2.カクテルの代金
その後もその人は何度もお代わりをし、かれこれこれで8杯目になろうとしている。
「お次は何を飲ませてくださるのかしら」
酔った様子は全くなくケロッとしている。新規で一人で来たお客さんでここまで飲む人はあまりいない。
飲んでいく人も飲み慣れている人がほとんどだ。
「お客さん、お酒が強いですね。ショートカクテルは度数が強いので皆さんそんなに飲まれないんですけど、お客さんは大丈夫ですか?」
沢山飲んでくれるのはお店としては非常にありがたい。が、この人は何だかぽわぽわしているところがあって心配になる。うちはチャージも取らず、料金も安めだが流石に8杯目ともなると1万円を超える。
「ええ、なんだかふわっとした感覚があって気持ちいいの。こんなの初めてだからとても楽しいわ。」
確かによく見るとほんのりと顔が赤くなっている。目元も僅かに潤んでいて色気がすごい。
えーい、もう少しすれば常連さん達も来るだろう。その時も居てくれたら皆舞い上がってお酒が進むはずだ。
「喜んでいただけてなによりです。それではお次は薬草を使ったお酒は如何でしょうか?」
もう言われるがままに出すことにした。ここまで飲めるなら少しぐらいクセのあるお酒でも大丈夫だろう。俺は後ろのラックからアブサンを取り出した。
アブサンはヨーロッパ、特にフランスやチェコなどで飲まれるお酒だ。
飲み方は色々あるが、基本的には水で割って飲む。
今日は綺麗なお姉さんの為にアブサンスプーンを使った伝統的な飲み方で提供しよう。
アブサンスプーンという装飾がされた幅広の平べったいスプーンを、アブサンを注いだグラスの上に渡す。スプーンの上に角砂糖を置き、砂糖を湿らす程度にアブサンを垂らす。
お姉さんの前にグラスを置くと、早速お姉さんが手を伸ばしてきたが少々お待ちをと言って手を制した。
度数が5~70度のアブサンはよく燃える。
お姉さんの前で湿った角砂糖にライターで火を付けると、途端に燃え出した。
「キャッ...!」
とお姉さんが悲鳴を上げたが、大丈夫ですよとにっこりと微笑んでコップに注いだ水を渡した。
「その水をゆっくりと砂糖にかけてみてください。かける時には中のアブサンにご注目ください。」
お姉さんは恐る恐る火のついた砂糖に水を注いだ。
「あら...綺麗...。」
緑色のアブサンに水が注がれると、ゆっくりと白濁した色に変わっていった。
「これは大賢者殿の魔法かしら...?色が変わる水なんて初めて見ましたわ。」
「ええ、そうです。私の魔法です。これが発売された当時のアブサンには幻覚作用がある成分も含まれていたこともあって魔女のお酒なんて言われていたみたいですよ。そうしたら、上のスプーンで残った砂糖も一緒にかき混ぜてお飲みください。」
「魔女のお酒...。つまり魔法の根源である私のお酒ってことですね。そんなものがあったなんて。」
そう言ってお姉さんはアブサンを口に入れた。
「不思議な味わい...。喉の奥が熱くなるような鋭さがあるのに、砂糖がそれを和らげている。それに薬草の独特な味と香りが甘くまとわりつくように口の中に広がるのにしつこくない。本当に不思議。」
毎回感想を言ってくれるのは嬉しいことだ。
「確かにこれは魔法のお酒ね。分かりました泉の管理者ラステディアの名において、このお酒を祝福しましょう。」
そういうとお姉さんの手元が髪と同じ銀色に光り、あっという間にお店の中に光が広がった。
えっ、と思った時には光は収まりアブサングラスがほんのりと銀色に光っているだけだった。
「な、なんですか!今のは!驚いたなぁ、もう。お客さんはマジシャンか何かですか。」
やっぱり何だか変だぞ、この人。今日のところはもう帰ってもらおう。
「驚かせて申し訳ないわ。とても美味しいから思わず200年ぶりに祝福してしまいました。」
「いやー、本当に驚きましたよ。もう結構飲まれているようだし、そろそろお帰りにならなくて大丈夫ですか?」
「確かにそうね。名残惜しいけど、ウンディーネのところに行かなければいけない用もあるし、帰りますね。また来ますわ。」
そう言って、お姉さんは席を立ちそのまま店を出ようとした。
「お客さん、ちょっと待って!お会計をお願いします!」
慌ててお姉さんを引き留める。
「お会計とは何かしら?」
呼び止められたことに不思議そうな顔をするお姉さん。やっぱり何か変な人だとは思ったがここまでとは...。とにかくお金は何としてでも貰わないと。
「お客さんが飲んだお酒8杯分、しめて1万800円です。」
「1万?困ったわ、私人間の通貨は持っていないの。それに円なんて不思議な単位聞いたことないわ。でもお支払いしなきゃいけないのよね。」
円を知らない?髪の色といい外人さんか?それにしては日本語ペラペラだが。
とにかくとりっぱぐれだけは勘弁したい。ただこの人には新規客誘致の為にも通ってほしい。だから出来れば警察沙汰にはしたくない。
「カードは持ってませんか?それか最悪ユーロかドルでもいいですよ。」
普段はそんな対応しないのだが、ダメ元で訊いてみる。
「私は今何も差し上げるものを持っていないの。出来ることと言ったら祝福ぐらいで...。ちなみにその1万800円というのは物で例えるとどれほどの価値なのかしら。」
「まいったなー。どうしよう。そうですね、ミネラルウォーター1本が100円ぐらいですから、水108本分ってところですかね。」
俺がそういうとお姉さんはとてもびっくりした顔をした。
「え!水108本分...!そんな貴重なものだったなんて...。確かに今まで味わったことのないものでしたし、大賢者殿の魔法も使われているとなると確かにそれぐらいの価値はあるのかもしれません。わかりました。泉の祝福をしましょう。これがあればスキル数が10枠まで拡張されます。」
「祝福とかよく分からないから要りません。こっちは貰えるもの貰えればそれでいいんです。」
よく分からないことを言われてちょっとイライラしてきたな。
「え!あぁ、これでもまだ足りませんか。それでは4大精霊の加護も付けましょう!」
「要りません!他に何かお金に変わるものはないんですか?」
「あぁ...。分かりました...。泉の源の力を全てお渡しいたしましょう...。これが私がお渡しできる最上のものです...。」
美人ここまでうなだれた顔をされると心が痛んでくるな。
ちょっと譲歩してあげたくなる。
「うーん、分かりました。泉の力とやらがどれほどの価値があるものか分からないけど、全部は要りません。半分にしましょう。それで結構です。」
俺がそう言うとお姉さんの顔に生気が戻った。
「本当にいいのですか!?ありがとう、本当にありがとうございます。これで私もまだ管理者で居られる。それでは顔をこちらに。」
そう言うとお姉さんの綺麗な指が俺の頭を掴み、お姉さんの顔の前に持っていかれた。
お姉さんの透き通った薄い青色の瞳に覗き込まれると途端に顔が赤くなるのが自分でも分かった。
やっぱり変わってるけどなんて綺麗な人なんだ...。そう思ったのも束の間、お姉さんの瞳から先程と同じ銀色の光が発せられ、俺の目の中に吸い込まれたと感じた瞬間。
俺は気絶した。
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