初日#10 ユーナとの引き合わせ
「どうか助けてほしいのです。三人は何をしていたのか、源田はどこなのか、非常権限IDを発動させるプログラムはあるのか、それとも無いのか。一度は社内調査をしました。でも内部監査部門のような調査のプロがいないため、有効な手掛かりを掴めてません……」
御堂社長は一気にまくしたてる。
先ほどまでのファミルプレゼンターとは、まるで別人だ。混乱している様子がうかがえた。
色々語ったが、この件はもっとシンプルに表現できる。スタッフやIDは構成要素にすぎない。
場の空気を鎮静化するためには、要約を言うべきだ。
しかし俺より先に室長が口を開いていた。
「問題事象をまとめると、『御社は脅威にさらされているのか否か、脅威が存在するならそれは何か』ということです。そのカギを握るのは源田征士郎」
「はい……」
御堂社長が室長を凝視した。
「依頼事につきましては、もちろん引き受けるつもりです。ご安心ください」
なだめるように、外向けの柔らかい笑顔を室長は浮かべていた。
「佐田山はリクエスト通りの人材だと自負しております。我々の監査部門には三年ほど在籍していました。昨年異動しましたが、エース級だった者です。加えて35歳でいまだ独身、一人暮らしで彼女もいない」
言おうとした「まとめ」を言われてしまったのは悔しいが、褒められたので内心嬉しいものがあった。
だけど最後の情報は蛇足だ。彼女いなくて悪かったな。
「佐田山さん、ぜひお願いします」
御堂社長が再び頭を下げる。
「あ、……はい、でもあの、これ、監査スタイルで調べるんですよね? ……室長と私とで、ですか?」
御堂社長には愛想笑いを浮かべつつ、室長にはダメ元で問いかけてみる。
予想通り、その返答は冷たかった。
「何言ってるんだ、本社の監査チーム抱えているんだぞ。俺ができるわけない」
「私一人で監査ですか? 普通は二人ペアです。データとか膨大な量でしょうし、源田さんの居場所といわれてもまるで見当が……」
自分の声が上滑りしている。それが判るだけ、余計につらい。
「その点はご安心ください。佐田山さんのパートナーとして、強力なスタッフをお付けします。部下同然にコキつかっていただいて構いません」
御堂社長の声色が戻っていた。いつの間にかスマホを取り出し、何やら指示している。
少ししてノックがあり、笹尾みのりが入ってきた。
「ありがとう、とりあえずそこに置いて」
御堂社長の指示で俺の前に段ボールの白い紙箱が縦置きされる。日本酒の桐箱といった大きさだ。
もちろん酒の箱ではない。『ファミルシステム ビジネスキット』とある。
「あの、もしやこれは?」
分かってて聞く俺。
「第二期発売のオフィス仕様、量産先行品です。グラスとタワー端末、パネル等が一式入っています。どうぞ、お使いください」
箱に向けて右手を差し出す御堂社長。
「使う? 私が?」
くららさんみたいなファミルを使えるの?
去ったはずの熱気が、再び俺にまとわりつきだした。
「こちらのキットはリリース仕様ですが、ご使用いただくファミルはプロトタイプです。すでにファミルIDは登録済で、わが社のデータベースにアクセスできる調整となっています」
「では明日から、佐田山がこちらで使うという事ですか?」
室長の問いに、御堂社長は笑顔を返した。
「できれは明日からお願いしたいと思います。キットはお持ち帰りいただいて、ご自宅でファミルを起動し、仲良くなってください。明日はファミルとともにご来社願います。といっても持参いただくのはグラスだけで、タワーは自宅に置いてかまいません。仕事場となる会議室のタワー使用許可を済ませておりますので、あらためて明日、ファミルを通じて調査資料を提供しましょう」
この瞬間、明日からファミルシステムズで働く事が決定した。だが俺の意識はそこにあらず。完全に白い箱に捕まっていた。
「CG的にはどんなファミルなんですか? 自分で選べます?」
上ずった声を必死で抑えながら、俺は箱に手を伸ばした。
「すみませんが、当方指定となります。ユーナといいまして、一般向けリリースは10月以降を予定しているファミルモデルです。ただ十代後半という年齢設定なので、気難しい年頃を反映しております。最初は扱いにくいかもしれません」
ユーナ?
俺の手が一瞬だけ止まった。
選べないのは残念だが、それはそれで面白いかもしれない。
「気に入っていただければ、ユーナの社内用IDを外したうえで、リリースタイプへの移行もできます。事が解決した暁には、個人的に使用していただいてかまいません。端末一式を佐田山さんにお譲りいたしますよ」
御堂社長が今日何回目かの笑顔を見せてくれた。
その後、俺と御堂社長とでファミル使用契約を書面で取り交わし、ユーナの引き渡しが正式にに完了した。
八岐電産ではなく、俺個人が契約者としてユーナを使用する形となっていた。これは俺以外にユーナが渡らないようにするための御堂社長側の都合らしい。
オマケのように守秘義務の誓約も取り交わした。これで源田の一件はもとより、ユーナを通じて得た一切の機密を秘匿しなければならなくなった。
「じゃあファミルもお借りできたことだし、そろそろ引き上げるか、佐田山」
室長が立ち上がろうとした。だがまだ、気になることがある。
「最後、一つだけ聞かせてください。御堂社長は源田さん提案の非常権限IDのアイデアには、賛成されてたんでしょうか?」
室長が俺を小突いて、浮いた腰を戻した。
その表情は「いいぞ」といわんばかりだ。
「セキュリティの面では賛成でした。ファミルのシステムを正常に運営する思想としては、何も問題ないと思いましたから」
「非常権限IDの設置目的について、源田さんは何と?」
御堂社長は一瞬だけ瞬きした。
「ファミルのシステム運営にあたり、メンテナンスやバージョンアップを施す際、社員は作業IDを使用しています。これらのIDとファミルIDを統括する位置づけとして管理者IDがあります。これはファミルの内部データを制限なく修正できるもので、システムにおける支配権限のようなものです」
「判ります。通常のデータベース管理と同じですね」
なんとか話についていける。俺は自分に安心しながら首を縦に揺らした。
御堂社長が頷きながら付け足す。
「非常権限IDは管理者IDが盗まれたり機能しなくなった時に、さらにその上の権限として、降り立ち、システム介入を可能とするものです」
「ほう、裏コードみたいなものですな」
室長が話に加わってきた。
「しかし、あまりそういう管理権限を構築する話は聞きません。私が役員だとしても疑問に感じるでしょうな。第一にその権限を使えるのは誰なのか、誰が誰に使用を許可するのか? 第二にその必要性。非常権限IDを使わざるを得ない事態は、現実におこりえる話か?」
「さすがですね。アイデア打診を受けた役員会でも同じ話になりました。第一の疑問がまさに内部統制です。源田の答えは現場が現場の判断で行う、というものでした」
「そりゃ零点の回答だ」
「現場といっても私がいますので、責任者不在で発動するってことは、まずあり得ません。ただやはり、非常権限を発動するにあたっての責任の所在が明確化できていない、すなわち発動ルールを明確化しないことには採用できない、という問題がありました」
「そうしないと、非常権限発動後のトラブルや損害の責任が不明瞭になるからな」
いつの間にか室長が話の主導権を握っている。
「必要性の問題がまだあります。非常権限IDが想定する事態とは何か、これに対する三人の答えは二つありました。第一に管理者IDが盗まれ、その機能を停止せざるを得ない場合」
「ふむ……」
室長は何か言いたげだったが、御堂社長は続けた。
「第二は、管理者IDが、ファミルシステムの暴走または反乱によって拒絶される状況に陥った場合」
何だって?
「待ってください、それ、何ですか? ……ファミルが人類に反旗を翻すってことですか?」
俺は大声を上げていた。
改訂履歴
2020.7.22. 微修正
2020.7.26. 脱字修正




