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007


 冒険者ギルドの建物は、入り口から数メートル先に依頼受注用の窓口がある。そこに受付の職員が立っており、冒険者たちは主にそこから自分に合った依頼を見つけ、それぞれの仕事をこなしていく。


 また、窓口以外にも冒険者に必要な施設が併設されている。装備を購入・修理・調整などするための武具屋。街に定住する気の無い者がしばらく滞在するための宿屋。そして冒険者同士が情報交換を行ったり交流を深める場として利用する酒場などだ。酒場では毎夜、その日の収穫を自慢しあったり、些細なことから起きた小競り合いで飲み比べやギャンブルなどの勝負が始まったり、それを賭けの対象として騒ぐ者が出てくるなど実に賑やかな場と化す。


 今日もまた冒険者たちは騒ぎ立つ。今日の火種は『この街の冒険者たちの中で、誰の倒した魔物が一番強かったか』だ。腕に覚えのある冒険者たちは皆自身の栄光を高らかに語り、そうでない者たちは自分と仲のいい冒険者の話を盛り上げ、中立の者たちは冗談半分で彼らの話に耳を傾ける。


 いつも通りの光景。いつも通りの喧騒。


 しかし、その酒場の一角で周りとは対照的に、静かな、重苦しい雰囲気の集団がいた。男が2人女が2人、それぞれ戦士、盗賊、魔法使い、神官の格好をしている。彼らはみな一様に俯いて、運ばれてきた食事に手を付ける様子もなかった。


「いい奴だったんだけどな……」


 戦士の男がぽつりとつぶやく。その声は悲しみに満ちていた。


「俺がもっと慎重に進んでいればアイツを死なせることもなかった。お前らを危険な目に合わせることもなかった。すまねぇ」


「……ゴッツさんが謝ることないですよ。運が悪かったんです」


 神官の女が言う。優しい言葉ではあったが、重苦しい雰囲気が変わることは無かった。


 彼らは長く冒険者を続けている。酒場でくだらない話題で笑いあった知り合いが、次の日には命を落としたという経験もあった。しかし自身の目の前で、自身より若い人間が、というのは初めてのことで、それは彼らに大きなショックを与えていた。


「……仇、とらなきゃね」


 魔法使いの女が静かに切り出す。それは彼ら冒険者にとって最も馴染み深く、単純な弔いだった。


「……ああ、そうだな」


 戦士の男が頷いて返す。彼らの今後の方針は決まった。どちらにせよ、森の不作法者どもを排除しなければ被害が拡大する恐れがある。ならばそこに多少の私怨が混ざろうと、誰にも咎める権利は無いはずだ。


 若い冒険者の命を奪った魔物に必ず報いを与えることを誓った4人の冒険者たちは、今まで手を付けなかった食事に手を付ける。悲しみと憎しみ、そして決心した覚悟を噛み締めるように。



 その時だった。


「あ、いたいた!おーいゴッツー!みんなー!」


 突然、聞いたことのある声が聞こえる。その声はちょうど今弔いを誓った若い冒険者の声とよく似ていた。

 4人がほぼ同時に声のした方向を向くと、一人の少年がいた。


 間違いない、先程目の前でオークの凶刃に倒れたはずの、人懐っこい笑顔が印象深い、若い冒険者の顔だった。


 消えたはずの人間が再び目の前に現れるのは初めての経験だった。


「うおわあああ!出たああああああ!!」


 驚きのあまりゴッツが椅子から飛び跳ねるように立ち上がって後ずさる。幽霊でも見たような反応だった。しかし幽霊ではない。足がしっかりと地についている。街の外で命を落とした人間が適切な処理をされずアンデッド系の魔物となることはままあるが、それにしては血色がいい。間違いなく生きている人間のものだ。


「リキ!?無事だったの!?」


「うん!みんなも元気そうでよかった」


 声を荒げるカリナとは対照にあっけからんと答えるリキ。


「ほ、本当にリキなのか……?」


 恐る恐るといった様子で目の前の少年に声をかけるゴッツ。


「そうだよ」


「本当にか?」


「本当だって」


「…………」


 …………。


「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「うわっ!」


 突然リキに抱きつくゴッツ。感極まってしまったのか涙目になっている。


「うおおおおおおおおおおおおおおん!!よく生きて戻ってきたぞリキぃぃいいいいいいい!!」

「痛いよ!ゴッツ、痛いって!!」


 言葉とは裏腹にうれしそうな声だった。リキもまた、はぐれた仲間のことが気にかかっていたのだ。

 結局、ゴッツが落ち着くまでリキは硬い鎧の感触を存分に味わうことになった。



「俺たちはあの後オークたちを振り切って森の外まで逃げられたんだ」


 一息ついた後、リキとはぐれた後にゴッツ達がどうなったのかを話していた。テーブルの上にはリキの分の飲み物も用意されている。


「リキ君が落ちた後、オークたちはしばらくリキ君のことを探していたみたいで足が止まったんですよ」

「獲物の1人が突然消えたと思ったのかもね。自分で崖の下に落としておいて、マヌケなモンよね」

「だがそのおかげで俺たちは無事に森を抜けられたってわけだ」


 ハッハッハ、と笑いながら話す。一同は確かに怪我もなく、装備が傷ついた様子もない。それを見てリキもホッと胸をなでおろす。 

 フゥと息をつき、ゴッツが口を開く。


「……悪かったな、リキ」


 唐突な謝罪。その意味をリキは図りかねていたがその理由はカリナから告げられた。


「……正直ね、リキを見捨てた上に、囮にまでして逃げるのは気が引けたの。本当は一番守らなきゃいけなかったのに」


 そう話すカリナの目線はテーブルの上の飲み物に向いていた。酒場の喧騒に揺れる水面が彼女の心情を表すようだった。


「そんな、気にしないでよ。そもそもオレが足手まといだったせいで危険な目にあったんだから、謝るのはオレの方だって」


「……そう言ってもらえると、助かる」


 両手と首をブンブンと振りながらリキが答えると、空気が少し和らいだ。しかし、申し訳なさそうな表情は変わらない。そんな表情を見ていると、リキまで申し訳ない気分になってくる。


 そんな重い空気をなんとか変えようとリキは別の話題を振ることにした。


「そ、それよりあのオークたちはなんで森にいたのかな。本当はあんなところに出るような魔物じゃないんでしょ?」


「……オークがいた理由は分からん。だが、ゴブリンがいた理由は分かった」


 リキの作戦は成功したようで、ゴッツはリキの疑問に答え始めた。


「あの後、街に帰って来てからギルドにオークのことを報告したんだ。そしたらな、あの森で今ゴブリンの活動が活発なのはオークがボスになったからじゃないかって話が出た。実際、そういうケースが確認されたことがあるらしい」


「強いボスがいるからゴブリンも強気になって行動してるってこと?」


「そういうことだ。それで今回の事態は見逃せないってことで、近いうちにギルドで討伐体を組んでオークの退治に向かうらしい。それまであの森には近づくなってさ」


「えっ、そうなんだ」


「リキ君もあそこには行かないようにしてくださいね。近づくことさえ危険なんですから」


「……うん、わかった」


 了解した、とリキは頷いて返す。また今日のように、危険な目に合うのはリキとしても御免だった。


 その後はリキはゴッツ達ととりとめのない話をし、酒場の冒険者たちが減り始めた頃に、自分も家路についた。


 リキとしては先輩冒険者の経験談は非常に興味を惹かれるもので、もっと長く聞いていたかったが、次の日には大事な予定があったため我慢して早く寝ることにした。


 帰り道、よく晴れた夜空に浮かぶ星々がいつもよりキラキラと光っているようにリキには感じたのだった。

ここまで序章

思ったより10倍くらい長くかかってしまった……

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