序章
山奥にひっそりと佇む木で出来た小さな家。
この家に住む少女、シュナは今日9歳の誕生日を迎えた。
母が作ってくれた木苺をたっぷり使ったケーキと、大好きな野菜のスープをお腹いっぱい食べた後、母と一緒に編み物をしていたシュナは母がはッと窓の外に目を凝らすのを見て首を傾げる。
「お母さん?」
「シッ!静かにッ」
暗い夜の森をじっと見たヨシュアは真剣な面持ちのまま、壁に飾られていた短剣を己の懐に入れるとシュナを連れ、戸棚の奥にある小さな潜り戸を開けた。
「ここから出て山の麓まで走りなさい。それから韻叟国と言う竜人達が治める国に向かうのよ。あそこなら追っては来ないから。」
「でもお母さんは?」
ヨシュアはふっと笑ってシュナを抱きしめる。
「お母さんは大丈夫。また会えるから、今は逃げる事だけを考えなさい。時間がないわ、さぁ早く行って!」
母に背を押されたシュナは、納得の出来ぬまま這う様に潜り戸を抜けると走り出した。
走り去る我が子を見届けたヨシュアは潜り戸を閉め隠すと、招かれざる客人を迎え撃つ準備を始めた。
家を飛び出し、国を捨て、この山の篭ること十年と少し。
シュナを身籠ったと知ったその時なら覚悟は決めていたことだ。あと人の力を借りずともあの子を守ってみせると…。
兵は足音からして十人ほど、何人か仕留めればあの子が逃げる時間稼ぎくらいにはなるだろう。
ヨシュアは深く息を吸い込み短剣を握る手に力を込め、扉が開くのを待った。