初日#13 FAMiR”ユーナ”目覚める
「こんにちは。ユーナです」
はっきりした声音が耳をくすぐった。
ユーナは両腕を真上に挙げ、次いで左右に広げて上半身を伸ばし、不思議そうな表情でまわりをきょろきょろ見回す。
前髪をそろえた黒髪が、柔らかく揺れた。
肩に触れない程度のふんわりボブの髪型が似合っている。
幼さの残る丸い顔立ちには、くりくりした瞳が輝く。とびきりの美人ではないが、そこそこ可愛い。クラスにいれば、男子連中は十分気になる存在だろう。
「ここがあなたの部屋? 素敵なところでよかった。じゃあ、結界設定してくれますか? ユーナ立ちたいから」
「結界?」
しょっぱなの会話から難解言語を繰り出された俺は面食らってしまい、少し大きな声になる。
だがそれに反応して、ユーナが力強く頷いた。
「そう! キットの中に、パネルがあるんだけど、それにスイッチがあるの! わかるかな?」
「わかるよ。これだろ」
パネルなら話が早い。
やる事が予想できた俺はパネルをアクティブ設定にした。
「すごーい。理解早い。ユーナちょっぴり感動した」
そう言って両手をたたく。耳元に拍手が可愛らしく届いた。
「あのね、白いのを三枚、スイッチ入れて、白いほうを向けて、あなたが見えるように床に置いて。できるだけ大きい三角形をつくって」
基準平面パネルだ。
俺は三枚取り、アクティブにしてから部屋の三方に設置した。
「置いたよ?」
ユーナに告げたが彼女は黙っている。
同期を始めるとか言い出すと思ったのだが……。
「ありがとう!」
少しの間の後、彼女が声を発した。
何も言わずに同期していたようだ。
「床平面を認識できたよ。ここは靴を脱ぐところですか?」
続けての質問に、俺は「そうだ」と答える。
「わかりました。ここでは靴を履かないね。さて、これで床に立てるっと」
ピョンと、ユーナは床に降り立った。
「次に結界面を設定してほしいな」
ユーナは次々に指示を繰り出す。
結界とはユーナ独自の表現で、行動範囲を定めるものだ。
御堂社長のレクチャーがあったので、指示に迷うことなく設定を終えられた。
最後に青いパネル一枚が残った。
御堂社長からは聞いていなかったが、ユーナの座る椅子に置くものだった。
ソファの上に置くと、ユーナが実際に腰を降ろして見せた。
「違和感ない。本当に座っているみたいだ」
「床に置いたら正座もできるよ。置いた場所に合わせて、座り方を変えるから」
ソファで上半身を揺らせながらユーナが告げる。
おそらく、基準平面パネルと青いパネルとの高低差を認識し、違和感ない姿勢をとるのだろう。
「なるほどね。……で、備品の設置を終えたら、次は何をするんだ?」
「あなたは何をしたいの?」
にこっと微笑んで顔を傾けた仕草に、俺はどきりとした。
慌てて咳払いをする。
「じゃあ、ユーナのこと、自己紹介してくれる?」
「いいよ」
そう答えて跳ねるように立ち上がると、俺を真似たのか軽く咳払いをした。
「女子高生ファミルのユーナです。17歳。誕生日は3月10日で牡羊座。裏ジョブは魔法少女。仲良しファミルはカオリちゃん。満員電車が大嫌いで、うさぎと、ウニと、リンゴが大好き。以上!」
「あ、そう……」
何だこの自己紹介。困惑と混乱に俺は包まれた。カオリちゃんとか知らんし。
返す言葉が見当たらない。
「あなたも自己紹介してよ」
「お、俺?」
いきなり無茶ぶりされた気分になる。性格的に室長と同じタイプかもしれない。内心焦りながら、言葉を探す。ユーナに警戒しろとの忠告を一瞬だけ思い出すが、今は心に余裕が無い。
「佐田山隆司、35歳、独身サラリーマン、誕生日は12月26日。満員電車が嫌いで……鰻と、蟹と、ナシゴレンが好き。以上」
「何それ?」
ユーナがあからさまに眉をひそめる。
「全ッ然、おもしろくないよ。私のパクってるし」
パクったつもりは無かったが、韻を踏んだつもりは有った。
それはそうと、12月26日についてクリスマスの次の日ねーとか、何かリアクションが欲しい所だった。意外と冷たい。
「自己紹介やり直してほしいなあ。初めてなのに、あんまりだよ。こんなのって、ないよ!」
ユーナの不満げな表情は緩まない。
やり直すと泥沼になる可能性もある。むしろそんな予感しかしない。
「ごめん、面白いの考えとく。次回言い直すから」
何とか取り繕ってみる。
眉をつり気味に、黙り込むユーナ。
こちらも沈黙することにしてみた。言い合いになるのは避けたい。
「……わかったよ。で、次はユーナと何したいの?」
しばらくして、ユーナが口を開いてくれた。
ふう。
俺は胸をなでおろす。
だが自己紹介で勝ったとAI的に判断したのか、彼女の態度がでかくなっている気がした。右手を腰に当てて左手でファイティングポーズ、仁王立ちのような構えを見せている。
機嫌取るのも面倒くさくなった俺は、本題に入ることにした。
「実は任務があるんだ。俺たち二人は、とある任務のために選ばれた」
「とある任務? 何それ? おもしろそう」
ユーナが仁王立ちをほどき、女の子っぽく左右の手を胸の高さで組んだ。
お、食いついた。
「ファミルシステムに危機が迫っている。きみの会社に行って手掛かりを探す」
具体性ゼロの言い回しだが、ユーナはそこには気を留めない。
「わたしの会社? ファミルシステムズの事? ファミルシステムとファミルシステムズは別物だよ? おわかり?」
それは知ってるよ。
説明しようとモゴモゴしているうちに、ユーナが続けて口を開く。
「ファミルシステムはファミルを管理するネットワークシステムの事で、ファミルシステムズはシステム運営会社の事」
「そう、そうだね、ユーナは賢いね」
面倒になってきたので適当に相槌を打つ。
「それで、ユーナとさだやまさんと、二人でファミルシステムズに行くの?」
「うん、明日から」
「畏まりました!」
そう言うと『気を付け』の姿勢を取り、右手で敬礼のポーズを見せた。だがすぐ敬礼が解ける。表情も暗い感じになった。
「でもユーナ、手帳とか持ってない。服もないよ。服買ってほしいな。会社行くのに、こんなかっこじゃ恥ずかしいよぉ」
また急に話題が変わった。作務衣っぽい白い裾をバタバタと揺らせ、幼稚園児のように身体をクネクネ揺すっている。
服のバージョンって、初期値では一着なのだろうか?
「どうすれば、服が買えるのかな?」
「カタログよ、出てこい!」
ユーナが右手を下から上に振ると、俺の目の前に3×3のスクエアでパネルが表示された。一枚一枚に衣装が表示されている。右下に1/99と表示があった。
「どれ買ってくれる?」
パネルの図柄はワンピースだったりシャツとスカートの組み合わせだったりと、どれも上下一式セットだ。靴も含まれている。99ページという事は、891種類も衣装アイテムがあるという事か……?
「とりあえず、真ん中の半袖セーラー服かな? 女子高生ファミルだし」
安直すぎるチョイスに悲しくなるが、こんなの悩んでも詮無い話だ。そもそも、少女用衣装を吟味する行為に違和感と背徳感がある。これでいい。
「ありがとう。これ30チャムするけど、買ってくれるのね」
「チャム?」
「ファミルシステムの通貨。さだやまさんは……」
ユーナが顔を天井に向けた。その先、俺の視界の右上に数字が表示される。
「うお、初期値は1万チャムだ。かーねもちい。全然平気だね」
真ん中のパネルが暗転し、ユーナの手にセーラー服やソックス類が載っかかる。同時に、彼女の隣に白いカーテンが現れた。
「着替えてくるね」
言うが早いか、すぐ隣に現れたカーテンを翻し、彼女は消えた。
カーテンだけが揺れる。
ユーナは戻らない。
俺はグラスを外した。カーテンのある場所にはもちろん何も無い。
グラスを再び掛ける。カーテンの揺れは収まっていた。首を動かして部屋を見回すが、ユーナの姿は無い。
「まだ?」
一分ほどがたち、我慢できずになって声を出してしまった。
返答が無い。
さらに一分、俺は待ったが変化なし。
カーテンに手を伸ばす。当たり前だが、それを掴む事は出来ない。
スカスカと手は空気を掴む。
「ユーナ?」
返事が無い。もしや初期不良だろうか?
俺は箱を取ろうとカーテンに背を向けた。
コールセンターか何か、連絡先を求めてだ。
改訂履歴
2020.7.22. ユーナコメント若干の修正。改行修正。




