004
「ふう、着いた」
1人の少年が軽く息を吐く。
「それじゃあ、今日はよろしくお願いします!」
少年――リキは振り返ると、一緒にここまで来たパーティにそう言った。
「おお、よろしくな。しっかり付いてこいよ」
全身を鎧で覆った大男が荷物を背負いながらそう返す。背中に担いだ大剣の上からさらに荷物を背負う様はまさに豪傑といった印象だ。
「よろしく。このでかいのより前に出ないようにね」
大きな帽子に杖を持つ女性が続けて返す。自身と同等の長さの杖は彼女がまぎれもなく魔法使いであることを示していた。
「よろしくお願いします。怪我だけはしないようにしてくださいね」
白を基調とした服を身に纏う女性がそう言う。特に武器になりそうなものは持っていない。首元で揺れる十字架から、どうやら神官のようだ。
「……」
最後に手の動きだけで軽装の男が応える。防御力よりも機動力に重きを置いた装備だった。他のメンバーが彼の役職は盗賊だと言っていた。
「そうそう、荒事はこのデカい俺に任せとけ。今日は俺の剣捌きをよおーく見ておけよ」
「なーにが剣捌きよ。あんたのはただ振り回してるだけでしょーが」
「ふっ、俺ほど動きが洗練されてっと素人には下手に見えんだよ。後ろで震えてるだけのビビりには分かんねぇだろうがな」
「どういう理屈よ。そんな脳みそまで筋肉でできてるような頭に剣術なんてできるわけないでしょ」
「お二人ともそこまでで。後輩にあまりみっともないところを見せないでください」
悪態の付き合いを始める戦士と魔法使いに、それをなだめる神官。そして我関せずとばかりに前を歩く盗賊。これから魔物の討伐をするというのに、いつもの日常を過ごすような振る舞いをしている。それは彼らが熟練の冒険者であることを如実に示していた。
リキは今、この4人のパーティと行動を共にしていた。
〇
「しかしゴブリン退治ねぇ。結構近いとこまで目撃情報があるらしいけどよ、本当かね」
「たしかに信じがたいことなんだけど、どうやら最近この森で魔物の勢力が広がってるらしいのよ。昨日も新米の冒険者が襲われて何とか逃げてきたんだって」
「ほーん、新人の内からそんな目に合うとはおっかねぇもんだな。1対1ならともかくよ」
「そうですね。たとえゴブリンでも数が増えると危険ですし」
4人のパーティは会話をしながら森の中をより深くへと進んでいく。自宅の庭を歩くような慣れた足取りだった。その4人の後ろをリキが付いていく。
「この森は本当は魔物が少ないの?」
リキも会話に参加する。ここの辺りの魔物の事情については全く知識がなく、詳しい事情を知っておきたかった。
「ああ、本来はそのはずなんだがどうも最近は増えてるっつーか、森の入り口付近にまで現れるらしいなぁ。全く困ったもんだぜ」
「ここは私たちの街からも近いし。討伐依頼もよくあるから、数はそこまで増えないはずなんだけどね」
「そう言えば、最近は森の討伐依頼はあまり見かけませんでしたね」
「じゃあ、街の討伐依頼があまりなかった間に数が増えたってこと?」
「そういうことだな。ま、今までサボってた分今日はキッチリ働くとしようか!」
リーダーである戦士がそう締め他のメンバーも頷く。気を引き締めた一行はさらに森の奥へと進んでいく。
しかし肝心のゴブリンと遭遇するにはまだ早かったらしく、やがてまたも戦士が口を開いた。
「しっかし昨日は驚いたぜ。一日の疲れを酒場で癒してたら、知らねぇ子供が急に話しかけてくるんだもんよ。しかも『オレをあなたたちのパーティに同行させてください』だからなぁ。俺ぁ酒の飲み過ぎで幻覚を見たのかと思ったぜ」
「私は全然いいと思うけどね。いつも同じメンバーで同じように依頼をこなすよりも楽しいじゃない」
「俺だって別に嫌がっちゃいねぇよ。同じ冒険者の先輩として、後輩を指導してやることも大事だからな」
戦士の男の言うことに少し感動するリキ。頼りになる先輩がいてよかったと、将来は自分もこんな男になりたいと心から感じた。
「そしてその分俺の評判が上がって金になる依頼がバンバン来て、女にもモテるって寸法よ」
「……まーた始まったわ。女女ってそれしかないんだから」
「ゴッツさんは戦いでは頼りになるんですけどね……」
「リキ、あんたはこんな男になっちゃダメよ」
「アハハ……」
今まさに憧れた男を見習うなと言われ、リキは愛想笑いをするしかなかった。
「でもどうして私たちを見たいと思ったの? 他にも冒険者のパーティはたくさんあるのに」
神官の女性がリキに問いかける。
「えーっと、強そうな人達のパーティならどこでもよかったんだけど、順番に声を掛けていって付いていってもいいって言ってくれたのがここだったんだ」
「なんだよ他の奴らは冷てぇな。後輩の頼みなんだから聞いてやればいいのによ」
「まぁ腕の立つ人たちは危険な依頼を受けることが多いですから、簡単には連れていけないんでしょう」
「何も考えずにOKするのはあんたくらいよ。この間だって……」
「そこまで」
先頭を歩いている盗賊の男が4人の会話を遮った。そして手の動きでしゃがむように指示を出す。戦士、魔法使い、神官の3人は近くの茂みに隠れるようにしゃがみ、それを見たリキも同じように隠れる。
全員が息をひそめつつ、盗賊が指をさす場所を確認する。
そこにはゴブリンの集団が5体、歩いていた。
「本当にこんなところにまで出てきやがった。なんかうまいもんでも探してんのか」
「バカなこと言ってないでさっさと片づけるわよ」
「ああ、そうだな」
そう言って戦士の男はパーティの方に向き直ると、戦闘の作戦指示を始める。
「まずは俺が前に出るからお前らは援護しろ。パナ、隙をついて奴らの背後に回れ。カリナ、中距離から魔法。だが火は使うな。いけそうなタイミングで足止めしろ。1匹ずつ確実にな。アルネはそのまま隠れてろ」
「え、私は出なくていいんですか?」
「お前は新人と一緒に隠れてろ。ついでに俺らの戦いを解説してやれ。リキ、お前はアルネと一緒に居ろ。しっかり見て学べよ」
リーダーの指示に全員が小さい声で了解を返す。再度ゴブリンの方に向き直ると、いつでも動きだせるように地面を強く踏みしめた。
そのまま数秒の間、機を窺う。そしてゴブリン達の視界がこちらから外れた一瞬に戦士、魔法使い、盗賊の3人が走り出した。
「オォラ!」
戦士の男――ゴッツはゴブリンの集団にまっすぐ切り込んでいき、その勢いのまま大剣を振り下ろす。狙いは1番後ろを歩いていたゴブリン。反応の遅れたゴブリンはその攻撃を受けて縦に真っ二つになる。悲鳴を上げる暇すらなかった。
「フン!」
続く二刀目。横に薙ぐ。だが襲撃に気づいたゴブリン達は全員これを躱す。仲間を失ったことにひるむ様子もなく戦士を取り囲むように動く。
「シャドウウィップ!」
しかしそのうち1体の動きが止まる。見ると足が自身の影から伸びたロープのようなものに絡まれている。魔法使い――カリナの魔法だ。そして動きの止まったゴブリンに大剣が振り下ろされる。ゴブリンはとっさに腕でガードを試みたがその腕ごと両断された。
「オラオラどうした!張り合いがねぇぞ!」
大声を上げ、残るゴブリンに向き合うゴッツ。ゴブリン達は3方向から同時に襲い掛かる。ゴッツはそれを受けずに後ろに飛んで回避する。全身に鎧を纏っているとは思えない身軽さだった。
連係のとれた攻撃を躱されたゴブリンは再度戦士を取り囲もうとする。相手が後ろに避けるのなら、そのまま魔法使いとの距離を詰められる。細かく動くことで先程の魔法にも警戒している。
だが3手に分かれたゴブリンの1体が背中からナイフに刺される。近くの茂みから現れた盗賊の男――パナの仕業だった。うまく急所をとらえたようで、ゴブリンはその場に崩れ落ちる。
突然現れた上に仲間を1体亡き者にした盗賊に、ゴブリンの1体が襲い掛かる。すでに冷静さを失い、仲間と連携することも忘れていた。パナはこれを転がることで回避し、ナイフを構えなおす。一度距離をとった盗賊に追撃を行うゴブリンだったが、その1撃はすれ違うように難なく躱わされ、逆に背中から刺された。
そのまま離れようとする盗賊に最後の力を振り絞っての攻撃を仕掛けるが、これも躱される。背中のナイフを抜くこともできずゴブリンは力尽きた。
仲間を全て失ったゴブリンは一か八か単騎で戦士へと攻撃を繰り出す。だがゴブリンのナイフが届くより前にゴッツの剣が敵を切り伏せる。空中で力尽きたゴブリンはそのまま地面へと落ちた。
「すごい……」
隠れながらその様子を見ていたリキは思わずそうつぶやいていた。
「まぁ皆さん慣れてますから、ゴブリンの数匹くらいなら簡単に対処できますよ」
リキの隣で神官の女性――アルネがそう言った。
「魔法使いの、カリナさんがさっき使った魔法はなに?」
「あれはシャドウウィップっていう魔法ですよ。影からムチが出てきて相手を攻撃する魔法です。さっきは足に絡ませて動きを封じるのに使いましたけどね。詠唱も短くて使いやすいんだとか。彼女は本来炎系の魔法が得意なんですけど、周りの草木に燃え移っちゃったら大変ですから代わりにシャドウウィップを使ったんです」
「パナさんが音もなく忍び寄ったのは?」
「あれは単に技術によるものです。盗賊は気配を消したり生き物の気配を探ることが得意なんです」
「リーダーがあんな大きな剣をブンブン振り回してた」
「戦士ですからね、鍛えてるんですよ。重い鎧を着る必要もありますし。普段から荷物持ちなんかもよくやりますよ」
そんな会話をするうちに3人が戻ってくる。息が切れた様子もなかった。
「どーだリキ! しっかり見てたか俺の雄姿をよ!」
「オッス!」
ゴッツの大声にリキも大声で答える。さっきまでの冒険者らしい戦いの光景に気分が高揚していた。
「そりゃ結構! ところでお前自分の得物持ってきてるか?」
「え? オッス」
「ならそれでこいつを刺してみろ」
「え?」
ゴッツが指したのは倒れているゴブリンの死体だった。突然の命令に困惑するリキだったが、ゴッツが理由を説明する。
「いいか、生物を殺すってのは慣れてねぇと土壇場で迷いが出るんだ。それは致命的なモンで勝敗すらひっくり返しかねない。コイツはもう生きちゃいねぇが、訓練くらいにはなるだろ」
「……」
リキは考える。自分が彼らと同じように戦う場面を。ゴブリンを相手に互いに武器をぶつけ合い、やがて自分が勝つ。そして抵抗する手段を失った相手にとどめの1撃を振り下ろす瞬間を。
すでに解体処理された肉の料理とはまるで違う。相手の最期の表情を見ながらその命を奪い、終わらせる。
……確かに、気分のいいものではなかった。その場面に自分が躊躇してしまうことは想像に難くない。いや、躊躇してしまうだろうとリキは感じた。
小さなナイフを手に固まるリキにゴッツは1つの教訓を授ける。
「冒険者ってのは常に死と隣り合わせだ。それは自分だけじゃねぇ。仲間も他人も、魔物もだ。それを忘れんじゃねぇぞ」
「……オッス」
その言葉を噛み締めながら、リキはいまだ体温の残る魔物の死体へとナイフを振り下ろした。