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「よし、準備オーケー!」
1人の少年が声を出して確認を終えた。
これから行うことへの期待から気分が高揚し、それを表すように吐きだす息も弾んでいる。
動きやすさを重視した格好に、背負ったバッグは大きく膨らんでいた。
「今日はいよいよ待ちに待った初探索だ!」
そう言って少年は勢いよく扉を開け、目的地である街の外の大森林へと向かった。
〇
この少年の名前はリキ。
小さな農村の出身で、今は14歳。現在住んでいるこの街には3か月ほど前に来た。
彼の夢は冒険者になることであった。冒険者になって、世界を隅々まで渡り歩き、とにかく多くのことを見て知りたかった。
しかしどうやらこの世界はとてつもなく広いらしく、人間がその人生の全てを冒険に費やしたとしても世界中を余すことなく見て回ることなど到底不可能であることを、小さな村で暮らすリキにもなんとなく分かっていた。
ならばせめて、少しでも早く冒険者になって可能な限りたくさんの冒険をしようと彼が考えたことも、当たり前のことであった。
そこからの行動は早かった。
まずリキは村から一番近い街へ行くことにした。街に行けば冒険者ギルドがあり、そこで冒険者になる手続きができるからだ。
冒険者になれば依頼遂行という形で様々な場所へ行くことができる上に、そのために必要な知識も与えられる。リキにとってはいいこと尽くしだ。
まだ成人もしていないリキが村を出ることにもちろん両親は反対したが、早く冒険をしたいと強く訴え続けるリキの姿勢についには折れ、条件付きではあるが最終的には夢に向かって行動することを応援することにした。
生まれ育った村を離れることに寂しさを感じつつ、だがそれ以上に大きく高揚して、リキは街へと出発したのであった。
何日もかけて歩きようやく街へ着いたリキは、すぐに冒険者ギルドへ向かった。そこで冒険者としてギルドに登録を済まし、次に仕事を探した。
書類上は冒険者だがすぐに冒険をするわけにもいかない。まずは拠点作りからだ。冒険から帰還した後に体を休められる場所が無ければ、翌日に冒険を続けることはできない。なのでまずは日雇いの仕事で資金を集め、自分専用の小屋を借りることにした。その間の宿は雨風を凌ぐためだけに安宿を借りた。
すぐにでも冒険をしたいという気持ちを抑えることは辛かったが、街の中にも未知の物が溢れていたため、それで気分を紛らわすことができた。
そして昨日ついに、念願の拠点を手に入れ、今日から冒険者としての仕事を始められるようになったのだった。
〇
「着いた」
街を出てからしばらく歩き、リキは大森林の前まで到着した。向かっている途中から見えてはいたが、目の前まで来てみるとその木々の圧倒的な大きさに驚嘆する。
日の光のほとんどを遮る木の葉が風に揺らいで立てる音がやけに大きく聞こえる。この暗い森の中には多くの生き物が住んでいて、その中には当然魔物もいるのだろう。そう考えると途端に足が重く感じる。ここから先は完全に人間の領域ではないのだ。
「今回の依頼はここに生えてる草の採取か」
森の中に入る前に、もう一度依頼内容を確認するリキ。依頼書には採取対象の特徴と簡単なスケッチが書かれていた。
「ポーション用の薬草数種類に果実、それと可能であれば毒薬用の草やキノコも、か。“可能であれば”ってところに初心者向けって感じがするなー」
今回が初めての冒険者業ということで、冒険者ギルドの受付にはこの依頼を勧められた。熟練の冒険者には魔物の退治や未知のエリアの探索など危険度の高い依頼が来やすいが、初心者にはこういった命の危険が少ない依頼から徐々に慣れてもらうようにしているらしい。
特にリキは14歳という若さだ。まだ体も成長しきっておらず、体力的に不利な面が目立つ。そんな少年に危険な依頼を受けさせるなど誰にとっても気分のいいことでは無いだろう。
「もし魔物に遭遇してもすぐに逃げろって言われたしね。気を付けていこうか」
ギルドの受付が言っていたことをもう一度思い返し、いつでも走り出せるように靴紐をきつく縛ってから、リキは大森林の中へと踏み込んだ。
〇
「これでポーション用の薬草は全部かな。結構早く集まったな」
探索を開始して1時間ほどが経過した。その間リキは森の中を歩き回り、目的の植物を見つけては採取し、つい今依頼内容の最低限分の採取を終えた。通常の新米冒険者よりも遥かに早い採取であった。
さらに見たことのないキノコや果物など、依頼には関係なくとも気になったものは採取した。持ち帰ってどんな植物なのか知りたかったからだ。
「初めて来る森だけど採取の基本は変わらないってことかな」
慣れた様子で採取した薬草をバッグにしまう。彼が暮らしていた村は街よりも森や草原などの自然に近く、生活に必要なものは大抵自分たちで調達していた。当然リキもそれらの手伝いの経験があり、ひと通りの知識は持っている。とはいえここまで大きい森は初めてなので知識通りに行くかは分からなかったが。
「あとは毒薬用のやつなんだけど、こっちは見つけたら採っていくって感じでいいかな。それよりも、時間はまだあるしもっと奥の方まで行ってみようかな」
必要な分は採取し終わり、まだ時間も余っている。となれば、好奇心のまま、より探索を進めようと思うのは彼にとってあたりまえのことだった。
「とりあえずこっちに行ってみようかな」
そう言ってさらに奥に進むことしばらく、目的の物をひとつ発見した。
「意外とすぐに見つかったな。これは他のも近くにあるかな?」
依頼内容の“可能であれば”の項目のひとつ、毒草が群生していた。
「毒持ってるくせにこんなにたくさん生えちゃって、全部持って帰ってやる」
そんな独り言を言いながら、採取を始めるリキ。全部とは言ったが、本当にすべて抜くつもりはない。あくまで必要な分だけである。群生している植物をすべて抜いてしまうと、次に生えてくるまでに時間がかかってしまう。それどころか生えてこなくなってしまうかもしれない。
これまで採取してきたものも同じようにしてきた。近いうちにまた同じ依頼を受けるかもしれず、そうでないにしても他の冒険者が同じ依頼を受けた場合に困るであろうことを考慮してのことだった。
必要分を採取すると、また奥へと進む。するとまた目的の物が見つかり、これを採取。さらに気になったものがあればそれも採取した。この一連の流れが何回か続き、気が付けば依頼内容の“可能であれば”の分もすべて採取が終わっていた。
「こっちも早く終わったな。……というか簡単すぎない? やっぱり初心者用の依頼ってことなのかな」
あまりにもあっけなく終わってしまい拍子抜けするリキ。初めての冒険者としての仕事がこのまま終わってしまっては、なんだか物足りない。
「……もうちょっと先まで進んでみようか」
というわけでさらに少しだけ探索を続けることに決めたのだった。
できるだけ続けていけたらいいなと思っています。
よろしくお願いします。