚かされた。しかも無駄にゴージャスなのだ。
濃紺のマットが敷かれ、その上には金で縁取りされた白磁の皿。つややかなライスが平盛りされ、らっきょうと茶色い福神漬けが添えられている。皿の横には魔法のランプのような金色のソースポットが光り輝き、その中には肉の塊をゴロゴロ浮かべたダークブラウンのカレー。高級ホテルでしかお目にかかれない代物で、ランチ時に行っても1500円、下手すりゃ2000円するかもしれない。
うまそうな湯気が立ち上り、香りまで漂う錯覚をおぼえる。
「さあ、食べよう、いっただっきまーす。おいしそう~」
ユーナがキラキラと光をはじくスプーンを手にしている。プラチナ製か?
俺は手元のカレーを見た。パン祭りでゲットしたサラダボウルを器に、ぼてっとセンス無く盛り付けた飯、そしてその上に、これまたセンス無くぶっかけたレトルトカレー、ごろごろ顔を出しているのは肉ではなくニンジン、スプーンはすすけたステンレス。
二つのカレーを見比べて、俺は自分が不憫になった。
一口を運び、「それ、おいしいか?」とユーナに尋ねる。
「超おいしい。マジ最高! こんなのってないよ、ってくらい」
満面の笑顔だが、俺は軽いムカつきをおぼえていた。
「よかったな」
自分のカレーを味わってみるが、あまりおいしくない。いつもは美味いのだが。
「あれれ、声が変だよ? 元気ないの?」
「きみが魔法少女なことに驚いただけ」
二口めを口に入れる。
「そうかなあ。絶対元気ないよ。食事時に元気なくなるっておかしくない?」
顔を上げると、ユーナがスプーンを置いて俺を凝視していた。
ただ、その表情は俺を問い詰めるというのではなく、何か心配しているようにも思えた。
ユーナの性格はしつこい系かもしれない。ここは正直に話したほうが時間を節約できそうだ。
「きみのカレーが豪華で、自分のカレーがしょぼい。だから悲しいんだ」
答えたがいいが、すぐに自分が情けなく思えてきた。室長なら、豪華なカレーを茶化しながらでもしょぼいカレーを楽しむだろう。
「さだやまさん、悲しいの……?」
申し訳なさそうな声が耳に届いた。
「もしかして、ユーナの出したカレー、気に入らなかった?」
そうではないが、心の微妙なニュアンスを説明する言葉が見つからない。
「……気に入らない」
悪いと思いながらも冷たい言葉を返す。
「そうかあ。ごめんなさい。じゃあユーナのカレー、消すね?」
「いや待て、消さなくていい。それはきみの分だから」
慌てて首と手を振る。
「俺の事は気にしないでいいから」
自分が勝手にすねていた事を後悔しつつ、ユーナを見た。
「ありがとう。優しいね」
小首を傾け、ユーナが再び笑顔を見せた。
「じゃあ次から、さだやまさんの食事を写真撮ってユーナに送ってよ。それでユーナ、さだやまさんと全く同じ料理出すから」
「スマホで写真撮るのか?」
「違う違う。グラスで撮れるよ。グラスの真ん中には超小型カメラがあってね、テンプルのボタンを長押しじゃなくて、軽く押すと見ている風景が撮影できるの。自動的にユーナと共有できるから、今撮った料理を食べようって言ってくれれば、ユーナそれ出して食べるよ。料理が同じなら楽しく食事できるでしょ?」
ユーナは笑っていた。その表情は本当に俺を気遣っているように思えた。
「ありがとう。ユーナは優しいんだな」
「へへ。その言葉大好き。ファミルは『ありがとう』と『優しい』が好き」
そのあとはユーナと魔法の事を話しながらカレーを食べた。魔法を使えるファミルはユーナだけで、秘密の能力らしい。一日一回、特別な力を使うことができると自慢していた。他愛もない話だったが肩ひじ張らずに話すことができ、おかげで食事を終えるころにはユーナと少しは打ち解けた気がしていた。
食器を片付けた後、話題を思いつかずユーナとの間が持たないと感じた俺は、電源を切っていいか尋ねてみた。
「シャットダウンする、って言ってくれれば自動で電源落ちるよ。明日はタワーの電源入れてくれたらユーナ起きるから。それとグラスはタワーで充電できるから、接続忘れないでね」
まだ話そうよ、などと駄々をこねるかと思っていたが、ユーナはあっさりとシャットダウンの方法を教えてくれた。俺は言われた通りに宣言する。
ユーナの背後で光の粒が滝のように流れ、先ほどのカーテンを作り出した。
「じゃあ、おやすみなさい」
ユーナは椅子を立つとカーテンの向こうへ消えていった。
しばらくして『シャットダウンします』という表示が視界に現れ、やがてカーテンも消えた。
ユーナの受け答えは当意即妙だ。それに加え、話に合わせての論理的な主張までやってのけた。スマートスピーカーのような従来型チャットボットでは到底無理な機能だ。やはり人が補助しているのか? だとしても、召喚されてから今に至るまで、会話のどこで補助に入れただろう? 会話の途切れや不自然な返答はまったく無かった。
最初は扱いに困ったが、今、ユーナに対して悪い気はしない。
ファミルに対しては警戒心よりも、それ以上の好奇心が立ち上がるのを俺は感じていた。
改訂履歴
2020.5.9. 誤字修正 ユーナのセリフ
「チャムの上限で押さえるから」⇒「チャムの上限で抑えるから」
2020.7.22. 改行修正。カレーのやり取りで佐田山の心理描写少し補強。




