1.はじめてのお客さま
目を覚ますとそこは相変わらず酒臭いバーだった。
さっきのはやはり夢だったか。
「うーん、酔いはだいぶ醒めたな。」
慌ててレジを確認すると宮さんの伝票がしっかりと入っていた。
夢と同じでしわくちゃだったが、潰れる前のことを何となく覚えていただけだろう。
さーて、今何時だ?
時計を確認すると営業時間を10分過ぎたところだった。
やばいやばい、慌てて表の看板のスイッチを入れた。
基本常連さんしか来ないお店なので多少の融通は利くのだが、たまに新規のお客さんがふらっと入ってきたりする。何よりルーズになりがちな水商売は信用されることが大切だ。
急いでカウンターに残ったグラスを片付け、ダスターで拭く。
ああそうだ、今日の分の仕込みもまだしていない。
仕込みをするために掃除をそこそこに奥のキッチンに移動した。
簡単ではあるが食事も出すうちの店は一人暮らしのお客さんに重宝されていたりもする。
なかにはお酒を飲まず食事だけして帰るお客さんもいるくらいだ。
料理は完全な我流だがフリーター生活をしていたときに色んなレストランからちょこちょこっと覚えた小技が役に立っているのだと思う。
特に売りはパスタと自家製燻製器で作る豊富な燻製だ。
燻製は作るときに煙と匂いがどうしても出てしまうので普段なら開店前に仕込む。
周年記念で昨日は大量に燻製が出てしまったのでストックも無い。どうしたものだろうか。
「あーあ、なんで燻製なんて手間の掛かるものをウリにしたんだろう。」
いや、まぁ喜んでくれるのは嬉しいんだけどさ。何となくの思い付きで毎日提供できるほど簡単に作れるわけでもないからさ、まいっちゃうよねー。
さて、今日の分の燻製をどうしようかとキッチンで悩んでいるとカランと入口のベルが鳴った。
誰か来たようだ。この時間だとたっくんかマサさんかどっちかだろうな。
そう思ってカウンターに目をやると、綺麗な銀色の長い髪と少し眠たげな眼に特徴のある透き通るような美人のお姉さまが座っていた。普段なら数少ない女性のお客さんが来たとテンションも上がるのだが、あまりに美人なので思わず息を呑んだ。
「い、いらっしゃいませ。当店は初めてでしょうか?」
そう訊くとお姉さまは、ええと薄っすらと微笑んだ。思わず顔が少し赤くなる。
幸いにして店内の照明は暗く気付かれはしないと思う。
「今メニューをお渡ししますね。分からないことがあったら何でも訊いてください。」
こういったお店に一人でふらっと入ってくる女性客はお酒好きか、全くお酒のことは分からないが好奇心で入ってくるかのどちらかだ。なので新規のお客さんには気軽に質問してもらえるよう最初にこちらから促すようにしている。
「そう...。近くに綺麗な明かりが見えたものだから来たのだけれど。ここは何をしてらっしゃるところなの?」
なんのお店って、ここはバーだけど、もしかして偶にいる不思議なタイプの人かな。
「ここはショットバーです。お酒をメインに提供しているお店ですね。ちょうど昨日で3年間この辺りではやらせていただいてます。」
「バァ...?お店というのは人間たちが商いをしているところというのは聞いたことがあるわ。よく分からないけど、そのお酒とやらをいただけるかしら?」
いけない。この人はもしやすると夢見る世界の人かも知れない。ただこれだけの美人だ。もしここを気に入ってくれて通ってくれれば、彼女を目当てに男性客が増えることは間違いない。
ちょっと不思議なところには目を瞑って、今日のところは美味しいカクテルでも堪能してもらおう。
「そしたら季節のフルーツを使ったカクテルなどはいかがでしょう。今の時期ですと巨峰が美味しいですよ」
反応を見るにピンと来ていないようだ。首をかしげている。見ているだけならとても絵になるなぁ。
「やっぱりよく分からないわ。でもきっと美味しいんでしょうね。大賢者のあなたがおすすめするのだもの。それをいただこうかしら。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
だいけんじゃが何か分からないがとにかく美味しいものにしよう。
少々手間は掛かるが、お酒を普段飲まない人でも飲みやすいように甘めのカクテルにしよう。
~~~季節の巨峰を使ったフローズンマルガリータ~~~
レシピ
・テキーラ 30ml
・ホワイトキュラソー 15ml
・ライム果汁 10ml
・巨峰 5,6粒
・砂糖 1step
・塩 適量
・ライム 適量
・ミント 適量
冷やしたシャンパングラスのふちをライムで濡らし、塩を付けたスノースタイルにする。
バーミキサーの中にテキーラ、ホワイトキュラソー、ライム果汁、巨峰とクラッシュアイスを入れ巨峰が混ざりきるまでミキサーにかける。あまり混ぜる時間が長いとミキサーの熱で氷が解けてしまうので注意。混ぜたものをグラスに注いだら最後にミントを飾り完成。
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「どうぞ」
出来上がったカクテルを彼女の目の前に置く。
「ああ、なんて綺麗なの。それに良い匂い。まるで氷の帝国に咲く紫秋桜のよう。」
グラスを持ち上げ香りを嗅ぎ、彼女はうっとりと感想を述べた、そしてゆっくりと口に含む。
「美味しい。今まで口にしたことのない味。この塩がまた果実の甘みを引きたてているわ。それに適度に酸味もあって甘さもしつこくないし...。これはなんていう飲み物なのかしら」
なんだかここまで褒められると恥ずかしい。一応日々勉強はしているが、きちんと修行もしたことが無い身だ。
「こちらはフローズンマルガリータというテキーラを使ったカクテルです。普段でしたら、もう少し砂糖やライム果汁を足すのですが、せっかく季節のブドウを使ってますのであまり余計な味を足さないようにと控えめにしてあります。」
「やはり先程からあなたが何を言っているのかよく分からないわ。やはり大賢者様は違うのね。でもこれがとても美味しいのは確かです。もう一杯いただけるかしら。」
見るともうグラスが空になっている。結構飲めるのだろうか?
それならもう少し強いお酒をおすすめしてもいいかもしれない。
「ありがとうございます。お次も同じものにしますか?」
「いいえ、別のをいただけるかしら。」
そう言ってお姉さまはにっこりとほほ笑んだ。よーし頑張っちゃうぞー。
こうして今日もバーベルウッドは開店した。
基本的にカクテルレシピは自分が働いていた頃のレシピを使っていますが、参考としてアサヒビールさんとキリンビールさんのカクテルレシピのホームページは見させていただいてます。オーソドックスなカクテルだったら大体載っているので是非。