008 修行開始―魔法習得
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「ふぅ、着いた」
快晴の空の下、リキはつぶやいた。彼は今、またも例の森に訪れていた。一昨日、昨日と絶体絶命の危機に瀕した場所だが、今日に限ってはその心配は無いとリキは確信していた。なぜなら今回この場所に訪れた理由は、
「今日からここで、修行が始まるんだ」
そう、冒険者としてのリキの記念すべき初修行である。
〇
昨日のこと、リキは冒険者のパーティに同行する形でこの森に訪れた。順調に魔物を狩っていく中、突如として現れたオークに襲われ危うく命を失いかけたが、とある男に助けられ事なきを得たのだった。
そしてリキは成り行きでその男の弟子になったのであった。
男がなぜリキを弟子にしようと思ったのかはわからないが、とにかく強くしてくれるというのならばリキにはどうでもよかった。しかも無料で稽古をつけてくれるらしい。タダはいい。リキのような駆け出しにとってその言葉はとても魅力的だった。
ともあれ、男の弟子になったリキはまた次の日もここへ来るように言われ、その言葉の通りこの森へ来たのだった。オークが出たということで、街では安全が確保されるまで誰も行かないようにと警告が出ていたが、リキは無視した。
しかし森まで着いたところである問題が発生した。
「森まで来たのはいいんだけど、ここからどこに行けばいいんだろう……?」
そう、森に来いという指示では森のどこに行けばいいのかが分からないのである。少なくとも入り口付近には人の姿は無い。少し背伸びをして森の中を見渡してみたものの、視認できる範囲には誰もいなかった。
こうなるとリキは森の中に足を踏み入れなければいけない。しかしどこまで行けばいいのか。もし昨日男と会った場所まで行かねばならないとすれば、またもオークと鉢合わせる危険がある。さらに言えば脅威はオークだけではなく、リキにとってはゴブリンですら危険な魔物なのだ。それらに見つかる危険性を考えれば、足を踏み入れるのも躊躇われるというものだ。
しかし、ここまで来ておいて街に引き返すわけにもいかない。というわけでリキは試しに男を呼んでみることにした。
「あのー先生ー?来たよー」
「来ましたか」
「うわっ!」
突然後ろから声をかけられ驚くリキ。あまり大きい声を出すと中の魔物を呼び寄せかねないと思い、控えめに呼びかけたのだが、しっかり男には聞こえていたようだ。それにしても速い。いつの間に後ろに立っていたのかリキには全く分からなかった。
「ビックリした……。おはよう先生」
「おはようございます。驚かせてしまいましたか」
とりあえず挨拶を交わす。挨拶はコミュニケーションの基本だと親から教わっていた。
「場所、ここでよかったんだね」
待ち合わせ場所を詳しく決めていなかったが、男が現れたということはここでよかったのだろう。そういえば時間も決めていなかったが、そちらも問題無かったようだ。
「ええ、この辺りであれば大体どこでも大丈夫ですよ」
ふーん、とリキは返す。もしかしてここに住んでいるのかとか、他にやることは無いのかとか、いくつか疑問はあったが、今はそれよりも優先するべきことがあった。
「それで今日はどんな修行をするの?何も聞いてなかったから大したもの持ってきてないんだけど、武器とか」
リキの今の装備は動きやすい格好と1本のナイフだけだ。いきなり魔物と戦うなんて内容であれば一度街に引き返さなくてはならないだろう。
「大丈夫ですよ。今日は特別な道具はなにも使いません。ここではなんですから歩きながら話しましょうか」
男はそう言って森の中へ歩き始める。リキもその後ろを付いていく。
「今日は君に魔法を覚えてもらおうと思います」
「魔法!?」
男の言葉に目を輝かせるリキ。小走りで男の前へ出て、振り返りつつ質問をぶつける。
「どんな魔法!?何を教えてくれるの!?火とか出せるやつ!?」
「今日覚えてもらうのは身体強化の魔法です」
「うおーーーーーーーーー………。お?」
男の返答に最初は声を上げて喜ぶリキだったが、すぐにその声は小さくなり、首をかしげた。
「……なんか、思ったより地味だね。もっとこう、炎を出したり空を飛んだりビームが出たりするやつかと思った」
どうやら思っていたものと違ったようで不満そうにするリキ。魔法と言えば、通常人間の能力では絶対に不可能なことが可能になるものというイメージがリキの中にはあった。身体能力の強化とはつまり、力が強くなるということだろう。それは現在の自分にもできることの延長でしかない。これから先、体が成長していけばおのずと体力が付き力も強くなるだろう。
「ふむ……」
リキの発言を受けて男は顎に手をあて少し考える。
「ではリキ、例えば君が言う通り君が炎を出す魔法を覚えたとしましょう。それによってどんなことができるようになりますか?」
「えーっと、まず魔物に強い攻撃ができるでしょ。オークみたいに大きい魔物をたおすにはそれだけ大きい武器が必要になるけど、炎で攻撃すれば関係ないし」
「そうですね。では戦闘以外ではどうですか?」
「うーん、たき火が簡単にできるから野宿が楽になる。獣除けにもなるし、料理もできるからね」
「はい、そうですね」
リキの答えに男はうなずきながら肯定する。
「対して魔法で身体能力が強化された場合何ができるようになりますか?」
「んー、速く走れる。重いものを持てるし、高くジャンプもできる」
「その通りです。それらは日常的にはもちろん戦闘面でも役に立ちますね」
男はそこで一度立ち止まり、その場で屈んだ。近くにあった石を1つ拾う。
「ではリキ、この石をオークに投げたとします。炎を放つのと比べてどれだけのダメージがあると思いますか」
「え……ダメージなんてほとんどないでしょ?目に当たったら怯むかもしれないけど」
つい昨日にオークの脅威を目の当たりにしたリキはそう答えた。小石1つでダメージを与えられるような存在ならばあんなに怖くは無かったはずだ。
「普通の人間が投げればそうですね。この程度の石では大きなダメージは期待できないでしょう。ですが……」
男はポイッという感じで小石を投げる。投げたように見えた。だがそれは動きだけで、男の手からは何も飛んでいない。
と思ったのに、
突如、メキィィ!! という音が男の手が向く先から聞こえた。
音がした方をリキが見ると、多く立っている木の1本に石が埋まっていた。どうやらさっきまで男の手の中にあった石で間違いないようだ。木へ向かって飛ぶ姿がリキには全く見えなかった。それだけ速いスピードで飛んでいったということなのだろう。
「今のは手首の力だけで投げましたが、しっかりしたフォームでならもっと強く投げられるでしょう。投げたものがもっと大きい石ならば威力もさらに上がります」
「すごい……」
「もちろん今のは私の筋力だけで投げたわけではありません。魔法を使いました。効果のほどは、御覧の通りです」
木に深々と埋まった石を見れば、その勢いがどれほど強いものかが分かる。この力があればただ逃げるしかなかったオークとも戦うことができるだろう。
「この魔法を使用した状態であれば、当然武器を振る力も強化され、魔物に与えるダメージも大きくなります。他にも足の力が強化されれば行動の1つ1つも速くなり、戦いがかなり楽になるでしょう」
それを聞いてリキはこの男が今まで見せた動きを思い出した。リキの目では到底追うことのできなかった速さ。それはこの魔法の力によるものだろう。
「どうですか?これでもこの魔法は地味だと思いますか?」
男の問いかけにリキは即答する。
「ううん、思わない!すごい魔法だと思う!ぜひ教えてください!」
リキの言葉に、男は満足げな笑顔を返すのだった。
〇
先程のやり取りからしばらく後、森の中を少し進んだところで生い茂る草の上にリキは座っていた。その後ろには男が立っている。
リキの格好は先程までと変わり、上半身には何も着ていなかった。曰く、こうした方が魔法を覚えるのに都合が良いということだ。
「それでは始めます。目を閉じて、なるべく力を抜いてください」
リキは言われた通りに目を閉じる。森の木々をかすかに揺らす風の流れが普段より強く感じられた。
そこへ何か温かいものが触れる。場所はリキの背中の中心。目を閉じていて見えないが、形から察するに後ろに立つ男の手のようだ。
「今、私の手があなたの背中に触れています。わかりますね?ここから私の力をあなたへ流します。それを感じ取ってください」
リキは自分の背中に意識を集中する。男の手の存在がより強く感じられた。
「では、いきます」
男がそう言った直後、リキの背中が熱くなるのを感じた。男の手の体温だけではない、形のないよくわからないものが背中を通してリキの中に流れ込んでくる。
「君の体に力が流れているのを感じますか?」
「はい」
「では今からこれを移動させます。どこへ移動したかを答えてください」
リキは背中の熱いものに意識を集中させる。それはリキの背中から腕を通して右の手のひらまで流れてきた。代わりに背中にはもう存在を感じない。
「……今、右の手のひらにあるね」
「正解です。では次はどうでしょう」
右手の熱がまた移動を始める。来た道をいったん引き返すように背中へ戻った後、今度は左足へ流れ出す。しかしつま先までは流れず、ふくらはぎの辺りで動きを止めた。
「……今度は左のふくらはぎに来た」
「半分正解です。他のところにもありますので探してみてください」
そう言われリキは一旦左足から意識を離し、自分の体の中を探してみる。
すると背中に違和感を見つけた。男の手の温度に隠れて、かすかに体温とは別の熱を感じる。
「背中、先生の手の近くにある」
「はい、正解です」
再度背中に熱が集まる。この熱がいくつに別れようと次はすべて見つけ出す自信があった。
そう思っていると、後ろに立つ男がリキの背中からそっと手を離した。
だが、背中の熱はまだ残っている。
「次は自分でそれを動かしてみてください。場所はどこでもいいですよ」
それを聞いてリキは困惑した。背中の熱はまだ残っているが、どんどん小さくなっているのが分かる。動かすどころではなく、このままでは消えてしまうだろう。
「落ち着いて。まずはそれを維持してください。それは消えているわけではありません。君の体のどこかに細かくなって散っているだけです。逃がさないように、元の場所に集めてください」
リキはより深く集中する。体中の熱を背中に集めるイメージを思い浮かべる。すると背中の熱は元の大きさを取り戻した。
「その調子です。その状態を維持したまま、自分の意志で動かしてみてください」
リキは言われた通り熱を動かそうと試みる。行き先は右腕。先程も通った場所ならば、イメージもしやすい。
リキの狙い通り熱が移動するのを感じる。背中に男の手は触れていない。完全に自分の力だけでコントロールしている。
「良いでしょう。目を開けてください」
リキは目を開ける。
森の中の薄い光が目に飛び込んでくる。弱い光だったが、それでもまぶしく感じられた。
と、思った瞬間にはもう熱が右腕から消えていた。
「うまくいきましたね。これで君は魔法を習得しました」
「え、これで?」
あまりにあっさりしすぎていてリキには実感がなかった。
「ええ、今の感覚が魔法です。それが存在する部位は力が何倍にも強くなるでしょう」
その言葉を確かめるべく、リキは熱を足に集めようとする。
しかし先程のようにうまくいかなかった。手ごたえが全く感じられない。
「慣れるまでは時間がかかります。最初は目を開けた状態で、次は立ったままで、その次は動きながら。段階を踏んで、できるようになるまで練習を続けましょう」
「はい!」
元気よく返事をしたリキは、再び目を閉じて集中を始めた。一刻も早くあの力をものにして、初めての魔法を使いたかった。
その後、リキは何度も繰り返し魔法の練習をし、日が暮れる前には目を閉じずとも熱を集められるようになっていた。
「いいペースです。しかしもうじき日が暮れる。続きは一人でもできるでしょうから、街に戻って家で進めましょうか」
そう言われリキは急いで街へと帰った。流石に歩きながらでは練習はできなかったので、なるべく早く帰って続きをしようと早足で歩いた。
街に戻り自分の家に帰った後も、部屋が暗くなるまで練習を重ね、結局そのまま床の上で寝てしまうまで続けるのであった。