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現在進行残留部  作者: 露崎つのる
2/2

真名って呼ぶと厨二感が出る

 部屋に響くのは冷たい風が吹き付けてガタガタ揺れる窓の音に携帯ゲーム機独特のボタンを操作する音、そして花の女子高生らしかぬ鼻水をこさえた女子のくしゃみとそれぞれが寒さからの身震いにより鉄パイプの椅子の軋む音。

 本来なら春休みに途中し家の中で温々と過ごしいるはずの文芸部の中でも特殊部類に入る部員である高校生が何故土曜日の八時に埃臭い部室で寒さで凍えているのか。


「もー!なんなの!寒い寒い寒い。いつまで私はこんな冷凍庫みたいな部屋の中で凍えていなきゃいけないの。エアコンつーけーてー!」

「喚くな、寒いのは皆一緒だ。エアコンなら事務室に点けて貰えるように世一よいちが頼みに行ったばかりだろう?点くまで我慢しろ。」


 寒さに耐えかね先陣を切って根を上げたのは鼻水を足らした少女。持参した膝掛けを羽織り、講義するようにプラスチック製の長机を強く叩く少女の姿はただを捏ねる幼児そのもので少なからず積んできた年の功というものが感じられない。元々少女は我慢強い性格ではないがそれでも少女にしては耐えた方に入るのかもしれない。少女の言葉通り、この部室は来たときから風が直接当たらない以外に外の温度差がないと言って言い程に冷え切っていて自分達がこの椅子に腰掛けて十数分は経っている。手足の指先は悴み、服の外に出された表面の肌は自分でも驚くほどに冷たい。

 部員である自分達を呼び出した張本人であるはずの直家部長の姿は俺が最後に到着した時から無く、数分遅れで他の者より早く登校していた式井しきいが職員室から借りてきた鍵で部室を開けた。部室に入った直後、部屋の寒さに嘆いた俺達見かねて事務室へエアコンの使用申請を申し出た世一が部室を出てから十分近い。

 呼びつけた本人は何時まで経っても現れず、エアコンの使用申請しに出た世一は帰ってこず、エアコンは作動する気配すらない。二人とも何処で油を売っているのやらと呆れていると部屋に入ってから一言も口にしていない式井が世話しなく動かしていた手を止めて大きく溜息をついた。


「叶恵さん、揺らさないで。机が揺れてプレイに支障が出るし、鼻水出てる。」


 式井は少し気色ばんで席を立つとポケットティッシュを向かい側の鼻水をこさえた少女もとい叶恵に手渡す。叶恵は眉に皺を寄せながらも動きを止め、受け取ったティッシュで豪快に鼻をかむとゴミ屑をゴミ箱に投げながら言い訳を口した。


「でも仕方ないじゃない。直家部長は何時まで経っても来ないし、世一はエアコンつけるだけなのに点けるどころか帰ってすら来ないのよ。暴れたくもなるわ。」

「お前の気持ちも分かるが普通の高校生は喚きながら机を叩いたりしない。」

「そんな事無い!だって貴重な休みの日に呼びつけられたあげく寒い部室で二十分も待ち惚け。その上、エアコンを点ける為に出た男は帰って来ない。部屋に残った人間は片やゲームに熱中し、片や無言のまま外を眺めて惚けてるのよ!普通の高校生でも喚きながら机叩きたくなるわよ!」


 詰め寄るような叶恵の熱気に負けて、分かった分かったと引き下がるも心の中でこの状況に陥っても三分の二の人間がそうならない以上そうは普通の高校生は喚きながら机を叩いたりはしないと思うのだ。


「そもそも、世一に行かせた時点で間違ってると思うんだけど。」


 俺達のやり取りを横目で見ていた式井から付け加えるように吐かれた言葉に思わず疑問の言葉が出る。


「なんでだ?確かに遅すぎるかもしれないけど世一は基本的に真面目だし信用できる人物だと思うだけど。」

「そうではなく。今日、部活があるのはうちの部活だけじゃない。家庭科部、テニス部、美術部もある。ついでに言うなれば野球部もサッカー部も。」


 極端ではないが式井は言葉がいつも足りない。たまに主語、述語、修飾語が抜けていて、ソレでも聞き返せば答えはしっかりと帰ってくる。式井とはもう半年以上の付き合いになる為、些細な事なら少なからず言いたい事は分かるようになってきた。俺は少ない式井の言葉と態度から意図を汲み上げ、自分の中で再構築した結果に思わず溜息を漏らした。意味を理解してしまえば納得する他ならない。

 状況を理解した俺とは対照的に未だ式井の言葉を理解できずにいた叶恵は意味深に溜息をついた俺を見て、ふてくされた口調で声を上げる。


「もう、一体何なの。私にも分かるように説明して。」

「ようはあれだろ。今頃、世一は部活しにきた女子生徒に囲まれて足止めでも食らってるんじゃないかっていう話だろ。」


 俺の言葉に式井は頷き、なっと短い驚きの声を上げる。何しろうちの副部長である世一よいちわたるは校内一の美青年である。その美貌を個人的な意見を述べるなら短い俺の人生の中で世一の美貌に匹敵する人間などテレビでしか見たことがないし、この辺一帯の学校の中でも世一和という人間は飛び抜けて綺麗な面構えをしていると断言できる。流石に普通に女の子が恋愛対象の俺は惚れはしないが初めて目にした時は素直に綺麗な奴だなと思った後自分との差に傷つき恨めしくなり心の中でイケメン滅べと呪ったのが懐かしい。

 世一和という人間は常日頃から人の眼を集め、奴が校内を一度歩けば女子生徒から声がかかり、その様子を見ていた男子生徒から羨まれる。その上、等の本人は勤勉で人望も厚く皆平等に接して当たり障りない性格をしているからか、それはもう夏場の夜の田舎にある自動販売機の虫並に人を寄せ付ける。


 きっと今日も女子生徒に囲まれて器用にあしらっているのだろう。性格の良いイケメンって大変だなと他人事のように考えていると寒さに震えていた叶恵は勢いよく膝掛けを脱ぎ捨てて声を荒らげる。


唯希ゆき、なんでもっと早く言ってくれなかったの!寒い部屋の中で凍えながら待っていた私が馬鹿みたいじゃない!」

「世一が名乗り出た時にした時に言おうとした。けれど、聞く耳を持たずに世一を急かして送り出したのは叶恵さんだよ。」


 思い返してみれば、式井の言葉通り部屋の寒さに驚いた叶恵は名乗り出た世一を直ぐさま担ぎ上げて送り出した。あの時の式井は何かを口したかといえば覚えはないが何か言いたげに叶恵を止めに入っていた気がする。


「言われればそうかも。」

ゆずるはどっちの味方なの!と、取り敢えず世一のお陰で無駄な時間過ごしたのは事実だし何より私はこの寒さに耐えられないの。」


 口篭もりながらそう言うと叶恵は徐に立ち上がり、部室の引き戸を乱暴に開ける。


「叶恵、何処に行くんだ。」

「エアコンの使用申請をしに事務室まで。もう自分で行った方が早いに決まっているわ。」


 部室とそう変わらない温度の廊下に半歩足を伸ばした時、荒い足取りで事務室へと向かう叶恵を式井が呼び止める。叶恵は苛立ちを隠さず振りかえるが式井は物怖じせず、口を開いた。


「流石にもうつくよ。」


 自信ありげにエアコンを指さす式井に叶恵は足を止めて、扉にもたれかかり腕を組むと部屋の天井に設置されたエアコンを仰ぎ見た。すると、俺達がエアコンを見つめ十数秒経った頃エアコンは音を発て動きだした。微かに感じる暖かい風。

 叶恵はエアコンの作動を確認すると開けた引き戸を閉め、自分が座っていた椅子に腰掛ける。膝掛けを膝に敷くと複雑そうな顔で俺と式井に交互に視線を送った。言いたい事は分かるよ、叶恵。

 悩んだ末、言葉を式井に投げかけようとした時タイミングを見計らかったかの如くお菓子を両手に抱えた世一が戻って来た。


「式井、そう言うのはもっと早くい、」

「ただいま帰りました。と、何やら不穏な空気ですね。どうか為さいましたか。」


 穏やかに微笑みながら問う彼は凍えている様子はなく、山になった手作りお菓子の中には既製品のお菓子や未使用のホッカイロなども混じり如何にも女の子達に囲まれて居ましたと全身で訴えている。その姿は予想通りなのだが長い時間世一を待って寒い部屋の中で凍えていた俺達とは酷く対照的に思えてしまい、とても虚しく感じる。

 そんな俺達を見て普通の人間なら察する所を態々問うはまめな性格なのか、わざとなのか。対応に困り果てた俺とは裏腹に放置されていた恨みを隠す事もせずむくれた顔で分かりやすい嫌みを口にする。


「考えれば分かるでしょ。何処の事務室まで行っていた訳?」

「それはうちの学校の事務室しかないですよ。その他の事務室に行った所で部室のエアコンは動かせません。流石の守邦もりくにさんも分かりますよね。」

「あんたねぇ、」


 叶恵の威圧的な態度をものともせず、世一はわざと笑顔で叶恵を挑発するように言い放つ。只むくれていた叶恵も素直にその挑発に乗り殴りかかりそうな勢いで立ち上がる。

 世一は普段はとても良い奴なはずなのだ。この部の部員以外には善良と言っても過言ではないくらい。だが特に叶恵と式井に対する態度が普段の姿から想像できない程当たりが強い。日頃溜め込んでいる女への不満や鬱憤を晴らしているのではないかと勘繰ったのだが過去本人に聞いたところによると変な気を使わないで済む上に自然とキツく当たってしまうのだというのだが、俺には未だ信じがたい。

 今にも揉み合いが始まりそうな雰囲気に傍観者を決め込んでいた自分も流石に重い腰を上げて二人を必死に宥める。


「ほら、叶恵。どうどう。」

「どうどうって暴れ馬みたいな扱いじゃない!終いには謙も殴るわよ。」


 お前のその短気で考え無しに暴れまわる様子はどう考えても暴れ馬か闘牛だ。いや、殴ると言った辺りゴリラもカウントしてもいい気がすると心の中で毒づく。

 宥める俺を背に叶恵は怒りを抑えて握り拳を作り、ただ睨みつける。世一はそんな俺と叶恵を見てますます輝かしい笑みを浮かべた。


「いい加減にしてよ。」


 先程までゲームを片手にしていた式井は座ったまま下から世一を睨みつければ世一はまた優しくへらりと笑う。


「ほんの冗談ですよ。不可抗力とはいえこんな寒い中放置してしまってすみませんでした。」


 笑みを浮かべたまま謝罪をする彼は何処か胡散臭く本心から謝っているのか客観視しても疑わしい。証拠に頭を下げた方向が明らかに俺に向かっていて特に式井とは真逆の位置にあり、式井に向けられているのは世一の尻だ。

 相変わらず怒りに震えている叶恵をよそに尻を向けられているはずの式井は眉間に皺を寄せ不快そうな表情を浮かべはしたが直ぐに視線を落とし中断していたゲームを再開する。


「あれれ、なんか空気悪くない?どしたのさ?」


 開けっ放しの扉から空気も読めずに現れたのは事の発端であり、呼びつけたのにも関わらず長時間俺達を放置していた男。直家部長である。

 頭をボリボリと掻き毟りながら能天気に笑うこの男というのは責任感なし、計画性無し、無神経の三拍子が揃ったダメ人間であり、今日のような出来事は珍しくもない。ある日突然呼びつけ、放置し、そして現れたかと思えば無理難題や思いつきを押し付けてくるのだ。しかも、この足並み揃わぬ部員達にそれを振るものだからいつもくだくだに終わる。

 今日も今日とてお約束かの如く通りに事が進み、見慣れた登場の仕方に俺は長い溜息を吐き出した。


「直家部長。本当、何度も何度も突然呼びつけるのは辞めてくれって俺言いましたよね。」

「そうだけど、俺が悪いの?」

「事の発端は間違いなく直家部長っすよ。」


 えーと不満げに声を出す直家部長に世一に結局攻撃出来ずに終わった叶恵が頬が変形する程引っ張り回す。


「いはい。いはい。何でそんなに怒ってるのさ。」

「私達、直家部長から呼び出されて朝の八時から約一時間も寒い部室に放置されてたんですよ。謝罪してください。謝罪!」

「分かった。すまない。」


 形だけでも誤り、叶恵の手を引き剥がした後ヒリヒリと痛む頬を擦る直家部長にふと世一が尋ねる。


「直家先輩。その大量の本の山はどうされたのですか?」


 世一が指した大量の本というのは直家部長が部室に現れてからずっと抱えている文字通り本の山。色も大きさも様々で統一感はまるで感じられず、共通点と言えばタイトルに名前が入っているという所ぐらいだろうか。

 直家部長は大量の本を机に置くとよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの顔で人差し指を立てながら声高らかに笑う。


「言い質問だ世一。今日、呼び出したのは他でもない。俺は今朝とんでもない事に気がついてしまったのだ。」

「と、いいますと?」

「まあ待て。式井、ホワイトボードに部員全員の名前を書き出しくれたまえ。俺のは良いからな。」


 結論を急かす世一を抑えてゲームに夢中だった式井にホワイトボードに部員全員の名前を書かせた。


世一よいちわたる

相沢あいざわゆずる

守邦もりくに叶恵かなえ

式井しきい唯希ゆき


 式井の手によって綺麗に書き出されたのは紛れもない部員全員のフルネームである。ホワイトボードを自信満々に見つめる直家部長以外のこの場にいる部員達は未だ意図が掴めずにいた。不思議そうにホワイトボードを眺めていれば直家部長は眉を寄せた。


「相沢。伊集院という苗字に抱くイメージを答えてくれ。」


 不意に出された伊集院という苗字。それはホワイトボードに書かせた名前に関係する何か一つの例なのだろう。俺は言われた通りに伊集院について抱いたイメージを口にする。


「珍しい苗字で何処となく古き良い家系。平たく言えば金持ちっぽく感じますね。」

「まあ、そうだろう。簡単に言えば漫画に登場する珍しい苗字でなんたら院と名前のつく人間は大概良い家のお嬢様だったりお坊ちゃんだったりする。すり込まれたイメージというべきか。」


 思い通りの回答に満足げに頷く直家部長は間髪を入れずに未だ不機嫌な様子の叶恵に問いを投げかけた。


「守邦、この部の名前と部活目的と内容を言ってくれ。」

「え、なんでですか。」

「いいから。いいから。」


 納得のいかない叶恵に有無を言わさず急かすと彼女は嫌嫌頬に手を当て肘をつき、不服そうに答えた。


「現在進行残留部略して残留部。部活目的は如何にして現在進行中の現世に留まる事を目的として部活内容と言えば毎日くだらない事ばかりやっているポンコツな部ですね。」

「ポンコツは余計だけどな。」 

「いやでも合ってますよね。オカルト研究部並みに必要とされてない部活ですよね。」

「そんな事はないぞ。必要性有り有りだからな。その辺考えを改めておけ守邦。」


 部の必要性で再び揉み合いを始める二人。直家部長には悪いが叶恵のいう通り全校生徒から無意味で何をしているか分からない気味の悪い部活扱いであり、実際行っている部活内容といえば直家部長が思い付いた事をただ実践するだけのお遊びに近い部活。不評さえオカルト研究部に劣るが名前の知らないクラスメイトにさえ度々結局何をする為の部活なのと思い出したかのように問われる。


 ネーミングセンスこそへったくれもないがそれでもこの部活にはれっきとした設立理由が存在した。それは五年前、自分達が象徴的なランドセル背負う事をやめてサイズの合わない真新しい制服に浮かれていた頃の話だ。その年に起きた出来事は大きく人類史を大きく変えた。

 五年前のある日境に世界中からぽつりぽつりと人が消え始めたのである。元々世界にとって人が消えるなんて出来事はそう珍しい事でもなかったがそれは以前から存在する失踪に似て非なる現象に誰しもが驚きを隠せずに動揺が広がった。

 事件と呼んでいいのか分からないが他人に分かりやすく事例を上げるならば公に認められた関連付けられる事件中で初期に有名になった象徴的な事件が幾つか存在する。


 一つめはわが国の都心で起きた事件。ある日から三日後が過ぎた良く晴れた午後の交差点で一人の青年が信号無視をしたトラックから少女を守る形になり跳ねられた。中身としては酷く有り触れた事件で悪く言ってしまえば数日間ワイドショーを騒がせる程度の内容だったのだが、事の問題は彼がトラックに跳ねられた後から始まる。事故現場には少女を守って跳ねられたはずの青年の姿が何処にもなかったのだ。勿論、その事故はなかった訳ではない電柱に突っ込んで止まったトラックも青年に助けられた少女確かに存在した。何より多くの目撃者も存在し、その目撃者が撮影した写真も動画も今でも残っている。青年だけが遺留品を残して忽然と姿を消した。


 二つめは太平洋を挟んだ大国の一つの州で起きた事件。一人の少女が両親の目の前で消えたのだ。この事件に関しては消えたという言葉はそぐわないだろうか、正確には行ってしまったのだから。事件が起きたのはある日からの一週間後、まだ早朝だというのに警察署にはとある中年の夫婦からの通報があった。二人はとても気が動転した様子で最初の内は警察官も二人が何を言っているのか理解できなかったが落ち着きを取り戻した夫婦は警察官にこう告げた。「庭先に現れた不思議な空間に娘が飲み込まれた」と、無論信じるものは居らず現場に駆けつけた警察官達は笑い飛ばした。そんな事ある訳がない。

 けれど、娘は探せど探せど見つからず両親による殺害や家出、誘拐が疑われる中で夫婦は一つの物を証拠として警察に届け出た。不思議な光を爬虫類の鱗のような物体。夫婦曰く娘が飲み込まれた直前に空間から庭に落ちた物だという。真に受けずに受け取った鱗からは誰もが予想だにしない結果が弾き出された。それはその鱗は地球上に存在する物質とは全く異なったモノから形成された異形の物というもの。検査機の不具合、検査員のミスなど様々な要因が考えられ、場所や機材、人員を変えて幾度か検査を繰り返した結果は変わらず。

 結局の所、その事件は原因不明の失踪扱いのままで未だ娘の居場所も鱗の正体も分からず終いの迷宮入り。


 例に上げた上記二つ事件は今まで発生してきた失踪事件とは毛色が違う。どうしても理解しやすい例えを上げるならば神隠しが近しいモノだろう。

 異形のモノ。度重なる異様な出来事に誰しもが異変に気づき始め、疑い始めた頃一人の学者が初期の事件を踏まえて仮説を立てた。


 世界で消えた人々は異世界転移したのではないか。


 学者の仮説は直ぐさま世界中の学者達から苦言を呈される事になる。仮説とは想像力と観察力によって補われていくモノだが、その仮説には証拠が不十分であり仮説を定説へと検証する道筋がないと。事実、当時発覚確認された事件は僅かでありその仮説を補える程の情報を持ち得なかったのだ。

 しかし、三年後その仮説を強固にする出来事が発生する。行方不明者の帰還である。

 第一号者は帰還から二年前、駅のホームから忽然と姿を消していた女子高生がとある県境の河川敷の橋の下で早朝散歩をしていたろう老女によって発見され保護された。女子高生は失踪当時着用していた衣類は学校指定のセーラー服だったのにも関わらず発見された時には中世ヨーロッパの市民を思わせる服装をしており、目覚めた当初保護をした警察署職員が話し掛けた所反応を見せたが自国の言葉を思い出すまで数時間を要した。

 彼女が異世界で学んだという言葉はこの世界で存在するどの国のどの文明の物と一致はしなかったものの言葉としての法則性があり、現在は研究によりラテン語に近しい言語ではないかと予想されている。彼女が体験したと語った話はまるで幼き少女が口する夢物語の様なものだったが話の筋は通り、何度語らせても記憶が薄れる事は有れど矛盾する事はなかったという。そして彼女から提示された証拠品の中で研究員が目を見張ったのはロケットペンダントである。詳細は公表されていないが近代科学技術とは全く異なった方法で動く写真がはめ込まれていたとだけ発足されたばかりの研究対策組織の当時の最高責任者が口にしていた。


 女子高生を皮切りに千人に一人の割合でポツリとポツリと行方不明とされていた人が戻ってくる様になる。場所も時間も状態も不規則に。

 帰還者の話は区々で類似した文化、歴史を持った世界だったと証言する話もあれば、剣と魔法の世界を体験したと証言する話もある。証言の中で共通したのはここは自分の生まれ落ちた世界ではないとはっきりと認識できるという所だ。まるで違う世界を体験してきた人間ならまだしも少しズレた世界を体験してきた人間までそういった感想抱くのか。様々憶測が存在するものの、如何せん帰還者の数がごく少数であるが為に未だに解明されていない。


 大きく話は省いてしまうが原因不明の現象により行方不明になる人間の増加、そして行方不明者の帰還。不定期にもたらされる情報や証言に憶測やデマが飛び交う中、混乱に耐えきれなくなった民衆が国々に対策と確かな情報の提供を訴えた結果公式的に対策が行われるようになったのは二年前の事である。

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