1、野生の掟
草むらと廃墟ばかりの荒れ果てた土地。
そこの辛うじて道だと分かる砂利道を、一人の男が歩いている。
食べられる野草と木の実を詰め込んだ、手製らしき木の籠を背負っている男は、
かなりの距離を歩いて来たのか時々苦しそうな顔をする。
しかしそれと相反して瞳は、確かな意志を宿していた。
みずぼらしい格好は、この周辺にいる他の住人と同じなのだが、人生を諦めている他の連中とは違い、生気に満ちている様な表情が印象的だった。
そんな男がやっとの思いで到着したのは、他の廃墟とは違った何とか家の形を保っている様なボロ小屋だった。
「ふーっ、ようやく着いたぜ!」
もう分かると思うが、この男はこの場所に住んでいるのだった。
男は数年前に結婚していた。
おおよそ5歳程になる息子もおり、生活は厳しいが幸せの絶頂に男はいた。
「ただいまー」
食糧を確保する為の危険な道のりから帰還した安堵からか、いつもは固く戸締りされている家の扉が開いているのに男は気づかなかった。
そしてこの場所は、こういった油断をした者から先に死んでいくのだ。
家に入った男は絶句した。
妻が狼の魔獣に喰われていた。
息子は恐怖のあまり、その場から動けず、声も出せない様だった。
男の行動は早かった。
息子の手を取りすぐさま逃げた。
「…どうして家の中に魔獣がいたんだ!?」
恐怖も忘れて、息も絶え絶えに男は息子を問い詰めた。
「…ごめんなざいっ、ぼぐがっ、外に出たいって言っちゃったがらっ…」
「…ああ、もう大丈夫、もう怖くないぞ」
妻を失った哀しみを抑えて、泣きじゃくる息子を慰める
男は非常に良い人物だった。
だがこの場所では、まともな人間から死んでいく。
後ろから吐息と走って来る声が聞こえた。
振り向くとそこには、口元を血で濡らした先程の狼が居た。
「いいか?振り向くなよ、それでもって思いっきり走れ!出来るだけ遠くまで‼︎」
息子は少し戸惑ってから、親の言う通りに思いっきり走った。
「さあ、来いよ犬っころ。躾けてやる!」
獲物を一匹逃した狼は男に向かって突進した!
そのまま狼は男の喉笛に噛み付いた。
呆気ないと思うかもしれないが、それ程までに人間と魔獣には実力差がある。
しかし男は倒れない、子供を守ろうとする気持ちから来る執念が、限界を超えた力を生み出しているのだ。
そのまま男は、自分の背中から大ぶりなナイフを取り出して狼の喉を突き刺した!
そのまま男と狼は事切れて、糸の千切れた人形の様に地面に倒れた…
子供は親の最後の言葉を守り、全力で走り続けていた。
しかし背後から別の狼が2匹追って来ている。
いくら全力で走っても所詮は幼子、野生の狼に差をグングン縮められる。
狼の牙が子供に届こうとしたその時、廃墟の屋根から、黒い影が2つ落ちて来た。
そのまま謎の影はそれぞれ狼を蹴りつけ、怯んだところに、喉にナイフを突き刺した!
「おー、無事か少年」
謎の黒い影の1人、もといこの俺は少年の安全を確認した。
あの男が主人公なのかと思った人も居るだろうが、それは違う。
なら、お前が主人公かって?それも違う。
この話に主人公なんて大層な奴は登場しない。
俺は物語に干渉することの出来ない語り手とでも思っていてくれ。
自己紹介がまだだったな。俺の名前はカフカ、壁外に住んでるしょーもない人間の1人だ。