2、急展開
「ヒイィッ!」
……逃げられた。
「俺、命の恩人なのに‥」
「錯乱してたみたいだし、仕方ないでしょ」
地味にショックを受けた俺のぼやきに、仲間が反応した。
(この女子の名前はバンビ、俺とそこそこの付き合いになるガサツな奴だ)
「ガサツじゃないわよ」
当たり前の様に地の文を読むんじゃない。
「地の文も何も、全部口から漏れてたわよ」
「なんと!」
「突然何もないところに喋り出して、気味が悪いったらありゃしない、いい加減やめなさいよそれ
「またそうやって訳分からない事ばかり言って、だから誰も近づいて来ないのよ」
「まあそれは置いておくとしてだな、逃げてった子はどうする?」
「ほっときなさい。連れてきたところでどうしようもないんだから」
「それもそうか」
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さて、今俺たちはある奴の家の前にいる。
「お邪魔しまーす」
「ようやく来たか、使いを出してから随分と時間が経ってるが」
「まあまあ、はいこれお土産」
そう言って俺たち2人は、先程倒した狼の肉を家の主、アドラーに手渡そうとした。
取り巻きの1人が肉を受け取る。
こうして貴重な食料をわざわざ渡したのには理由がある。
土産というか貢物をそいつ本人が受け取らなかった事から分かるように、
こいつはこの周辺において結構な地位を有している存在<だ。
アドラーがリーダーとして活動している集団は約20名という周辺では桁外れの人数を誇っている。
(だからまあ、アドラーに敵と認識されるよりもなびいておいた良い判断という訳だな)
「口から全部漏れてんぞ、とうとう壊れたかカフカ」
「これでも通常運行よ」
アドラーの失礼な問いにバンビがこれまた失礼な返答をする。
無視だ無視。
「それで用とは一体何さ」
「ああその事だが、カフカお前今まで何体魔獣を殺した?」
「随分突然だな。ええっと、俺は大体…6体くらいかね」
「私は4体よ」
「そうか、そいつは重畳。俺は今、魔獣を倒した経験のある奴を集めているんだ」
「それまたどうして?」
「勿論ランク獲得の為だ」
突然ですが世界観の説明。
この世界には危険な魔獣達が溢れていて、人間達の殆どはデカい壁の中に引きこもっている。
しかし壁内にも入れない者達も存在する。
俺たちの様なランクを持たない人間だ。
壁の向こう側で暮らすにはランクっていう物が必要で、それを持たない人間は壁内に入ることが出来ない。
(ランクっていうのは人が生まれた時に付けられるそいつの身分証明書みたいなものだ。
ランクはそいつの首から下げてる鉄製のプレートの色で見分けられる)
「また全部口から全部漏れてるし、やっぱ壊れてんじゃねえか?」
「…そうかも」
「失礼な奴らめ。んで、それがどうして俺達を呼ぶ事に繋がるんだ?」
「分からないか?」
「分からん」
「ちょっとは自分で考えろお前は。まあ良い、ランク取得の方法は知ってるだろう?」
「勿論」
壁の中に入る唯一の方法、それはプレートを手に入れることただ一つ。
そしてこの壁外でそのプレートを手に入れる方法はただ一つ。
門番から魔獣の素材との交換してもらう方法だ。
しかしその値段はプレート一つあたりにつき魔獣30体分とかなり高額。
「知って入るけどよお、アレは実質不可能だろう」
「まあ、確かにそうだな。だけども俺は、プレートを手に入れて壁内に行った奴を知ってる」
マジで?
「ああ、マジだ」
「そして魔獣に立ち向かうには、大勢で行った方がリスクが分散される。その分魔獣に気づかれやすくなるだろうから、なるべく経験を積んでる奴を集めてたって訳だ。お前なら勿論乗ってくれるよなあ、カフカ」
壁内に行きたいならば悪い話じゃない。むしろ良い話だとさえ思う。
「よしやろう」
「相談とかしなくても良いのか?」
「別に構わないわよ」
「よしじゃあ決まりだな。夕方に出発するからそれまで自由にしていて良いぞ」
さて、この判断が吉と出るか凶と出るか。どうなるかは分からないけれども、嫌な予感がちっとも収まらなかった。