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初日#11 ユーナお持ち帰り♡ どころじゃない! 

 室長と御堂社長が顔を合わせ、二人そろってこちらを見た。

 室長が眉根をひそめている。

「何言ってんだ、おまえ? 脳みそ中学生か?」

 冷たい声が投げられた。


 だって御堂社長が暴走とか反乱とか言ったし。

 混乱した俺は何も答えられず、発言の当人である御堂社長を見る。


「すみません、私が変なこと言いましたね。要するに、システム自らが管理者IDを拒絶し、独自でデータを書き換える、そういう事態を想定しています」

「しかし御堂さん、マジでそういうのを考えているの? ターミネーターのスカイネットみたいなシステムの暴走……」

「可能性は零ではありません。例えばファミルには『人間と友達になる』というテーゼが与えられています。これをつきつめればユーザーにシステム内通貨をばらまいたり、勝手に自分の能力を書き換えたり、通常のインターネット回線に出しゃばって行ったりということも有り得ます」


「そんなことができるAIなの?」

 室長の顔には猜疑心がありありと浮かぶ。

()()()()()()()()()。しかしファミルに搭載される自律学習型AIの可能性は未知数です。ファミルの端末が増えるほど、彼らは双方向で学習(ディープラーニング)を重ねます。まったくできっこないと言い切る事はできないでしょう」


 室長の表情が硬くなっていた。

「で、非常権限IDに対する、反論意見の内容は?」

「管理者IDはマルチ化されていて、普段使うのはAだとしても同格の予備IDであるBやCがあるのです。仮にAが盗まれた場合、Bを立ち上げてAを無効化することができます。だから管理者IDの上位IDを設ける必要は無い」


「いや、それはどうかな?」

 室長が意地悪そうな光を目に宿らせる。


「盗んだ者が他の同格IDすべてを知っている場合、先に無効化される可能性があるのでは?」

「同格IDは分散管理されてますので全部を知り得るのは無理があるとは思いますが、仮にそうなった場合は最後の手段、すなわちメインサーバーの電源を落として完全停止させ、新IDとパスワードを再設定し、旧IDを無効化するしかありません。その後再起動すれば復活できますが、その間のファミル運営は完全に機能が止まるので、ユーザーには多大な迷惑をかけてしまいます」

 室長が黙って頷いた。

 反論を諦めたのではなく、納得した表情になっていた。


 これだけの事を想定している以上、同格IDの分散管理は鉄壁だろう。

「では暴走についての反論は?」

 室長の声音には、議論を吹っ掛ける雰囲気が消えていた。

「二点ありました。その一、常時監視で異変に気付けば阻止できる。その二、AIスペック的に暴走などありえない」


「それは論理的に正しいのですか?」

 なんとか俺も質問に食い込む。

「微妙ですね。その一は楽観論ですが可能でしょう。ただ、その二は神田さんでなければ分かりやすい説明ができません」

 説明が長くなるからなのか、暴走の件ははぐらかされた。しかし御堂社長はほんの少し前に、搭載されるAIの可能性は未知数と言っている。彼としては暴走リスクに一抹の不安があるのかもしれない。ありえないと言い切る神田部長はその根拠を持っているということなのか。


「会議の中では反対が多数派だったわけだ」

「最初から明確に反対を表明したのは神田さんだけでしたが、反対意見への反論がなく、結果的に反対多数となりました。今となっては、私も特に賛成したいとは思いません」

 御堂社長は一息つくように両肩を下げた。

 どうやら話が終わったようだ。


「明日は午前九時に、御堂社長をお訪ねすればよろしいですか?」

 切り上げ時だろう。俺は話の締めにかかった。

「申し訳ないですが、実は明日、十時からTV局にて撮影があるのです。朝イチはお相手いたしますが、その後は笹尾と神田が対応します。データベースの使い方は笹尾から、三人の情報やシステム運営の件は神田から聞いてください」

 仕事の話になったからか、神田部長に対する「さん付け」が外れた。


「ほう、TVですか。華やかですなあ」

 室長は訪問時と同じ社交辞令で明るく応えている。

「無料でファミルの宣伝ができるのでこちらは願ったりです。放送は今週末、土曜日です」

「見逃さないよう注意しますよ」

 これは社交辞令ではない。室長は報道案件のチェックを怠らない人なのだ。

 

 ファミルシステムズを後にした。

 今日はこれで直帰だ。月曜からの直帰は嬉しい。傾きはじめた5月の西日が頬にチリチリと痛いが、さほど気にならないくらいだ。

 駅に向かう道を歩きながら、早いとこ帰ってユーナちゃんを立ち上げようと、俺は緊張をほぐしにかかっていた。

 そこを室長に襲われる。


「御堂社長は言わなかったが、あの会社、去年の暮れに管理職が自殺したんだよ」

 背筋にぞわわっと震えが走った。


「自殺? 原因は過重労働ですか?」

 恐る恐る室長に目を向ける。


「いや、詳しくは判らん。だが社員数が百人程度のベンチャー企業だぞ? この半年で三人が急死するというのは尋常ではない」 

 確かに偶然で済ますには無理がある。目線が地面に落ちた。


「他にも悪い噂はある。長野市内に技術開発部門があるんだが、専務取締役がそこに引き籠り、あまり大崎本社と交流してないらしい」

「仲が悪いんですか?」

「それも判らん。ただ技術者としては相当優秀で、ファミルの基幹システムやCGデザインの関連特許は専務の手によるものだそうだ。……この状況、お前ならどう思う?」


 西日が痛くなりだした。

「背景にあるのは役員同士の確執かもしれません。三人はそれに巻き込まれた?」

 答えながらチラリと室長を見る。

 

「それは俺も感じる。ファミルシステムズは母体だったCG制作会社の社長と三年前に揉め事を起こして独立したって話もある。そんな会社が利益もロクに出てないうちから、独立後数年で社員を3倍以上に増やしたんだ。この手のベンチャーで、不祥事を起こした事例は枚挙にいとまがない。出資企業から役員出向を受けたり中途入社が大勢いたりして社内の利害関係も錯綜している。確執とやらが詐欺まがいの邪悪な思惑絡みで、良からぬ策謀が動いている可能性はあるな」


 室長は他人事のように話すが、もはや俺は「当事者」の側なのだ。

 やはり「室長に嵌められた」な。

 ユーナへの期待が急速にしぼんでいく。できればそんな陰謀にはかかわらず、美少女ファミルと楽しい毎日を過ごしてみたい。


「でも室長。……上層部に投資詐欺師がいて、源田や赤石はその秘密を知ったため消された、という仮説が立つにしても、それが事実ならウチに調査を頼む目的が見えません。真相を暴かれるリスクを負うだけです」

 希望的観測が俺の口をついた。


「そうか?」

 室長が冷めた目つきになった。


「俺が詐欺師ならお前を上手く誘導する。あらかじめ用意したシナリオで偽の証拠を握らせ、『源田がファミルに致命的打撃を与えて逃げた』と言わせる。これは外から来た人間が言う所に価値がある。ビジネスファミルのリリースを延期する口実ができるからな。つまり詐欺師にとっては時間稼ぎになる。ユーナとやらがインチキAIなら、それこそ誘導装置としてうってつけだ」


 そういわれるとその通りだ。

 俺はキットが入る手提げ袋を見た。


「今後は妙に協力的な人物には気を付けろ。もちろんユーナもな。根本的なお前の任務はAIの真実だ。ファミルがまがいものだと判ったら失踪事件は放置して引き揚げていい」

「承知しました」

 俺は歩きながら頭を下げた。

改訂履歴

2020.7.22. 室長コメント修正

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